家庭教師×生徒
意味が、分からなくて。
目の前の優しい目も、触れる手の温かさも、現実味がなくて。
だから、耳から入ったはずの言葉が理解できない。
「………、、な、んて…?」
へら、と笑ってしまう。
わけがわからなすぎて。
でもきっと、どちらかと言うなら
心が理解を堰き止めている感覚。
これは嘘だって。
冗談だって。
勘違いだって。
傷つかないように、恥をかかないように。
逃げようとしている。
最低───
「私は、ねるが好き。」
「──………、で、も」
「本当だよ。ちゃんと好き」
「………」
吸った息に、体がしんどくなって
呼吸を忘れていたんだと気づく。
苦しくて、軽く息が切れる。
苦しくて、心臓が強く打ってくる。
じんわり、汗をかいて、手汗が理佐に伝わらないか心配になった。
「……ねるは?」
「………、、」
「……………、」
『好きです』
たったそれだけの事が口にできない。
喉が引き攣る。
「………ごめんね」
「……え?」
顔をあげれば、少し悲しげに、誤魔化すような笑顔があった。
「無理させるつもりはなかったんだ。ごめん。少し焦ってたみたい」
「……っ、ぁ」
「たくさんの時間が経った。気持ちに変化があって当たり前だよ」
「……、」
「でも、知っていて」
「!」
触れていた手に、力が込められる。
その強さに、胸がまた苦しくなる。
「この気持ちは、家庭教師だったからとか、進路に関わった思い入れとか、そんなんじゃない」
思わず手に目が流れてしまっていたけれど、声に目を逸らすなと引き戻される。
理佐のまっすぐに向き合う姿は、あの頃と何も変わっていない。
進路の時だって、何も言わずにただいるだけにすることも、何も言わずにいなくなることも出来たはずだ。
私だけが、回りくどく遠回りして、向かい合う相手に顔を上げることが出来ていない。
「……ねる、?」
「ごめんなさい…」
「……どうして?」
私だけが、理佐を求めていると思っていた。
理佐を求めて、でも理佐は応えてくれなくて。逃げて、突き放して。だから、私は苦労していて、全部理佐のせいだって。
違うんだ。
すべて。私のせい。
「ねる。無理しなくていいんだよ」
「違う。こんなの、逃げてるだけ」
「……」
「──………。理佐、」
「…なに?」
好き。
ただ、それだけ。
気づけば、理佐の手を握り返していて。
縋る子供のようだった。
ただそれだけの返事に、理佐は息を吐いた。
その音が、心臓の音の間にも届いて、呆れられたと胸が痛くなった。
でも。
「ふふ。かわいいね、ねる」
顔を上げれば、理佐は顔を綻ばせて、何故かとても安心したように笑っていた。
こんな、子供みたいな返事と反応を
ゆっくりと掬いあげてくれた。
「……っ、」
恥ずかしくて、情けないような気もして。
いわゆる、甲斐性なしなんだと思い知る。
なにを、そんなに。
ここまで向き合ってくれる相手に、怯えているんだろうか。
「……外出ようか」
「え?」
「行こ」
珍しく、相手の意見を聞かずに立ち上がる。
私も追いかける形で立ち上がった。
慌てて払おうとしたけど、手で制されてしまった。
お店を出て、しばらく歩いた。賑わう通りをひとつ曲がれば人気は少しずつはけていき、たどり着いたのは、芝が広がる公園だった。
子供が親の手に引かれて帰っていく。気づけば、理佐と会う予定の時間だった。
「寒い?」
「大丈夫」
夕方5時。早い様な気がしたけれど、いつでもいいと言った理佐の言葉が嬉しくてこの時間にした。この約束をした時、こんなことになるなんて思わなかった。
「おいで」
「……、」
「…ふふ」
「なに?」
「あの頃のねるはどこ行っちゃったの?」
手を伸ばした理佐の手が取れなくて。そっと近寄る。そんなねるを見て、理佐は笑う。
馬鹿にするとかじゃない。どこか愛おしそうで、余計に恥ずかしくなる。
「……」
「ねる、」
「…」
「私、ねるに『好き?』って聞かれて答えられなかったこと、後悔してたんだよ」
「え?」
ほら、電話でさ。そう言われて思い出す。そこまで引きずってはいなかった。答えてもらえないことはわかっていたし、あの時は進路を伝えて綺麗に終わらせることで必死だった。
「正直に伝えられたら、ねるは隣にいてくれたのかなって。でも伝えられなくて正解だったとも思ってた。もしそれで、ねるがねる自身の将来の選択を決めてしまったとしたら、なんの意味もないから」
したいことと、出来ること。
やりたいことと、やらなければならないこと。
正解と正論。
すべては、まったくのべつものだ。
それをあの頃は、分かっているつもりで
なにも理解出来てはいなかったのだ。
「今も悩んでる。ねるは、あのころの想いに囚われてるだけで、もっと違う幸せがあるんじゃないかって」
「え?」
「だから、私と再会して時間が経てば、想いの正体だって、将来の見え方だって変わるんじゃないかって思ってた」
──なにそれ。
理佐が、視線を下に向けて言葉だけをこぼしていく。連なる言葉たちに理解が追いつかなくなる。
理佐が背を向けて離れていく感覚だけが、私の背中を、撫で上げていく。
じゃあ、さっきのは?
さっきまで好きって言ってくれたのは、それを伝えるためってこと?
「なん、それ」
「、」
「ねるが、理佐のことどう思ってるか、伝わらんかったと?」
「……想いには色んな形があるよ。それに、時間が経てば、形は変わる。愛情だって、恋愛的な好きだけが愛情じゃない」
ふつふつと、ぐつぐつと。
燻る。
煙が、息を詰まらせる。
なんで…。なんで。
どうしてこんなにも、想い合うことが出来ないのだろう。
「バカやなかと?」
「え?」
「理佐はねるよりバカのくせに、ごちゃごちゃ考えよって」
「……ねる?」
「ねるが理佐に向けてる気持ちはなんも変わらん!!理佐に先生になってもらうために、どれだけ頑張ったと思っとると?どれだけの人を使って、根回ししたか知らんやろ!」
煙を吐き出すように、言うつもりのなかったことが心の箱から飛び出していく。
「高校生ってだけで、好きって気持ちを誤魔化されて!勉強頑張れば、こっちに来るなって言われて!!」
視界が何を映しているのか分からない。
広大な公園には、日を遮るものもなくて。理佐の顔は逆光で見えなかった。
心が綺麗だったなら。
もっと素直に。さっきも好きですって言えてたなら。
こんな、汚い泣き顔だって、声だって。
大好きな理佐に晒さずに済んだのに。
「自分の道を決めて進んで、やっと理佐の隣に立てたと思ったのに、今度は気持ちは変わる?想いの正体?違う幸せ??」
「──ねる、」
「馬鹿にせんでよ!!!」
「─…」
喉が、痛い。
息が、苦しい。
涙で、目が、開けられない。
吐いた煙は、全て自分に返ってきていた。
馬鹿は自分だ。
こんな、子どもみたいに。
「ふざけんでよ…っ!ねるはずっと、ずっと…理佐が好きで……、だから、会えなくなっても頑張って、っ、」
「理佐に会えて、ねるのこと、見てくれて、嬉しかったのに…!」
「……っ、好きなのに、、これが、嘘やっていうと!?」
溢れ出た、言葉は。
めちゃくちゃで、意味がわからなかったと思う。なのに、溢れるだけで、こぼれる落ちるだけで。勉強した論文や、難しい言葉たちは役に立たなかった。
子どもみたいに、バカみたいに。
感情だけを押し付ける。
そして、ついに。
声は言葉を紡ぐのを放棄した。
──声を上げて泣くのは、いつ以来だろう。
気づけば、理佐は私を抱きしめていて。
私は、理佐の腕にしがみついていた。
「──ねる、」
「…っ、、っく、」
泣いて、ろくな返事もしない私に、理佐は体の隙間を埋めるように更に抱きしめて。
耳元に、理佐の声がした。
『ねる』
少し低い。でも、優しくて柔らかい。
大好きな理佐の音。
ごめん。
そう、囁いて。
ねるの心は、落胆する。
『好きだよ、ねる。私と付き合って欲しい』
夢のような、音だった。
繋いだ言葉たちは、ねるの脳が勝手に作り上げたんじゃないかと思った。
でも、爆発したように泣いた頭じゃ
夢か現かも処理できなかった。
「好き…、、理佐…ずっと好きやったと」
こぼれた言葉は、純粋な想いの塊。
ねるの言葉に、理佐は抱きしめる力を強くして。そうして、ゆっくり、抱きしめられていた身体が開放される。心地よかった窮屈感がなくなって、寂しくなる。
離れないでと、掴む手に力を入れてしまう。
本能的で、その動作にあざとさも計算もありはしなかった。
『……あんまり、誘うようなことしないで』
夕日が、理佐顔を隠す。
直後、唇に柔らかい感触と、息苦しさに襲われた。
目の前の優しい目も、触れる手の温かさも、現実味がなくて。
だから、耳から入ったはずの言葉が理解できない。
「………、、な、んて…?」
へら、と笑ってしまう。
わけがわからなすぎて。
でもきっと、どちらかと言うなら
心が理解を堰き止めている感覚。
これは嘘だって。
冗談だって。
勘違いだって。
傷つかないように、恥をかかないように。
逃げようとしている。
最低───
「私は、ねるが好き。」
「──………、で、も」
「本当だよ。ちゃんと好き」
「………」
吸った息に、体がしんどくなって
呼吸を忘れていたんだと気づく。
苦しくて、軽く息が切れる。
苦しくて、心臓が強く打ってくる。
じんわり、汗をかいて、手汗が理佐に伝わらないか心配になった。
「……ねるは?」
「………、、」
「……………、」
『好きです』
たったそれだけの事が口にできない。
喉が引き攣る。
「………ごめんね」
「……え?」
顔をあげれば、少し悲しげに、誤魔化すような笑顔があった。
「無理させるつもりはなかったんだ。ごめん。少し焦ってたみたい」
「……っ、ぁ」
「たくさんの時間が経った。気持ちに変化があって当たり前だよ」
「……、」
「でも、知っていて」
「!」
触れていた手に、力が込められる。
その強さに、胸がまた苦しくなる。
「この気持ちは、家庭教師だったからとか、進路に関わった思い入れとか、そんなんじゃない」
思わず手に目が流れてしまっていたけれど、声に目を逸らすなと引き戻される。
理佐のまっすぐに向き合う姿は、あの頃と何も変わっていない。
進路の時だって、何も言わずにただいるだけにすることも、何も言わずにいなくなることも出来たはずだ。
私だけが、回りくどく遠回りして、向かい合う相手に顔を上げることが出来ていない。
「……ねる、?」
「ごめんなさい…」
「……どうして?」
私だけが、理佐を求めていると思っていた。
理佐を求めて、でも理佐は応えてくれなくて。逃げて、突き放して。だから、私は苦労していて、全部理佐のせいだって。
違うんだ。
すべて。私のせい。
「ねる。無理しなくていいんだよ」
「違う。こんなの、逃げてるだけ」
「……」
「──………。理佐、」
「…なに?」
好き。
ただ、それだけ。
気づけば、理佐の手を握り返していて。
縋る子供のようだった。
ただそれだけの返事に、理佐は息を吐いた。
その音が、心臓の音の間にも届いて、呆れられたと胸が痛くなった。
でも。
「ふふ。かわいいね、ねる」
顔を上げれば、理佐は顔を綻ばせて、何故かとても安心したように笑っていた。
こんな、子供みたいな返事と反応を
ゆっくりと掬いあげてくれた。
「……っ、」
恥ずかしくて、情けないような気もして。
いわゆる、甲斐性なしなんだと思い知る。
なにを、そんなに。
ここまで向き合ってくれる相手に、怯えているんだろうか。
「……外出ようか」
「え?」
「行こ」
珍しく、相手の意見を聞かずに立ち上がる。
私も追いかける形で立ち上がった。
慌てて払おうとしたけど、手で制されてしまった。
お店を出て、しばらく歩いた。賑わう通りをひとつ曲がれば人気は少しずつはけていき、たどり着いたのは、芝が広がる公園だった。
子供が親の手に引かれて帰っていく。気づけば、理佐と会う予定の時間だった。
「寒い?」
「大丈夫」
夕方5時。早い様な気がしたけれど、いつでもいいと言った理佐の言葉が嬉しくてこの時間にした。この約束をした時、こんなことになるなんて思わなかった。
「おいで」
「……、」
「…ふふ」
「なに?」
「あの頃のねるはどこ行っちゃったの?」
手を伸ばした理佐の手が取れなくて。そっと近寄る。そんなねるを見て、理佐は笑う。
馬鹿にするとかじゃない。どこか愛おしそうで、余計に恥ずかしくなる。
「……」
「ねる、」
「…」
「私、ねるに『好き?』って聞かれて答えられなかったこと、後悔してたんだよ」
「え?」
ほら、電話でさ。そう言われて思い出す。そこまで引きずってはいなかった。答えてもらえないことはわかっていたし、あの時は進路を伝えて綺麗に終わらせることで必死だった。
「正直に伝えられたら、ねるは隣にいてくれたのかなって。でも伝えられなくて正解だったとも思ってた。もしそれで、ねるがねる自身の将来の選択を決めてしまったとしたら、なんの意味もないから」
したいことと、出来ること。
やりたいことと、やらなければならないこと。
正解と正論。
すべては、まったくのべつものだ。
それをあの頃は、分かっているつもりで
なにも理解出来てはいなかったのだ。
「今も悩んでる。ねるは、あのころの想いに囚われてるだけで、もっと違う幸せがあるんじゃないかって」
「え?」
「だから、私と再会して時間が経てば、想いの正体だって、将来の見え方だって変わるんじゃないかって思ってた」
──なにそれ。
理佐が、視線を下に向けて言葉だけをこぼしていく。連なる言葉たちに理解が追いつかなくなる。
理佐が背を向けて離れていく感覚だけが、私の背中を、撫で上げていく。
じゃあ、さっきのは?
さっきまで好きって言ってくれたのは、それを伝えるためってこと?
「なん、それ」
「、」
「ねるが、理佐のことどう思ってるか、伝わらんかったと?」
「……想いには色んな形があるよ。それに、時間が経てば、形は変わる。愛情だって、恋愛的な好きだけが愛情じゃない」
ふつふつと、ぐつぐつと。
燻る。
煙が、息を詰まらせる。
なんで…。なんで。
どうしてこんなにも、想い合うことが出来ないのだろう。
「バカやなかと?」
「え?」
「理佐はねるよりバカのくせに、ごちゃごちゃ考えよって」
「……ねる?」
「ねるが理佐に向けてる気持ちはなんも変わらん!!理佐に先生になってもらうために、どれだけ頑張ったと思っとると?どれだけの人を使って、根回ししたか知らんやろ!」
煙を吐き出すように、言うつもりのなかったことが心の箱から飛び出していく。
「高校生ってだけで、好きって気持ちを誤魔化されて!勉強頑張れば、こっちに来るなって言われて!!」
視界が何を映しているのか分からない。
広大な公園には、日を遮るものもなくて。理佐の顔は逆光で見えなかった。
心が綺麗だったなら。
もっと素直に。さっきも好きですって言えてたなら。
こんな、汚い泣き顔だって、声だって。
大好きな理佐に晒さずに済んだのに。
「自分の道を決めて進んで、やっと理佐の隣に立てたと思ったのに、今度は気持ちは変わる?想いの正体?違う幸せ??」
「──ねる、」
「馬鹿にせんでよ!!!」
「─…」
喉が、痛い。
息が、苦しい。
涙で、目が、開けられない。
吐いた煙は、全て自分に返ってきていた。
馬鹿は自分だ。
こんな、子どもみたいに。
「ふざけんでよ…っ!ねるはずっと、ずっと…理佐が好きで……、だから、会えなくなっても頑張って、っ、」
「理佐に会えて、ねるのこと、見てくれて、嬉しかったのに…!」
「……っ、好きなのに、、これが、嘘やっていうと!?」
溢れ出た、言葉は。
めちゃくちゃで、意味がわからなかったと思う。なのに、溢れるだけで、こぼれる落ちるだけで。勉強した論文や、難しい言葉たちは役に立たなかった。
子どもみたいに、バカみたいに。
感情だけを押し付ける。
そして、ついに。
声は言葉を紡ぐのを放棄した。
──声を上げて泣くのは、いつ以来だろう。
気づけば、理佐は私を抱きしめていて。
私は、理佐の腕にしがみついていた。
「──ねる、」
「…っ、、っく、」
泣いて、ろくな返事もしない私に、理佐は体の隙間を埋めるように更に抱きしめて。
耳元に、理佐の声がした。
『ねる』
少し低い。でも、優しくて柔らかい。
大好きな理佐の音。
ごめん。
そう、囁いて。
ねるの心は、落胆する。
『好きだよ、ねる。私と付き合って欲しい』
夢のような、音だった。
繋いだ言葉たちは、ねるの脳が勝手に作り上げたんじゃないかと思った。
でも、爆発したように泣いた頭じゃ
夢か現かも処理できなかった。
「好き…、、理佐…ずっと好きやったと」
こぼれた言葉は、純粋な想いの塊。
ねるの言葉に、理佐は抱きしめる力を強くして。そうして、ゆっくり、抱きしめられていた身体が開放される。心地よかった窮屈感がなくなって、寂しくなる。
離れないでと、掴む手に力を入れてしまう。
本能的で、その動作にあざとさも計算もありはしなかった。
『……あんまり、誘うようなことしないで』
夕日が、理佐顔を隠す。
直後、唇に柔らかい感触と、息苦しさに襲われた。