Unforgettable.
洋風の、重苦しく風格を抱えたドアが開く。
奥に続く個人の部屋と呼ぶには似つかわしくない部屋が広がっていて、
その中に平手友梨奈はいた。
「いらっしゃい」
その言葉に、理佐と愛佳は深く頭を下げた。
友梨奈「そんなのいいのに」
愛佳「そうは言っても、やっぱ場と雰囲気には逆らえませんって」
理佐「………」
愛佳が必死に固い空気を壊そうとしているのが分かる。
けれど、友梨奈、理佐の2人から作り出される空気は崩れない。そんな様子を見て愛佳は諦めたようにため息をついた。
友梨奈は部屋の雰囲気そのままの椅子に座り、机に肘をついた。
ぎっ、と音が鳴る。
友梨奈「……ねるはどうしたの、理佐」
理佐「家にいるよ。寝てる」
友梨奈「ねるの血、美味しかった?」
理佐「………」
いたずら顔で友梨奈は口にするけれど、理佐の表情は硬いまま。
理佐は返答に迷ってから、小さく言葉を紡ぐ。
理佐「………耐えられなくなりそうなくらい、だよ」
友梨奈「そっか」
理佐「平手は、なにを考えてるの?」
友梨奈「………そうだなぁ。在り来りな言葉でいうなら、理佐に生きていて欲しいと思ってるよ」
理佐「ーーー………」
あまりに重い空気とはかけ離れた言葉が発されて、苦しくなる。
友梨奈の言葉は、きっと真実だった。
友梨奈「ねえ、理佐。今まで一緒に暮らしてきてさ。私のせいで苦しいこともあったとおもうんだ」
机から離れて椅子の背もたれに体重を預ける。視線は下を泳ぎ、何かを想っているようだった。
友梨奈「ただ、わたしは理佐にも愛佳にも一緒にいて欲しいから。誰にも消えて欲しくない」
理佐「………」
少しの沈黙を置いて、友梨奈が再び口を開く。
この件には、平手の行動がすべてで、
それが始まりであり、終わりを引き寄せる。
友梨奈「ねるのことは賭けだったよ。1歩間違えれば、理佐は消えることを選ぶと思った。でも、ねるとなら、理佐なら。賭けてみたくて」
理佐「そんな、ねるを物みたいに」
理佐はそんなことを口にするけれど、意味は違えど互いに大事な存在であることは分かっている。
友梨奈「ねるはもちろん大事だよ。だからそれは悪かったと思ってる。でも、これで理佐は吸血鬼としてちゃんと居場所もある。理佐が理佐として生きていける」
理佐「………」
その言葉は、平手友梨奈の描く全て。
愛佳「理佐、」
理佐「………、わかってる、けど…」
理佐の表情が苦痛に歪んだ。
心の中でいやだ、と幼い理佐がごねる。
それでも、友梨奈や愛佳の想いを無駄になんて出来なかった。出来るはずなかった。
友梨奈「おままごとも友達ごっこも終わりって言ったでしょ、理佐」
理佐「!」
分かっていた。
どんな形であれ、終わりは来る。
それは、ねるに限ったのとじゃない。
終わりは待ってくれないんだ。
友梨奈「事実、仮にも私の番候補だった人間を番にした。理佐はちゃんと私を見てそう発言した。その行為はそれなりに覚悟があったと、信じてる」
理佐「………っ」
理佐の手に力が入る。
悲しくて、悔しい。
想像していたよりも、友梨奈にも愛佳にも
想われていた。にも関わらず、気づいていなかったんだ。
愛佳「………ちゃんと、見届けるよ」
友梨奈「頼んだよ、愛佳」
友梨奈の元にいるから、存在が許される訳じゃない。
その能力があるから、必要とされる訳じゃない。
吸血行為が乏しいからって、虐げられる必要なんて無い。
理佐は、理佐のままでいい。
君がいることに、理由なんて必要ないんだから。
友梨奈「…『何怒ってんの。悪いのはどっち』って聞いたじゃん」
理佐「…うん。」
友梨奈「あの時理佐は、すっごい悲しそうな顔したけどさ。怒って当然なんだよ。好きな人なんだもん。だれも悪くなんてなかったんだ」
理佐「…平手、」
涙を堪える理佐に、友梨奈は表情を綻ばせる。しょうがないな、とでも言いたげな。
それでいて、嬉しそうに愛おしそうに理佐を見つめる。
理佐を想ってやったことではあったけれど、それによって傷ついて憔悴していく理佐を見るのは友梨奈にとって何より苦しいことだった。
愛佳という理解者、協力者はいたけれど、
気を許せば全てを理佐に言ってしまいそうだった。
ねるの記憶にだけでも残りたかった理佐。
ねるの記憶にだけは残らせなかった友梨奈。
それは、どんな想いが交差していたのか、
どんな想いで、すれ違わせられていたのか。
そんなの、いくら考えたって
分かるわけがなかった。
理佐「平手。私はねるを愛してる。約束するよ、私は、私を否定しない」
友梨奈「………さよならだね、理佐」
理佐「………ッ、もう、ひらてを裏切るなんてしないから、!」
友梨奈「うん、信じてるよ」
ーーー真祖の意志に反した従者は、例外なく処分される。
それは、どんな想いが込められていようと関係ない。
愛佳「では、渡邉理佐。真祖平手友梨奈の番候補略奪、意志に背いたと断定する」
審判を下すように愛佳が言葉を発し、平手の判断を待つ。
友梨奈「もう二度と、平手の前に存在を証することをーー」
理佐と友梨奈の目が重なる。
表向きの言葉なんて、意味は無い。
けれど、それが全てだ。
想いは、言葉にすれば
脆く、壊されてしまうから。
友梨奈「……禁ずるーー」
理佐「………」
愛佳「渡邉理佐。処罰に従い、即刻この場から去りなさい」
頬が濡れる。
誰が涙を流したかなんて
分からなかった。