Unforgettable.

平手は所謂真祖に限りなく近い血族の末裔にあたる。
番と呼ばれる存在は、遠く薄れていき何億人の中の1人ではなく、好みか否かの差でしかなくなってきていた。むしろ、パートナーとした存在を『番』と呼びつつあった。
番を決めるかどうか、今回平手家は代々ある一定の条件を満たせば自由とされており、
結果、現在友梨奈は是とも非ともせず『一見』普通に学生生活を送っている。

しかし、現実友梨奈の生活は厳しいものだった。友梨奈自身の意思だけで行えるものは少なく、決められた選択肢の中で舎利選択を繰り返している。

その限られた選択肢を増やすために理佐が、そして理佐が効率的に友梨奈に貢献出来るよう務めるのが愛佳だった。



理佐「真祖はね、番が確定するまで人の記憶に残らせないのが仕来りなんだ。吸血行為をする度に覚えられてたら、キリがないから」

ねる「………」


全く別の記憶に置き換えてきた理佐が、ねるの記憶に関しては吸血行為を残したのは
きっとねるに知って欲しかったからだ。
番候補になってしまったねるに、平手の存在を。そして、理佐自身のことを。



愛佳「理佐と平手の関係はそんなもんじゃないだろ」

ねる「愛佳?」


腕を組み壁に寄りかかりながら、愛佳は呟く。理佐がどこかで一線を引こうとしていることはずっと前から知っていた。けれど、形式だけの関係なんて思って欲しくなかった。理佐にも、ねるにも。


愛佳「理佐は平手ん家の養子だよ。引き取られたんだ。だから2人の始めは『家族』だった。もっとずっと幼かったからね。こんな大人の事情なんて関係なかった。それが理佐の能力を買った平手家の思惑かどうかは……分からないけど」

ねる「家族……」

理佐「…愛佳はなんていうか、見張り役みたいなものだけど友だちだよ」

愛佳「しんゆーだろ」

理佐「ふふ、そうだね」


しがらみがなければ、もっとラフな関係でいられたのだろうけれど
ねるには学校で見てきた2人が本当に親友に見えていて、こうして愛佳と理佐の掛け合いに安心さえした。


ねる「…あの、…菅井先生は…?」

菅井「私?私は大して役目はないかな。愛佳みたいに呼ばれた訳ではなくて、秘密保持とか学生生活が円滑に進むようにって、3人が私の勤めてる高校に入ってきたみたいな感じだから」

ねる「そう、ですか」


菅井に助けられた部分は大きい。けれどそれは彼女の役割ではなかったようだった。菅井自身の優しさや意思がそうさせたのだ。

そしてまた、愛佳が話を切り出し始める。
見張り役として客観的に見なければならない立場の愛佳自身、溜め込んできたものは大きいのかもしれない。
相変わらず、やる気なさげに寄りかかってはいるものの
その目は鋭さを変えなかった。



愛佳「ねるが今の学校にいるのは偶然じゃないよ。平手には先天性の引きつける力がある。自分に合う『番』的存在を、運命ごと引きつけるんだ。理佐が養子に引き取られたのも私を目付け役にしたのも、ねるを番にしようとしたのも全ては必然なんじゃないかな」

ねる「………」

理佐「ねる、」



理佐の慎重な声に、ねるは顔を上げる。
やっと2人の視線が重なった。



理佐「………、あの、夜桜の日と図書室、ねるの部屋でねるを襲ったのは平手、なんだ。私はそれを分かってて、ねるの、記憶を置き換えてきた……、」


ねる「なんとなく、わかっとったよ。てちだったのはびっくりしたけど、菅井先生に話聞いてたから。だから、理佐が『夢』だって言ったことも嘘じゃなかったって思った」


そうして、ねるは理佐を叩いた右手を摩る。あの昂った感情は、色を変えて悲しみにさえ感じる。



「なんで、守ってくれんかったんやろって思った。理佐になら、理佐だから良いって思っとったけん。でも、理佐にもてちにも抱えきれんくらいのもの抱えとるけん、なんも言えんよ」


その手を握りしめて、再び理佐を見つめ返した。


「ただ、これからの事は言う。いっぱい言う。けど、叩いてごめん、理佐」


「あれはヤバかったもんな!理佐死んだかと思った!やっぱ平手にも理佐にも選ばれる奴はちげーよ」


ここぞとばかりに愛佳が話し出す。
張り詰めていた空気は、愛佳の笑い声でどこか和らいだ。



「愛佳うるさい!」

「なんだよー、振り回されるこっちの身にもなれよなー。素直になればこんなに引っぱたかれたり噛まれたりしなかったかもしれないじゃん」


ちなみに私にも叩かれてるから!とねるの叩いた左頬を示す愛佳。
菅井は安心したように理佐を立たせて、ねると向き合わせた。
理佐の肩を菅井が押す。ぐっと力が入って、理佐は力が貰えた気がした。
同じ目線で話をする。


「……」

「………ねるはまだ、逃げれるよ。決められる。吸血鬼なんてモノと一緒になって、普通じゃなくなるなんてしなくても生きてける。それは大事なことなんだよ」

「理佐は、どう思っとるの?」

「え?」

「吸血鬼とか普通とか、てちのことも。そんなん関係なく、理佐はねるのことどう思っとるの」

「………」

「……、ねるは理佐とおりたい。吸血鬼とか、そんなん知らん。誰だか知らん人の血飲んで、ねるに触れたみたいに他の人に触れるくらいなら、死ぬまでねるに触れてたらよか」


野次馬顔の愛佳が理佐の視界に入る。にやにやしているのが直視しなくても分かった。
いつの間にか菅井も自分の後ろからいなくなっていた。


「ねえ、理佐」

「………」


なんでこんなに想ってもらっているのに、言葉を伝えることが出来ないんだろう。
意志に反してポロポロと涙が零れていく。ねるの言葉が嬉しいのか、自分が不甲斐なさすぎて悔しいか
それとも全然違う感情なのか、分からなかった。

泣いてばかりだ、とより情けなくなる。
逃げたくなる。そんなことしてる場合じゃないのに。


気づけば、理佐はねるに抱きしめられていた。


「…ねる、」

「理佐、さっきからそればっかりやね」


呆れたような愛しい声がすぐ近くで聞こえる。


「…好き。理佐」



熱の篭った声が、届く。

体の芯が灼けるような気がした。




ーーーねる、……すき、だよ。
本当は一緒に、ずっと一緒にいたい。


ねるの距離に助けられ、
理佐の声は届いただろうか。


返事はなかったけれど、抱きつくねるの腕が力を増して苦しいくらいになる。
理佐腕もねるの肩に回った。



苦しいくらいの抱擁を堪能して、お互いの腕がどちらともなく緩められた。

息遣いが伝わるほどに、顔が近い。
互いの腕が回ったまま2人はキスを交わした。

吸血行為のない、衝動や本能などと逃げ道なんてない。そんな状況下でのキスはこれが初めてだった。





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