家庭教師×生徒

出会いは小学校だったと思う。記憶にはないけど話くらいはしたんじゃないだろうか。
中学に上がって、部活が一緒だった。

多分その辺から話すようになって、どっかのタイミングでショートになった姿に心撃ち抜かれた。


今に至るまで、色んな姿を見た。
悔しくて泣くところも、頼まれ事を断れなくて頭抱えるところも、親しくなった相手に見せる子どもみたいなところも。

そして、ずっと思っていた。

理佐は、馬鹿みたいに優しい。


相手のことを考えすぎる。
相手を優先しすぎる。

なのに、それすら『自分のためだ』とか言って認めやしない。


だから、ねるちゃんのことも
好きなくせに、隣にいて欲しいくせに
ねるちゃんが道を後悔しないようにって手放し、突き放してしまう。

本当に欲しいものですら、自分が後悔するって分かるほどに求めているものすらも
理佐は、手を伸ばすことは無い。













『もしもし』

「……うん」

『急な電話ごめんなさい』

「……いいよ、どうしたの?」

『……先生、』

「……」


あぁ、まだ”先生”として扱ってくれるんだね。
あんな突き放し方しか出来なかったのに。


『先生は、ねるのこと嫌い?』

「そんなわけない」

『じゃあ、好き?』

「──、」


ねるの言葉は早すぎて、ついていけなかった。
きっと『嫌い』への否定なんて分かっていて、本当は『好き』への返答だけに
想いは偏る。


「……大事に思ってる。だから、離れたんだよ」

『……先生』

「、」

『ねるは、先生の言葉で道を間違えたりせんよ』

「───っ!」


突き刺さるように、言葉を理解する程に心臓が痛くなる。

ねるは、分かってるんだ。

私は、ねるを想うから離れたんじゃなく
自分のせいで誰かが道を間違え、それに後悔するのが怖いんだって。


「そんなの、、分からないじゃない」

『………』


否定できず、嘘の衣も纏えない。
そんな見透かされた私を、嫌うだろうか。幻滅するだろうか。
どんなかっこいい言葉とそれらしい理由を説いても、結局自分のことしか考えられていない、なんて。

耳元にあたる機械からは、雑音が響くだけで
ねるの声はない。


駄々をこねるようなセリフしか吐けない。私はなんて……、


『……先生、』

「………うん、」

『──……ねる、』


愛佳の視線が刺さっていた。

ねるの言葉を聴きながら、なぜか後ろめたさに苛まれていた。


けれど、そんなのは

ねるの言葉に、散る。





『私、理佐とは違う大学に行く』



「───、、、」






言葉はなにも出ていかなかった。

いや、何も、浮かばなかった。



「……そ、か」

『うん。やけん、もう大丈夫』

「……長濱さんなら、大丈夫だね」

『…ありがとう』


浮かぶのは、平凡な、無難な、言葉たち。

もう、大丈夫。

”先生はもういらない”んだ。



『それだけ言いたかった。急にごめんなさい』

「連絡ありがとう。応援してる」

『ばいばい、』

「─……」


名残惜しく、女々しく。
私から電話は切れなかったのに、ねるは無情にすぐ通話を終了した。

それがありがたい気もしたし、悲しかった気もした。



切れて、通話画面を閉じたスマホを愛佳に返す。

顔は見れなかった。
愛佳の顔が見れないと言うより、自分がどんな情けない顔をしてるか怖くて、顔を上げられなかった。


「…ありがと」

「……振られたの」

「はは、何言ってんの。その前に振ったのは私だよ」

「違う大学に行くって?」

「……うん。」

「好きって言わなくて、良かったの?」


好き、だなんて。分からない方が良かった。そうしたら、言わなくたって後悔は幾らか誤魔化せたんじゃないだろうか。


「…あの子が進みたい道に進んでくれるならそれがいい」

「本当に欲しいものは、自分から手を伸ばさなきゃ手に入らないよ」

「……そうだね」

「いくら後悔したっていいじゃん。人生そんなもんでしょ」

「………愛佳は強いね」

「──今、そんな話「愛佳、止めなよ」


愛佳に火がつきそうになって、止めてくれたのは由依だった。


「…由依、」

「よ。」


どこから現れたのかは分からなかったけど、逃げる私を追いかけようとした愛佳の首を掴み止めてくれてくれたことには、安心しかなかった。
でも、感謝の言葉が出なかったのは
自分でもらしくなく、結局自分の弱さを惨めな程に怒って欲しかったのかもしれないと、後から気づいた。


「うるさい時はうるさいって言っていいんだよ。そんなんじゃ傷つかないから」

「は?失礼すぎだろ、傷つくわ」

「…ふふ、そうだね」

「おーい」


外は、快晴。

陽は少し傾いて、夕日に変わる。




ねるとの別れは、雨の気配すらない。ねるが隣にいることもない。
私が妄想していたあの約束は、叶わないと笑われているかのようだった。




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