家庭教師×生徒


今日は雨だった。
朝から降るそれに、いつもなら心を浮かせながらラウンジに来て、コーヒーでも入れながら目を閉じて耳を澄ます。
何も考えない、雨の音に包まれる感覚は最高だった。




「あーーー、、、」


大学のラウンジにある大きな窓。
だらけて座った視線の先は、重い雲と雨によって薄暗く演出され、
意味もなく出た声は、雨音にかき消される。

窓に叩きつけられて、潰れて流れ落ちる。
数多のそれを見つめて、視線をズラせば風景は一定の縦の線に細かく切られている。

ゆっくり目を閉じて世界を閉ざす。音だけに意識を傾けると、断続的な音の中に潜む1つひとつの音が拾えて、屋根から滴る別の雨音も分かる。でも、目を開けばそんなものはすぐ多量の雨音がかき消されて、またいつもの雑音になっていく。

この細かな雨音の集まりが大勢からの拍手の音に似ていると聞いたのは、なんだっただろうといつも思う。もしかしたら読んだのかもしれないけれど、その答えは分からないままだ。


「──………」


音に包まれるような、支配されるような感覚、断続的で変化がなく落ち着く。この感覚が心地よくて好きだ。
この音が最高なんだって、伝えたい。
この音が最高だって話をした時の、あの子の顔が記憶に焼き付いてる。


『突き放すなら、もう来ないでください』


──その覚悟が必要だと思った。
でも数日経って、それは本当に必要だったのだろうかと疑問にたどり着く。

私の言葉に責任がないとは思わない。それでも私は、彼女を突き放す気なんてなかった。

でも、それでも。彼女にとってそれ以外の何物でもなかったんだと思考は何度も突き当たる。


「……ぁーーー、もう」


テーブルに突っ伏して、目を閉じる。


雨音は断続的で。
それに耳を傾けてるはずなのに、頭に巡るのは
彼女の涙を溜めながら唇を噛む姿と
必死に身を守るための、槍のような言葉たちだった。















雨だ。


先生は今頃、あのラウンジで雨音に耳を傾けているんだろうか。
その時隣にいたいと思ったのに、何だか酷く離れてしまった感じがする。


「ねる?」

「土生ちゃん、。…あれ?ふーちゃんたちは?」

「………ねるが外を眺めてる間に帰ったよ、塾だって」

「そうなんや、気づかんかった」

「何かあった?話聞くよ」


笑いながら土生ちゃんが隣の椅子に座る。
いつの間に、帰ってしまったんだろう。
きっと声を掛けてくれていたはずなのに記憶にない。
覚えてるのは、なにかを断絶するみたいな雨と、先生が最高だって言った雨音だけ。でもどれだけ耳を傾けても、その音にはたどり着けない。

土生ちゃんは特にそれ以上追求することも逸らすことも無く。
一緒に教室の窓から、降り注ぐ雨を眺める。



「……先生に大学を変える気はないのって、言われた」


言葉に湿り気が残るのは、きっと雨のせい。


「ねるは、そこがいいのに」

「……うん」

「先生は…ねるのこと教え子としか思っとらん」

「………」

「愛佳も由依さんも、ねるのこと子どもやって言う」

「……うん」

「………ねるは、だめなんかなぁ」


何が、ということもない。
何が?って聞かれたって何も答えられない。

それでも、今。何かがダメになりそうで、立て続いた現実に自分は間違っていると突きつけられている気がする。


「……そんなことないんじゃないかな」

「……」


顔をあげれば、いつもと変わらない土生ちゃんの笑顔。自信と、確信だけの。迷いなんてない瞳。


「……そう、なんかな」

「そうだよ。少なくとも私の知ってるねるは素敵な女の子だよ。恋して、悩んで、相手を想って切なく悩んじゃう、可愛い女の子」

「土生ちゃん、それは」


恥ずかしい、。
でも、土生ちゃんは。ホスト宜しく、恥じらいもなくイケメンな笑顔でねるに向き合う。


「ねる、大丈夫だよ」

「!」

「きっと渡邉先生も同じことで悩んでると思う。だって、渡邉先生、ねるのこと大好きだもん」

「……あは。土生ちゃんの自信すごかね」

「ふふ。土生探偵はなんでも分かっちゃうんだから」


まるで虫めがねで見るみたいに、手を動かす。
ねるは土生ちゃんに観察されて、なんだか面白くなってしまう。 本当、自信がすごい。でもきっと、彼女は彼女の中のルールとか思考の基準があって
その姿が出来上がっているはずなんだ。


ねるは、どうだろうか。
先生の言葉とか、由依さんたちの言葉を跳ね返そうとするばかりで、身を守るためにムキになってた。

土生ちゃんの言う『素敵な女の子』が、それを全部含めたことだって分かってるけど
ねるは、ねるが思う『素敵な女の子』になれるように
何が必要だろう。


先生と同じ大学に行くこと、
先生と付き合うこと、

好きって、告白すること。

先生の隣を、何を誤魔化すことなく隣にいること。

あのラウンジで、先生と
雨の音を聴く───



「ありがとう、土生ちゃん」

「またおしゃべりしよ」

「ふふ、ありがと」

「今度はみいちゃん達も一緒がいいね」

「土生ちゃんはさっきみたいなの、みいちゃんの前で言わん方が良かよ」

「え?なんで?」

「………」
(その辺の子に言ってたらチャラいって分かっとらんのかなぁ)


たまに、ホントにホストみたいやけん、ハラハラするんよね。

でも、そんな土生ちゃんを
みいちゃんは好きになった。。。
ううん、好きって難しかぁ。ねるやったら許せん…。


先生『可愛いね。君は素敵だよ』


「………」



…………、ねるやったら許せん。




「今度いつ先生に会えるの?」

「、ぁ。……」

「ねる?」


──突き放すなら、もう来ないでください。


「……離れる気ならもう来んでって言っちゃったと」

「……」

「もう来てくれんかも…、」

「大丈夫だよ」

「え?」

「渡邉先生は来るよ、絶対」

「──……」

「だから、ねるはお家で待ってて。それに、そうした方が先生の気持ちわかるでしょ?」


でも、それで来なかったら?
そのまま、会うことできなくなったらどうしたらいい?

けど、それを焦って先走って。私は由依さんに叱られたんだ。

恐怖と不安は、焦燥感を生む。
ゾワゾワして落ち着かない。動悸がして苦しくなる。

そんなのは、、


「信じて、ねる」

「!」

「来るよ」


真っ直ぐで、確信を持った目、言葉。
先生と土生ちゃんは1回しか会ったことないのに。

でも、やっぱり。
土生ちゃんのその自信には、心絆される。



「……うん」


ねるの言葉に土生ちゃんは笑顔を返してくれて。


下校時間を知らせる鐘が鳴り、傘のない私に土生ちゃんは傘を差してくれた。
『相合傘だね』って笑う土生ちゃんに、これが先生だったらと想像してやっぱりヤキモチを焼くだろうなと思ったのと同時、みいちゃんの懐の深さに脱帽した。

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