Unforgettable.
菅井のマンションに着き、インターホンを鳴らす。
2重ロックの扉は、菅井が内側から解錠され中に入ることを許された。
ドア前に行くと既に菅井が玄関前で待っていた。3人に気づくと慌てた様子で近づく。
「っ、大丈夫なの?」
「ごめん、友香。迷惑ばかりかけて」
「そんなこといいから!早く手当てしなくちゃ」
腕を包んでいたタオルにも血が滲み始めていて菅井はねると愛佳を奥に通すと、理佐の腕を引き洗面所へと連れていった。
ドレッサーの前に椅子を並べて、理佐を座らせ腕からタオルをゆっくりと外していく。
「、平手ちゃんにやられたの?」
「…………」
「ちゃんと止血してよ、長濱さんといるって決めたんでしょ?」
「………」
傷口を洗い、手当をしていく。
万が一のために揃えておいたガーゼや包帯はやっと役目を果たしたけれど、菅井は杞憂に終わって欲しいと願っていた。
包帯を巻き終え、汚染したタオルを片付けようとして視線を外すと、
迷ってるんだ…とか細い声が届いた。
「え?」
「………ねると、いること」
「………どういうこと?」
愛佳から、理佐とねるは共にいることを決めたらしいと聞いて、安心したのは数日前だった。
理佐は、視線を傷口に落としながら独り言のように続ける。
「……ねるは普通の女の子として、生きていくべきなんじゃないかな。こんなことになっちゃったけど、でもまだ、必ずしも吸血鬼と生きてかなきゃいけないわけじゃない。」
「長濱さんは、どう思ってるの?」
「ねるには言ってないよ。反対…してくれる、かな。結構頑固だから…」
「………」
理佐は、未だに自分を責めることを止めない。
そしてそのために、課せられた役割を果たそうと自分をおざなりにしてしまうんだ。
「友香に聞きたかったんだ。…あの人と生きるって決めた時、どうしたんだろうって。人間の一生なんて私たちに比べたら短すぎるくらいだよ?それを、…その命を削ってまで、奪ってまで、どうして一緒にいられたの…?」
「……」
「…ねると話して、私は許された気がしたんだ。私の存在も、今までねるにしたことも。このまま一緒にいられたらいいなって、思ったのも本当。」
菅井の目には、理佐の表情が和らいで見えた。きっとねると過ごした数日がやり取りがそうさせるのだと分かる。
でも、それも一瞬だった。
「けど、だからって、これからもねるを傷つけて良いわけないじゃんって思った。平手が来て、これからどんな危険な目に合わせるかも分からない。…ねるに、まだ言えてないこともある。でもそれを言っていいとは思えないんだ。また、ねるを傷つけちゃうかもしれない」
噛みつき、その皮膚を破って、
傷をつけ
大切な血を奪い、
気だるい世界を生きさせる。
そうして、生きていく。
ねるも自分も。
そして、ねるがいなくなった、その後も。
「そんなこと、耐えられない…」
「理佐、」
「………」
ーーーねるとは、最後にする。
ーーー記憶は置き換えて気づかないように。傷つかないように。
そう、言うだけなのに。
喉が痛くて、言葉を通してくれなかった。
「ねるは、普通の女の子として生きていった方が幸せだよ」
「………」
「ちゃんと悲しませないように、するから」
「……能力を使う気なの?」
菅井の声が一段と低くなって、怒ってるのだと分かる。それでも、その答えは決まっていた。
「………うん」
「っーー」
菅井が口を開いたと同時に理佐の後ろにあったドアが勢いよく開いた。
理佐が反射的に振り返ると、鋭い衝撃が走った。愛佳とは比べ物にならないくらいの力任せで感情の込められた所謂ビンタだった。
その衝撃で、理佐の体は菅井の元に落ちる。
同時に椅子の倒れる音が響き渡った。
「!!!??」
菅井は目の前の光景に言葉が出なくなる。
目の前には左頬を抑えた理佐が膝に落ちていて、
顔を上げた先には
ねるが振り下ろした右手を握りしめてふるえている。
その後ろ…すぐ横には止めようとしたらしき愛佳が目を見開いて、口まで開けて落ちた理佐を唖然と眺めていた。
「……な、長濱さん?」
「っ理佐のばか!!ねるを何やと思っとーと!!?なんもわかっとらん!!」
「ちょ、ちょっと落ち着け、ねる!」
「黙ってて!」
止めようとする愛佳を理佐から目を離さずに止める。
顔は怒っているのに、目からは涙が溢れていた。
「………ねる、」
「話してくれるって言うたやんか!ねるはそんな話なら聞く気ないっ、普通の女の子ってなに!?忘れさせるなんて最低やったって自分で言うたやんか!」
「……ごめん、」
「………なんで、…ねるのこと見てくれんの」
こんなにも想っているのに、
あなたの視界には入れてもらえない。
だから、こんなにも寂しくて
虚しいんだ。
想いはどこまでも届かないってつきつけられているようだった。
「理佐はねるを傷つけたくないんやないよ。自分が傷つきたくないから逃げてるだけやん……」
「っ、ちが、」
「ならさっきの話!ねるのこと見て言えると?」
「………っ、」
ねるは理佐を見つめるけれど、
理佐の視線は床を見たまま。
2人の視線が合うことはなかった。
「…わたしは、平手の胸ぐら掴んでまで止めた理佐見て、変わったと思ったんだけどなぁ」
「え!?そんなことしたの?」
壁に寄りかかりぼんやりと言葉を漏らした愛佳に菅井が驚く。
その言葉にねるは疑問が浮かんだ。
確かに驚いた光景だったけれど、菅井の驚きはねるとは視点が違うようだった。
「……理佐、話していいよね?もう埒が明かないだろ」
「……」
理佐の手に力が入る。
本来ならば、自分が話さなければならないことだ。
自分の言葉で、ねるに伝えなきゃいけない。
力が入って
せっかく巻いた包帯に、血が滲み出す。
じくじくと、不甲斐ない自分に戒めが与えられている様な気がした。
「じぶんで、話す。」
ぎりぎりと、全身が軋む気がした。
こんなにも、苦しいと思わなかった。
人を好きになることも、
自分の心をさらけ出すことも。
2重ロックの扉は、菅井が内側から解錠され中に入ることを許された。
ドア前に行くと既に菅井が玄関前で待っていた。3人に気づくと慌てた様子で近づく。
「っ、大丈夫なの?」
「ごめん、友香。迷惑ばかりかけて」
「そんなこといいから!早く手当てしなくちゃ」
腕を包んでいたタオルにも血が滲み始めていて菅井はねると愛佳を奥に通すと、理佐の腕を引き洗面所へと連れていった。
ドレッサーの前に椅子を並べて、理佐を座らせ腕からタオルをゆっくりと外していく。
「、平手ちゃんにやられたの?」
「…………」
「ちゃんと止血してよ、長濱さんといるって決めたんでしょ?」
「………」
傷口を洗い、手当をしていく。
万が一のために揃えておいたガーゼや包帯はやっと役目を果たしたけれど、菅井は杞憂に終わって欲しいと願っていた。
包帯を巻き終え、汚染したタオルを片付けようとして視線を外すと、
迷ってるんだ…とか細い声が届いた。
「え?」
「………ねると、いること」
「………どういうこと?」
愛佳から、理佐とねるは共にいることを決めたらしいと聞いて、安心したのは数日前だった。
理佐は、視線を傷口に落としながら独り言のように続ける。
「……ねるは普通の女の子として、生きていくべきなんじゃないかな。こんなことになっちゃったけど、でもまだ、必ずしも吸血鬼と生きてかなきゃいけないわけじゃない。」
「長濱さんは、どう思ってるの?」
「ねるには言ってないよ。反対…してくれる、かな。結構頑固だから…」
「………」
理佐は、未だに自分を責めることを止めない。
そしてそのために、課せられた役割を果たそうと自分をおざなりにしてしまうんだ。
「友香に聞きたかったんだ。…あの人と生きるって決めた時、どうしたんだろうって。人間の一生なんて私たちに比べたら短すぎるくらいだよ?それを、…その命を削ってまで、奪ってまで、どうして一緒にいられたの…?」
「……」
「…ねると話して、私は許された気がしたんだ。私の存在も、今までねるにしたことも。このまま一緒にいられたらいいなって、思ったのも本当。」
菅井の目には、理佐の表情が和らいで見えた。きっとねると過ごした数日がやり取りがそうさせるのだと分かる。
でも、それも一瞬だった。
「けど、だからって、これからもねるを傷つけて良いわけないじゃんって思った。平手が来て、これからどんな危険な目に合わせるかも分からない。…ねるに、まだ言えてないこともある。でもそれを言っていいとは思えないんだ。また、ねるを傷つけちゃうかもしれない」
噛みつき、その皮膚を破って、
傷をつけ
大切な血を奪い、
気だるい世界を生きさせる。
そうして、生きていく。
ねるも自分も。
そして、ねるがいなくなった、その後も。
「そんなこと、耐えられない…」
「理佐、」
「………」
ーーーねるとは、最後にする。
ーーー記憶は置き換えて気づかないように。傷つかないように。
そう、言うだけなのに。
喉が痛くて、言葉を通してくれなかった。
「ねるは、普通の女の子として生きていった方が幸せだよ」
「………」
「ちゃんと悲しませないように、するから」
「……能力を使う気なの?」
菅井の声が一段と低くなって、怒ってるのだと分かる。それでも、その答えは決まっていた。
「………うん」
「っーー」
菅井が口を開いたと同時に理佐の後ろにあったドアが勢いよく開いた。
理佐が反射的に振り返ると、鋭い衝撃が走った。愛佳とは比べ物にならないくらいの力任せで感情の込められた所謂ビンタだった。
その衝撃で、理佐の体は菅井の元に落ちる。
同時に椅子の倒れる音が響き渡った。
「!!!??」
菅井は目の前の光景に言葉が出なくなる。
目の前には左頬を抑えた理佐が膝に落ちていて、
顔を上げた先には
ねるが振り下ろした右手を握りしめてふるえている。
その後ろ…すぐ横には止めようとしたらしき愛佳が目を見開いて、口まで開けて落ちた理佐を唖然と眺めていた。
「……な、長濱さん?」
「っ理佐のばか!!ねるを何やと思っとーと!!?なんもわかっとらん!!」
「ちょ、ちょっと落ち着け、ねる!」
「黙ってて!」
止めようとする愛佳を理佐から目を離さずに止める。
顔は怒っているのに、目からは涙が溢れていた。
「………ねる、」
「話してくれるって言うたやんか!ねるはそんな話なら聞く気ないっ、普通の女の子ってなに!?忘れさせるなんて最低やったって自分で言うたやんか!」
「……ごめん、」
「………なんで、…ねるのこと見てくれんの」
こんなにも想っているのに、
あなたの視界には入れてもらえない。
だから、こんなにも寂しくて
虚しいんだ。
想いはどこまでも届かないってつきつけられているようだった。
「理佐はねるを傷つけたくないんやないよ。自分が傷つきたくないから逃げてるだけやん……」
「っ、ちが、」
「ならさっきの話!ねるのこと見て言えると?」
「………っ、」
ねるは理佐を見つめるけれど、
理佐の視線は床を見たまま。
2人の視線が合うことはなかった。
「…わたしは、平手の胸ぐら掴んでまで止めた理佐見て、変わったと思ったんだけどなぁ」
「え!?そんなことしたの?」
壁に寄りかかりぼんやりと言葉を漏らした愛佳に菅井が驚く。
その言葉にねるは疑問が浮かんだ。
確かに驚いた光景だったけれど、菅井の驚きはねるとは視点が違うようだった。
「……理佐、話していいよね?もう埒が明かないだろ」
「……」
理佐の手に力が入る。
本来ならば、自分が話さなければならないことだ。
自分の言葉で、ねるに伝えなきゃいけない。
力が入って
せっかく巻いた包帯に、血が滲み出す。
じくじくと、不甲斐ない自分に戒めが与えられている様な気がした。
「じぶんで、話す。」
ぎりぎりと、全身が軋む気がした。
こんなにも、苦しいと思わなかった。
人を好きになることも、
自分の心をさらけ出すことも。