家庭教師×生徒



身体が温もりに包まれる。
私よりも高い身長、細い腕、薄い肩。
私の頭は、先生の肩口に触れる。
瞬間、先生の香りでいっぱいになった。




正直、頭の中は真っ白だった。
幸せと、絶望。
包まれる温もりとは反対に、心臓が冷えていく。


「……怖かった?ごめんね」

「……、、」


先生の少しだけ大きい手が、ねるの頭を撫でる。勉強を教えてくれる時、ペンを持つ時、耳に髪をかける時、沢山見てきた先生の手。
その手がねるを撫でてくれてる、そんなのは夢心地だった。

けど、

求めてる熱とは、かけ離れている。それだけでこんなにも悲しい。




「大学に入って私の事見かけたら、声かけてね」

「……、」

「ここにも、来てくれたら嬉しい。ねると見れたら特別になるから」

「………先生、」

「うん?」

「…私、付き合ってる人なんていないです」


先生は一瞬固まって、ねるの言葉に体を離そうとするから、先生の服を掴んで拒んだ。

顔、見られたくない。

………まだ、離れたくない。




「え、と」

「好きな人は、います。この大学に」

「……そう、なんだ…」

「………」


ねるに回されていた腕は力が抜けたまま僅かに隙間がある。でも、ねるがしがみついているから無理に離れたりはしない。
先生の服を掴む力が籠る。

こんなことをしておいて、この先のことを全く考えていなかった。


ただ、あまりに熱のない抱擁が、悲しくて。どうしても、少しでも。先生の熱が欲しかった。


「……でも、それなら大学には進むのかな」

「……はい、」


私の告白で熱がこもるなんて思い上がりもいい所だった。熱になんの変化もない。むしろ戸惑いに隙間が空いて、先生との距離が空いてしまった。


「……っ」

「、ね、る……!?」


それが悔しくて、ねるは、ただ感情のままに先生へと体を寄せて密着させる。
先生の肩口へと顔を押し付けて、


最後かもしれない、先生の体を強く抱きしめて、擦り寄る。

耳元で先生の息が詰まる音がして、一瞬の優越に浸る。


「ながはまさ、、ちょっと、はなれ─」
「先生」

「っーー!」

「いい匂いする、」

「かが、ない、!」

「先生、細い。」

「!?」


服を掴んでいたはずなのに、いつの間にか手が進む。服の隙間から触れた肌は、思考をダメにする。


先生が逃げるように下がり始める。ねるは止まらなくて、そのまま先生を追って、もつれた足がお互いに絡んで倒れる。

先生は床に頭をぶつけたけど、ねるがケガしないように抱きとめてくれていた。
けど、そんな優しさも、転んだ衝撃もねるの暴走した本能を止めることはなくて
無防備な先生へ、欲のままに手を伸ばした。


















「ここ大学なの、分かる?ねるちゃん」

「………はぃ」

「理佐も襲われない」

「……………ごめん、」


先生が謝ることなんてないのに。
そう思ったけど、取り戻した理性に恥ずかしくなってねるは何も言えなかった。


「あなたがねるちゃん?」

「、はい。……?」

「ぁ、私、小林由依。理佐の友人」

「……初めまして」

由依「愛佳にも理佐にも話聞いてるよ。ここ受けるんでしょ?よろしくね」


小林由依さん。それと愛佳。
倒れた拍子の物音を心配してきた2人の気配に気づいたところで遅くて、ねるが先生の馬乗りになっているところを見つけられてしまった。

近くだと言われていたサークル部屋は、本当にすぐで、ねるたちは今その部屋で座らされている。
恥ずかしさに襲われるけれど、あんな所で何かあったとしても最悪な記憶にしかならないし、止まれたのは良かったと自分を励ましてみる。



理佐「ねぇなんで残ってるの、帰りなよ」

愛佳「課題が残ってなきゃ帰るわ」

由依「私はそれに付き合わされてるだけね。ご飯奢ってもらう予定だから、2人も行こうよ」

愛佳「え?私は小林のしか払えないよ?」

由依「ケチくさいこと言うなよ。未来の後輩に払って」

愛佳「ねるは友人ですから。なめんな」

由依「なめてねぇわ」


由依さんって見た目に似合わず言葉が荒くなるんだなぁなんて思う。初見でこれだと緊張してしまう。
優しい笑顔は今や渋い顔となって愛佳に向けられていた。


理佐「……長濱さんこれ以上遅くしたら悪いから帰るよ。元々もっと早く帰るはずだったから」

愛佳「そうなの?」

由依「てか、デートって今日だったんだね。わざわざ大学なんてなんで来たの」

理佐「……いいでしょ別に。長濱さん帰ろ、」

愛佳「一緒に行こうか、襲われちゃうでしょ」


「うるさい!」「っもうしませんから!」


















夜の道を走り、いつもの光景が視界に映る。車が止まったのは、ねるの家の前だった。


「……遅くさせてごめんね、しかも愛佳達がいるの知らなくて」

「いえ、私も……」

「あの、…気にしてないからさ、長濱さんも─」

「もう、呼んでくれないんですか」

「え?」

「ねるって」


いつからだったんだろう、せっかく得たはずの先生から呼ばれる名前はどこかに隠されてしまっていて寂しくなった。

せめて、それくらい。
元に戻してから別れたい。




「………それは、長濱さんもでしょ」

「え?」



カチッと音を立てて、先生はシートベルトを外す。
こっちを向いた目は、心臓が締め付けられるほどに強かった。


それに気を取られている隙間に、先生は助手席側の背もたれとドアに手をついて
ねるを閉じ込める。


「!、」

「……あんまり、そういうことしてると止められないから」

「……っ、」

「こっちもギリギリだから、甘く見ない方がいいよ」



いきなり迫る展開に頭がパンクしてしまって、言葉の意味に追いつけない。
そんなねるに、先生はまたグッと近づいて耳元に口を寄せた。




「………おやすみ、ねる」


「────!!!!」

───ガチャ



ドアが開く音がして、外の空気が流れ込む。体を支えていた一端がなくなって、気が逸れる。
気づけば先生は元の位置に戻っていて、さっきのは夢なんじゃないかと思った。



「玄関入るまで待ってるよ。気をつけてね」

「………は、い」


いつも通りの、優しくて柔らかい声。
少しだけ笑って、ねるを見送る、いつもの、”先生”。
本当ならありがとうございましたとか、おやすみなさいとか、また行きたいですとか、言おうと思ってたのに。

心臓はドカドカとして、ねるは膝に抱えていた花を落とさないことだけで精一杯で。
そのまま、家の中へと帰った。

玄関の鍵を閉めて、先生の車の音が遠ざかる。
親に一言帰宅を告げて、部屋に帰る。


ねるは、花を机に置くと、そのままベッドに倒れ込んだ。









「────、、っ、」



耳が、熱い。
鼓膜に張り付いた音が、脳を揺さぶる。


あんなに近くで、
あんなに、低くて

私だけに込められた熱。
鋭く強い眼は、食べられそうだった。


───おやすみ、ねる



「………寝れん、、」









─────

────────

────────────────




──────────





「……もうダメかも…」

7/20ページ
スキ