Unforgettable.
「ぶっ!んぁはははは!!何そのほっぺ!!」
約束の放課後、愛佳を通じて指定された教室に行くと友梨奈は既に居て退屈そうに外を眺めていた。
しかし、理佐の腫れ上がった頬を見るなり緊張感など忘れたかのように友梨奈は心底楽しそうに笑い声をあげる。
「ふは、は、…えなに、マジでどうしたの」
「…ねるに叩かれたんだよ」
「叩かれた?殴られたんじゃなくて?」
「てち!どういう意味!?」
普段通りすぎる友梨奈にねるも『幼なじみ』としての顔が出てくる。
机の上に行儀悪く座る友梨奈に、ねるがじゃれ合っている。
そんな姿を見るだけで、理佐の心が揺れた。ねるのことは好きだし、ねるから大きすぎる好きも受けているけれど、やはり元は友梨奈が番にしようとしていた。好きになったのがどっちが先なんて関係ない。行動しなかったのは自分だ。
本当に好きなら、もっと早くに、もっと強く、あるべきだった。
「理佐」
「!」
気づけばねるが理佐を見つめていて少し驚く。
何度も同じことを違う方向から悩み続けていることは自分でも分かっていて嫌になる。
「また難しいこと考えとぉやろ」
「……別に、そんなんじゃ」
「理佐はねー、ネガティブでヘタレだからね」
平手の指摘に極最近、同じことを言われたことを思い出す。最近はそんなことばかりだった。
他人の評価は、意外とシビアなものだと思う。気づかない意識にさえ、気づかれている。
「理佐は、そこにいて」
「!」
友梨奈の低い声が静かな教室に響き、
理佐の体は何かに縛られたように動けなくなる。
「おいで、ねる」
少し言葉を柔らかくした友梨奈の声は、拘束力を変えない。
友梨奈に呼ばれたねるには、従順になる以外に選択肢はなかった。
息を詰まらせながら、ねるは友梨奈の前に立つ。
射抜かれるような瞳に、『吸血鬼』という存在を思い出した。
「座って」
ねるは膝をつき、友梨奈の言葉に従う。
その姿に、友梨奈はねるの頬を撫でる。
意味もわからず泣きそうになった。
「うん、いい子だね」
一つ一つの言葉が、高圧的な影をチラつかせる。
友梨奈の目は、ねるの首元を見つめ
新たな命令を出していく。
「…ネクタイ、外して」
その言葉と、シュル…と布の擦れる音がして、理佐はねるの首元を締める一部が剥ぎ取られたと知る。
焦燥感が理佐の心を占めていくのに、
目の前の世界はふたりだけのように、異様な空気を崩さない。
「これも、邪魔だね」
友梨奈の指が、ねるの襟元をつつく。
ねるは何も言わずに、そこへ手をかけた。
プツ、 プツ、と外れる微細な音と、後ろから見てもわかる胸元が開かれていく仕草。
友梨奈はその様子に満足気に笑みを浮かべて、声色を少しだけ上げた。
そして、鎖骨から喉元、顎下へと指を滑らせる。ねるの体がぴくりと反応した。
「かわいい、ねる。きれいだよ…」
「………っ、 」
友梨奈の指先に力が入って、ねるの顎先があがり、首筋が強調される。
ゆっくりと近づいて、ねるの肌に友梨奈の唇が落ちる。
「……ぁっ」
「…ねる。思い出して…私がねるを襲ったこと……」
ねるの全身に力が入る同時に、友梨奈の腕がねるの体を逃がさないとでも言いたげに拘束する。その腰と肩に腕が回った。
ねるの必死な抵抗は、友梨奈の肩に手を置く程にしかならなかった。
ちゅ、と唇が離れる音がする。
「……は。ああ、我慢できそうにない、………」
「…………、ん、!」
首筋に舌を這わす、粘着質な音が2人の息遣いに混じる。
理佐は、2人の行為を見つめるしか出来なかった。
目の前で愛する人が襲われているのに。
心臓が爆発するんじゃないかと思うほどに激しく動く。なのに、頭も手も足も、冷えていく一方だった。
瞬間、友梨奈の視線が理佐を捉えて重なった。
膝立ちのねるの後姿、向かい合って友梨奈は首筋に顔を埋める。
行為は止まらないのに、眼は理佐を離さなかった。
挑発だと分かるのに、平手の目に見えない拘束を外すことができない。
ーーーー…………り、さ
そう、ねるの振り絞った声が聞こえて、弾かれるようにやっと体が動き出す。
バツン、とどこか筋肉が切れたような関節が外れたかのような、変な音が自身の身体から響いたけれど、そんなことは関係なかった。
理佐はねるから引き剥がそうと全力で平手を止めに行く。
しかし、ずっと理佐を見ていた友梨奈が反応できないわけがなかった。
どん、と理佐に衝撃が襲う。
右手でねるを甘く拘束しつつ、左手で理佐を牽制した。
「ぐ、……!」
「おっそ、理佐。ねるのこと好きなんじゃないの?」
「………、!っう」
理佐は息苦しくなって、首が掴まれていることに気づく。脳への血液が阻まれ頭がぼやけてくる。
「っ、あ……ねる、はなして」
「んー?なんで」
「………っ、は、ひらて…!」
「……理佐は優しすぎるよ。もっと自分を優先させなきゃ」
言葉とは裏腹に、友梨奈の手は緩まない。
そうしてまた、友梨奈は視線を理佐に向けたまま
ねるの首筋にキスを落としていく。
右手で器用にねるの長い髪を纏め、その肌を理佐にも見せつける様に露出させた。
なんだよ、
なんでこんなに弱いんだ
なんで何も出来ないんだよ。
ねるは私に、好きだって言ってくれたのに
私を受け入れてくれたのに
私を救い出してくれたのは、紛れもなくねるだったのに、
自身を捉える友梨奈の手は、どんなにチカラを入れても外すことができない。
理佐の頬に涙が流れる。
愛しい人も守れない。
自分を犠牲にすることもできない。
覚悟が決まってない証拠だった。
ぼやけてきた視界に、ねるが映る。
その頬は
確かに
濡れていたんだ。
ぼやけた頭は一瞬にして真っ白になる。
理佐の長い腕は、拘束する友梨奈の腕から離れ、
そのまま、友梨奈の襟元を鷲掴みにした。
「ーーえっ、」
意外な行動に、友梨奈から声が漏れる。
力の緩んだ一瞬で、理佐は力の限り腕を引き寄せた。
「………っひらてぇえ!!!」
ーーーーゴッ!!!
「い"っ!!!!?」
「ーーーーっっ !!!」
鈍い音がして、直後3人は三方に転がる。
予想外の衝撃に頭を抱えて苦しむ友梨奈より先に、這った理佐がねるへたどり着く。
理佐自身、頭を貫いた痛みに全身が重く体が思う様ではなかった。視界は回り、言葉を発することすら苦痛だった。
「………、っねる、、」
「………」
「ねる、ぅ、…おきて」
「い"ったぁ………、理佐、ちょっと……バカなの…っ? 」
ねるより先に、友梨奈から声が上がり、ぐらぐらする頭のまま理佐は言葉だけを投げる。
「……ごめん」
「……ぅあー、目が回るぅ……ぐらぐらするー、」
「………」
全身の倦怠感から、徐々にハッキリした痛みに変わる。
やっと呼吸がしやすくなった。
「平手」
「なに、」
「ねるは、渡さない。私が、番にしたいんだ。それが出来なかったとしても、私はねるが好きだから、」
「…………」
床に寝転がったまま、友梨奈はじっと理佐を見つめる。理佐もその視線から逃げなかった。
少しの沈黙の後、ねるが気を取り戻したように体がぴくりと動き出す。
「……ねる?」
「………りさ、」
「ごめん、大丈夫…?」
「………」
ねるの目が理佐を捉えて、意識が戻ってきたことが分かる。
ねるはゆっくりと体を起こした。その目は潤んでいて、また泣かせてしまったんだと胸が傷んだ。
「、ごめん理佐、抵抗出来んくて」
「……ちがう、ねるのせいじゃないよ。私も、止められなくて……」
「そうだよ、遅いんだよ」
2人の会話に、頭を擦りながら友梨奈が入ってくる。
「……てち」
「はぁあ、分かってたけど、時間かかったなー」
「?」
理佐とねるに疑問符が上がる中、友梨奈は廊下に声を上げる。
顔を出したのは愛佳だった。
「え、こんな終わりでいいの?平手」
「うん。理佐なら上出来だと思う、てか言葉より行動派過ぎて無理」
「私はもっと、バチバチして血出してやり合うくらいを期待してたのに」
「え、待って。ほんと痛いから頭。マジ死ぬかと思った」
「真祖サマがそんなんで死ぬわけねーだろ」
「ホントだって!ぴっぴも理佐の頭突き受けてみなよ!」
ふたりの会話に、理佐とねるは呆気に取られていた。
何故こんなにもフラットな会話をしているのだろうか。
それでも、緊張感の途切れた空間に触れて
理佐の世界は真っ白に染められていく。
ーーーあ、ヤバい………、
ぐらぐらさした頭は浮遊感に埋まり
遠くでねるの声が聞こえた気がしたけれど
意識が浮上することなく
そのまま、暗い底に落ちていった。
約束の放課後、愛佳を通じて指定された教室に行くと友梨奈は既に居て退屈そうに外を眺めていた。
しかし、理佐の腫れ上がった頬を見るなり緊張感など忘れたかのように友梨奈は心底楽しそうに笑い声をあげる。
「ふは、は、…えなに、マジでどうしたの」
「…ねるに叩かれたんだよ」
「叩かれた?殴られたんじゃなくて?」
「てち!どういう意味!?」
普段通りすぎる友梨奈にねるも『幼なじみ』としての顔が出てくる。
机の上に行儀悪く座る友梨奈に、ねるがじゃれ合っている。
そんな姿を見るだけで、理佐の心が揺れた。ねるのことは好きだし、ねるから大きすぎる好きも受けているけれど、やはり元は友梨奈が番にしようとしていた。好きになったのがどっちが先なんて関係ない。行動しなかったのは自分だ。
本当に好きなら、もっと早くに、もっと強く、あるべきだった。
「理佐」
「!」
気づけばねるが理佐を見つめていて少し驚く。
何度も同じことを違う方向から悩み続けていることは自分でも分かっていて嫌になる。
「また難しいこと考えとぉやろ」
「……別に、そんなんじゃ」
「理佐はねー、ネガティブでヘタレだからね」
平手の指摘に極最近、同じことを言われたことを思い出す。最近はそんなことばかりだった。
他人の評価は、意外とシビアなものだと思う。気づかない意識にさえ、気づかれている。
「理佐は、そこにいて」
「!」
友梨奈の低い声が静かな教室に響き、
理佐の体は何かに縛られたように動けなくなる。
「おいで、ねる」
少し言葉を柔らかくした友梨奈の声は、拘束力を変えない。
友梨奈に呼ばれたねるには、従順になる以外に選択肢はなかった。
息を詰まらせながら、ねるは友梨奈の前に立つ。
射抜かれるような瞳に、『吸血鬼』という存在を思い出した。
「座って」
ねるは膝をつき、友梨奈の言葉に従う。
その姿に、友梨奈はねるの頬を撫でる。
意味もわからず泣きそうになった。
「うん、いい子だね」
一つ一つの言葉が、高圧的な影をチラつかせる。
友梨奈の目は、ねるの首元を見つめ
新たな命令を出していく。
「…ネクタイ、外して」
その言葉と、シュル…と布の擦れる音がして、理佐はねるの首元を締める一部が剥ぎ取られたと知る。
焦燥感が理佐の心を占めていくのに、
目の前の世界はふたりだけのように、異様な空気を崩さない。
「これも、邪魔だね」
友梨奈の指が、ねるの襟元をつつく。
ねるは何も言わずに、そこへ手をかけた。
プツ、 プツ、と外れる微細な音と、後ろから見てもわかる胸元が開かれていく仕草。
友梨奈はその様子に満足気に笑みを浮かべて、声色を少しだけ上げた。
そして、鎖骨から喉元、顎下へと指を滑らせる。ねるの体がぴくりと反応した。
「かわいい、ねる。きれいだよ…」
「………っ、 」
友梨奈の指先に力が入って、ねるの顎先があがり、首筋が強調される。
ゆっくりと近づいて、ねるの肌に友梨奈の唇が落ちる。
「……ぁっ」
「…ねる。思い出して…私がねるを襲ったこと……」
ねるの全身に力が入る同時に、友梨奈の腕がねるの体を逃がさないとでも言いたげに拘束する。その腰と肩に腕が回った。
ねるの必死な抵抗は、友梨奈の肩に手を置く程にしかならなかった。
ちゅ、と唇が離れる音がする。
「……は。ああ、我慢できそうにない、………」
「…………、ん、!」
首筋に舌を這わす、粘着質な音が2人の息遣いに混じる。
理佐は、2人の行為を見つめるしか出来なかった。
目の前で愛する人が襲われているのに。
心臓が爆発するんじゃないかと思うほどに激しく動く。なのに、頭も手も足も、冷えていく一方だった。
瞬間、友梨奈の視線が理佐を捉えて重なった。
膝立ちのねるの後姿、向かい合って友梨奈は首筋に顔を埋める。
行為は止まらないのに、眼は理佐を離さなかった。
挑発だと分かるのに、平手の目に見えない拘束を外すことができない。
ーーーー…………り、さ
そう、ねるの振り絞った声が聞こえて、弾かれるようにやっと体が動き出す。
バツン、とどこか筋肉が切れたような関節が外れたかのような、変な音が自身の身体から響いたけれど、そんなことは関係なかった。
理佐はねるから引き剥がそうと全力で平手を止めに行く。
しかし、ずっと理佐を見ていた友梨奈が反応できないわけがなかった。
どん、と理佐に衝撃が襲う。
右手でねるを甘く拘束しつつ、左手で理佐を牽制した。
「ぐ、……!」
「おっそ、理佐。ねるのこと好きなんじゃないの?」
「………、!っう」
理佐は息苦しくなって、首が掴まれていることに気づく。脳への血液が阻まれ頭がぼやけてくる。
「っ、あ……ねる、はなして」
「んー?なんで」
「………っ、は、ひらて…!」
「……理佐は優しすぎるよ。もっと自分を優先させなきゃ」
言葉とは裏腹に、友梨奈の手は緩まない。
そうしてまた、友梨奈は視線を理佐に向けたまま
ねるの首筋にキスを落としていく。
右手で器用にねるの長い髪を纏め、その肌を理佐にも見せつける様に露出させた。
なんだよ、
なんでこんなに弱いんだ
なんで何も出来ないんだよ。
ねるは私に、好きだって言ってくれたのに
私を受け入れてくれたのに
私を救い出してくれたのは、紛れもなくねるだったのに、
自身を捉える友梨奈の手は、どんなにチカラを入れても外すことができない。
理佐の頬に涙が流れる。
愛しい人も守れない。
自分を犠牲にすることもできない。
覚悟が決まってない証拠だった。
ぼやけてきた視界に、ねるが映る。
その頬は
確かに
濡れていたんだ。
ぼやけた頭は一瞬にして真っ白になる。
理佐の長い腕は、拘束する友梨奈の腕から離れ、
そのまま、友梨奈の襟元を鷲掴みにした。
「ーーえっ、」
意外な行動に、友梨奈から声が漏れる。
力の緩んだ一瞬で、理佐は力の限り腕を引き寄せた。
「………っひらてぇえ!!!」
ーーーーゴッ!!!
「い"っ!!!!?」
「ーーーーっっ !!!」
鈍い音がして、直後3人は三方に転がる。
予想外の衝撃に頭を抱えて苦しむ友梨奈より先に、這った理佐がねるへたどり着く。
理佐自身、頭を貫いた痛みに全身が重く体が思う様ではなかった。視界は回り、言葉を発することすら苦痛だった。
「………、っねる、、」
「………」
「ねる、ぅ、…おきて」
「い"ったぁ………、理佐、ちょっと……バカなの…っ? 」
ねるより先に、友梨奈から声が上がり、ぐらぐらする頭のまま理佐は言葉だけを投げる。
「……ごめん」
「……ぅあー、目が回るぅ……ぐらぐらするー、」
「………」
全身の倦怠感から、徐々にハッキリした痛みに変わる。
やっと呼吸がしやすくなった。
「平手」
「なに、」
「ねるは、渡さない。私が、番にしたいんだ。それが出来なかったとしても、私はねるが好きだから、」
「…………」
床に寝転がったまま、友梨奈はじっと理佐を見つめる。理佐もその視線から逃げなかった。
少しの沈黙の後、ねるが気を取り戻したように体がぴくりと動き出す。
「……ねる?」
「………りさ、」
「ごめん、大丈夫…?」
「………」
ねるの目が理佐を捉えて、意識が戻ってきたことが分かる。
ねるはゆっくりと体を起こした。その目は潤んでいて、また泣かせてしまったんだと胸が傷んだ。
「、ごめん理佐、抵抗出来んくて」
「……ちがう、ねるのせいじゃないよ。私も、止められなくて……」
「そうだよ、遅いんだよ」
2人の会話に、頭を擦りながら友梨奈が入ってくる。
「……てち」
「はぁあ、分かってたけど、時間かかったなー」
「?」
理佐とねるに疑問符が上がる中、友梨奈は廊下に声を上げる。
顔を出したのは愛佳だった。
「え、こんな終わりでいいの?平手」
「うん。理佐なら上出来だと思う、てか言葉より行動派過ぎて無理」
「私はもっと、バチバチして血出してやり合うくらいを期待してたのに」
「え、待って。ほんと痛いから頭。マジ死ぬかと思った」
「真祖サマがそんなんで死ぬわけねーだろ」
「ホントだって!ぴっぴも理佐の頭突き受けてみなよ!」
ふたりの会話に、理佐とねるは呆気に取られていた。
何故こんなにもフラットな会話をしているのだろうか。
それでも、緊張感の途切れた空間に触れて
理佐の世界は真っ白に染められていく。
ーーーあ、ヤバい………、
ぐらぐらさした頭は浮遊感に埋まり
遠くでねるの声が聞こえた気がしたけれど
意識が浮上することなく
そのまま、暗い底に落ちていった。