Unforgettable.

ーーー夢を、見た。



平手の腕に抱かれたねるが、血を飲まれている。

なのに、ねるの腕はゆっくりと平手の首に回って
愛おしそうにその頭を撫でるんだ。

平手がゆっくりと首元から離れると、その血に濡れた唇をねるの指が拭って

ねるの瞳が熱を持って平手を映す。

受け入れ続ける平手が、ねるの手を握り
そのまま、唇を重ねる………



繋がれた手は離れて、また、ふたりは距離を無くしていくんだ、ーーー。












「ーーー………、、」


目が覚めて、ねると友梨奈のいない世界に、理佐は息を吐いた。

夢だと分かっていても、不安や焦燥感は体に影響を与えていて
喉につかえるような違和感と、じっとりとまとわりつく汗、寝起きにしては激しすぎる動悸が理佐を待っていた。





「………ここ、どこ……?」


気を紛らわせるように、目線を回して場所を確認する。
愛佳や平手の部屋ではない。まして自分の部屋でもない。
見覚えのない世界だった。
それでも、本棚に並ぶ多くの書籍や文庫本、小さく存在を示すたぬき、
そして何より、部屋全体に漂う香りが
ここの所有者が誰なのか示していた。




足音が近づいてきて、景色の一部だったドアがゆっくりと開く。
そうして現れたのは、
会いたくて、
抱きしめたい。

その人だった。



「理佐、起きたんやね」


響く声が、自分に向けられた表情が
優しすぎるくらい優しくて、心に染み渡っていく。
こんな感覚は、初めてだった。

ねるに向き合おうと体を起こすと、頭に鈍い痛みが走って理佐の顔が歪む。


「いっ……た、」

「たんこぶ出来とるんよ。すごい音したけん、仕方なかね」


悲しそうに笑いながら、ねるは理佐の頭を撫でる。
恐らく、腫れたところなのだろうと思った。

額辺りと左頬に湿布が貼られていて、時々独特な匂いが鼻を掠める。あまりいい匂いではなくて、ねるに嫌がられないか心配になった。



「てちと愛佳が心配しとったよ」

「え?」





◇◇◇◇◇◇◇



愛佳『ねるには吹き飛ぶ程にビンタされて、平手には首締められるし、そんであのもの凄い頭突きだもんなー。そりゃ、気も失うわ』

友梨奈『あ、そうか。そうだよね。えー、やりすぎたかなぁ』


倒れた理佐を、愛佳が抱える。
赤くなった首を、友梨奈は心配そうに覗き込んだ。


愛佳『ま、いいんじゃね?死にゃしないでしょ。ねるもいるんだし』

友梨奈『そうだよね。』


ね。と、2人はねるに笑顔を見せる。



そうして、
一言ねるに真実を告げた。





「……血も飲んでないんだろうって」

「………。」



事実だったけれど、それは理佐にとってねるに気づかれたくないことだった。
でもそれを、愛佳たちはあえて言ったんだと分かる。
分かるから、悔しかった。




「もともと、そんなに飲む方じゃないし…関係ないよ」

「………」


ねるが悲しそうに俯いたことに気づいて、理佐はやってしまったと思った。気にしないで欲しかっただけなのに、どうもいい言葉で伝えることができない。



「ねる、あのさ………っ!」


ねるに触れようとして腕に激痛が走った。

ーーー腕があがんない??





痛みと現実に混乱していると、俯いたままだったねるが口を開く。


「てっちゃんの縛りを無理やり解いた代償だって、てちが言ってた」

「……、」



あの時体に響いた音は、それだったのかと思い出す。
あの時は無我夢中だったから気づかなかったけれど、これはキツイと冷や汗が滲み出していた。

ズキズキと全身に響く痛みに、理佐はゆっくりと体をベッドに戻した。
その僅かな衝撃さえ、ビリビリと走り抜けていく。

しばらく安静にしていれば治まるだろうか、
しかし、これでは自宅に帰ることもできない。
これ以上ねるに迷惑をかけるのは申し訳なかった。



「あの、ねる」

「……なに?」

「友香、呼んでもらえないかな。痛み止めとか。それか愛佳にーー」



そこまで言って、理佐の言葉が止まる。
ねるの腕が理佐の顔の両脇に突き立てられていた。
長い髪に隠されて、表情までは分からなかったけれど、醸し出す空気はあまり良いものでは無いとわかる。



「………ねる?」

「血、飲めば治るっててちが言っとった」

「………、」




きっと、このねるの部屋に自分を運んできたのは愛佳だ。そして、平手は理佐が隠しておきたいことをあえてねるに話していったのだ。

理佐自身が血を求めていなくても体は血に飢えていること、

満たされることで、怪我なんて一瞬で治ってしまうことも。




「理佐」

「………」

「痛いやろ?」

「………別に、」

「………」

「いだたた!!」



理佐の返答に、ねるは腕を掴んでみる。予想通りの反応が帰ってきて、それがあまりに予想通り過ぎて
ねるは悲しくなってしまう。

なんでもない風に隠す理佐が、それが今出来ないということだから。





「なんでぇ?理佐、あんなに守ってくれたばい。ねるやって…」

「……怪我治すために飲むなんて思われたくない。そのために、ねるのこと傷つけられない」

「ねるはいいよ。理佐の怪我が治るんならいくらでもあげる。」

「………ねる、」

「なんでねるがこんなこと言うかなんて、分かっとるよね?」


小さく、小さく。

ねるの想いが溢れてくる。


「そんなに、人と近づくのが怖いの?」

「ーー………」

「そんなに、ねるのこと信用出来ん?」

「そうじゃない、」

「なら、他の誰にも見せんでいいけん、ねるに見せてよ」



女の子に、ここまで言わせてしまうのは
最低なんだろうな。
と、ねるを見て思う。

こんなにも、愛してくれて

こんなにも、手を広げて待っててくれる。

きっと、隣にいるだけで包まれてしまうんだ。







「…いいの?ねる。後悔しない?」

「せん。このままの方が後悔する」



即答で言い切るねるに、笑いが込み上げる。

不良品とか、利用価値があるとか

そんな自分を物としか見ない相手に振り回されて

大切な人さえも遠ざけて傷つけてしまうなんて、馬鹿な話だ。


そんなこと、きっと愛佳だって平手だって教えてくれていたのに。




痛むのと反対の手で、ねるに触れる。
全身が痛むけれど、きっとねるの痛みに比べたら些細なことだ。

自分を守るための言葉で、どのくらい傷つけてしまったんだろう。



片方の耳に長い髪をかけると、それに合わせてねるが髪を反対にまとめてくれる。

露わになったその肌が、ねるの表情と合わさって
ひどく妖艶だった。


ねるを引き寄せて、首筋に唇を落とす。
ねるが腕を曲げて距離を無くしてくれた。




「っ、理佐…?」

「キス、したい」



理佐がねるの唇に触れると、噛みつかれると思っていた事態を裏切られねるの目が見開く。
照れているようなその反応がかわいいと思った。


ゆっくりと唇を合わせて、

互いの熱と、吐息を感じる。




そうして、
本能をぶつけるかのように

激しく、

なるべく痛みを感じないように

優しく、






その肌を牙が貫いた。








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