Unforgettable.
目が覚めて、朝日の差し込むカーテンを見やる。
ねるの部屋は、日差しがよいのだと知った。
体と心が満たされていることを感じて、ねるとの行為を思い返す。
ねるの血を飲んだのはこれで2回目だった。
初めては、急に襲ってきた欲望に呑まれて本能のまま、欲のままにその血を貪った。
昨日は、ねるのことを想って血を飲み込んでいたと思う。ねるの呼吸や温かさ、その指先の力まで思考が行き渡っていた。
その血に含まれる想いが熱になって、この身を癒してくれた。
そっと、視線を下ろせば腕の中にねるがいて、ねるの腕も理佐の背に回っている。あの吸血のあと、脱力したねるを抱いて布団に入ったんだ。それなのに、ねるは自分に腕を回してくれていた。
どこか現実を疑ってしまう気さえする。
癖になってしまった思考回路だけど、これはきっと、ねるを傷つけてしまうんだ。
この腕にある温もりも、ひたむきに注がれる愛情も
向き合わなければそれこそ私に存在価値はない。
ーーピコん
スマホが知らせを鳴らす。
そんな些細な音で、この穏やかな時間は終わりを告げた。
「ーーん、」
「………ねる?」
「りさ、……大丈夫?」
目が開いて、その瞳に理佐が映る。
真っ先に心配してくれるねるが愛おしかった。
「うん。ありがとう。もう大丈夫だよ、ねるこそ体大丈夫?」
気をつけてはいたけれど、まだ慣れない吸血行為は加減が難しい。相性とやらもあると聞いていた。
「ん、んー。…今は大丈夫ばい」
「ごめん。無理はしないでね」
『謝らんで』そういって、ねるは微笑みながら昨日湿布の貼ってあった頬を撫でる。
もう痛みはないのだけど、あの時のことを思い出して少し体がビクついた。
「もう殴らんよ」
「………すごい怖かったから。痛かったし」
「あんまりヘタレてるとまた怒るけんね」
「いま、もう殴らないって言ったのに」
そんな掛け合いに笑みをこぼして、ねるがじっと見つめてきて
ああ、求められてるんだなって実感した。
同時に求められることが、こんなに嬉しくて安心するんだと思った。
でもそれは、『ねるだから』だって分かっている。
ねるも『私だから』って思ってくれてるかな。
「理佐だけん、いいんよ」
ねるの見透かしたような言葉が降ってきて、ゆっくりと近づいて、唇を重ねる。
「ん、」
「…………、」
触れるだけのキスに、若干後ろ髪を引かれるけれど
まだやらなきゃいけない事があった。
「理佐?」
「またねるに怒られないうちに、行ってくるよ」
「……え?」
「平手と愛佳のところ。もうなんとなく分かってはいるけどちゃんとしなくちゃ」
「………うん。待っとるけん」
待っていると言ったのに、ねるはむしろ理佐に体を引き寄せて、もうこれ以上触れられないんじゃないかと思うくらいにピッタリと、そしてぐりぐりと密着させる。
理佐もそれに負けないくらい、ねるの肩に腕を回して抱きしめた。
ねるに会わなければ、きっとこんなに満たされる時間は得られなかったし
それを受け入れることも出来なかったと思う。
ねるのベッドで、ねるの香りと温もりに包まれて
向き合う決心を固める。
「………ありがとう。行ってきます、ねる」
スマホが繋いだメッセージは愛佳からで。
平手の家に来るように、文字が並んでいた。
正直、平手の家は苦手だ。
幼い頃から住んでいたとはいえ、『養子』という立場と扱いを理解してからは
どこか居心地の悪い場所にしか思えなかった。
自分の居場所は作られているけれど、それはどこか偽物にしか思えなくて
そこにしか居られないのに、そこに居たくなくて仕方がなかったんだ。
「お、理佐。やっと来たね」
「愛佳」
平手家に続く道の手前で、愛佳が待っていてくれた。何も変わらない笑顔がありがたかった。
「怪我が治ってて何よりだよ。これで怪我したままとか迎えこいとか言われたら、殴ってたとこだわ」
「…………」
昨日の発言を思い出して、密かにねるに感謝する。
もしかしたら自分は今頃、瀕死だったかもしれなかった。
「なに」
「………別に」
「じゃ、行こーぜ。真祖サマは首を長くしてお待ちだよ」
喝を入れられるように、愛佳に背中を1発叩かれる。
痛かったけれど、背筋が伸びた気がした。