An-Regret.
カフェの席で、テキストを開きながらそれを眺めるだけで何も頭には入ってこない。
失くしたボールペン、
貸して返された服。
偶然のようでこじつけられた出来事が、モヤを張る。
いつの間にか、彼女はみぃちゃんのすぐ側にいた。
編入してきたと耳にした記憶はないけれど、大学で編入だなんだと余程の有名人じゃなければ大した話題にもならない。
気づいた時には親しげだった。懐く後輩にみぃちゃんはやたら笑顔で。
独占欲という黒い感情が、私を責めたてる。
『…先程はどうも。みいさん先輩の恋人さん』
「!」
視界の横から何かが入る。
覗き込まれるようにして、さっきまでみぃちゃんに見せていた笑顔が目の前に押し出された。
「……土生瑞穂。小池美波の番だよ」
『えー、そんなこと言っていいんですかぁ?』
私の反応がつまらなかったのか、彼女、井上梨名は体を引いて適正な立ち位置に戻る。
笑顔を絶やさない態度に、苛立ちが募る。私は感情を隠さないまま、椅子の背もたれに体を預けた。
「知ってて近づいてるんでしょ、先制だよ。みぃちゃんを危険な目に晒したら許さないから」
『私だって別に、みいさん先輩を傷つける気なんてありませんよ』
「……」
『”安心”してください、土生先輩。私はただの後輩です。土生先輩と同じ、です』
「………、」
一瞬。彼女に気を許しそうになってしまう。
怖いもの知らずなその笑顔は、私に一層深い笑みを向けて目の前から去っていった。
ドクン、と体の奥が鳴る。
苛立ち、焦り、危機感。首元にじっとりとした汗をかく。守ると誓った、ネックレスが煩わしく思うほど体がむず痒い。
自分の感情の理解は出来るのに、何かに邪魔をされてイコールで繋がらない。
──アレは、なんだ、?
「土生ちゃん」
「!!」
「ぁ、ごめん。びっくりした?」
「……みぃちゃん、」
「お待たせ。帰ろ?」
「……うん」
みぃちゃんの首元にネックレスが映る。
私の首元にもあるはず。
大丈夫。君を守ることに、なんのズレもない。
「いのりちゃんがな、大学に人形持ってきててん」
「──……」
みぃちゃんの声に、彼女の声が紡がれる。
そんな些細なことに、苛立つことなんてなかったのに何故かこの時は、胃から何かが吹き出すかと思った。
「そんな大きいんやないけど、普通持ってくるかって……」
「みぃちゃん、」
「うん?」
なんで、昼間にもあのやり取りしたのにその話題を出すの。
「そんなに嫌?いのりちゃんの話聞くの」
「…、」
「ならほかの友達ならええの?」
「………っ、みぃちゃん、あの子は」
「人間やないことが何?うちやってそうやで。土生ちゃんもや」
「分かってる、けど!」
「初めて、後輩が出来て、懐いてくれとるんよ」
「──……」
「……仲良くさせてや」
まだ、君は。
人間の頃の時間軸から離れて間もない。
理佐やねる以外の、所謂ふざけ笑える友人や存在との隔てりに区切りがつかないのなんて当然だ。
自分に懐いてくれる存在が、人間じゃない。それはみぃちゃんにとって救いだったのかもしれない。
「……本当に、気をつけて欲しいんだよ」
「…」
「何かあったなら、守る。それに迷いなんてない。けど、みぃちゃんが歩みだすことを止めないなら、みぃちゃんからの呼び掛けを待つしか出来なくなる」
「うん」
「異変を感じたら、呼んで。それが気のせいでもいい。離れる以上、少しのことでも呼んでくれていいから」
「……過保護やね」
その言葉に、私は肩を落としてしまう。
私の危機感が、伝わらない。でも、私自身何がどう危険で、焦っているのか分からない。
伝えられない。
───みいちゃんを頼りにしてしまった。
今回に限っては、それは間違いだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「──で?なんでそれを私に言いに来たの?」
「なにか知ってるかなって」
「…何かって私情報屋じゃないんだけど。それにそんなの平手に聞いた方が早いでしょ」
「そんな確実な危険でもないのに言いに行けないよ。真祖だよ?」
「……へぇ。あんたでもそんなこと気にするんだ」
「今回に関しては、自分でもよく分からないからさ」
「…今の、一応嫌味だったんだけど」
「え?」
理佐たちと上手く連絡がつかなくて、けど愛佳や真祖に連絡すべきかは悩んでしまった。結果、オオカミとの仲介をする由依なら何かしら情報があるんじゃないかと相談しに来たのだけど
私のいまいちハッキリしない危機感に、由依も疑問を抱えている様子だった。
「妙な子ども、ねぇ」
「…、」
「……、悪いけど期待してるような情報は持ってないよ。特に注意するような案件も来てない」
「そっか、」
「……ただ」
否定の言葉に続いたのは、由依も私と同じでハッキリとは危機を感じない。けれど違和感と妙な危機感。知らない存在が近づく、小さな恐怖を抱えていた。
少しだけ表情を固くして、視線を右へと逸らす。
「こっちにも変なやつらが来てる」
「え?」
「ひかるが会ったから私は直接見てないけど、妙な匂いだったって」
「……」
「……私からも理佐やねるに連絡してみる。こんな立て続けに私たち繋がりで起きるなんてなにかあるのかもしれない。…何かあってからじゃ遅いしね」
「……うん」
──何かあってからじゃ遅い。
由依のその言葉は、特別重く感じられた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
あの日から、大学にいる時間はみいちゃんは井上梨名と共にいる時間が多くなった。
私が嫌な顔をするからか、みぃちゃんから彼女の話が出ることも少なくなった。
家でそれとなく聞いてみても、誤魔化すばかりでなにも答えて貰えない。
こうなったのは私のせいでもある。そう思うと私は踏み込むことが出来なくなっていた。
そのまま数日が経った。大学で講師の先生が去ったのを確認してテキストを片し立ち上がる。みぃちゃんに帰りの連絡をしようと思った瞬間、周囲の匂いが強くなった。
若干の目眩と耳鳴り。次いで動悸が襲う。
立ちくらみにも似た、その感覚。
目の前の机に手をついて耐えていると、すぐ近くにいた人が声をかけに来た。
「大丈夫ですか?気分でも、」
「……いえ、大丈夫です」
「でも、」
近い。…近い、。匂いが強くなる。
音に敏感になって雑音が大きくなる。ドクドク心臓の音が欲を掻き立ててくる。
思考の隅で、警報がなる。
─……おかしい。こんなにも急に来るなんて。
あぁ、でも。最近みぃちゃんに触れてなかったな。いつもなら触れた時に欲が相まって血をもらったりするけど、それすらなかった。
理性は強い方だから、ここの人達を襲うなんてことしないけれど。結構、しんどい。
「、みぃちゃん……」
「え?」
「土生ちゃん!」
「!!」
無意識に零れた名前に呼ばれたかのようにみぃちゃんが現れる。
視線を上げた先では、慌ただしく私の方へ走り寄ってきていた。
──どうして、なんで。
そう思ったけれど、口にする間もなくみぃちゃんは私の腕を引き、教室の外へ強引に引っ張り出した。
「…みぃちゃん、なんで」
「いのりちゃんが、土生ちゃんがおかしいって教えてくれたんよ」
「……え?」
「来たら土生ちゃん調子悪そうやったし、見たら眼めっちゃ紅かったから」
「あ、ほんと…?」
眼、赤くなっちゃってたんだ。
最近はみぃちゃんがくれていたから気が緩んでいた。コンタクトもしていないし、紅くなる事に防衛を張らなくなっていた。
枯渇には驚いたけれど、みぃちゃんが引っ張ってきてくれたここは紅い目を隠すために人目がない。 ここなら、吸血行為にもリスクが少ない。
「みぃちゃん、ちょうだい」
「っ、え!?」
「みぃちゃん、?」
「あ、あかん…、ねん」
「え?」
当然のように手を伸ばした。けどそれはみぃちゃんに拒絶されてしまう。みぃちゃんが驚いた顔をしている。
……意味が、分からない。驚くのは私の方だ。
さっきより強い混乱襲ってきて、手が空に浮いたまま止まる。
どういう、こと?
番からの吸血を断るって、どれだけの事か、分かってるの?
いや、そもそも。何を驚いているんだ。吸血鬼にとって必要なことで、今までだって何度もしてきたのに。
「みぃちゃん、どうしたの…?」
「?、っ、分からん。、でも土生ちゃんに血あげられへん」
私から逃げるように後ろに下がる。
戸惑いのせいか、よろめいて。ともすれば転んでしまいそうだった。
「どういうこと?みぃちゃんおかしいよ、何があったの?」
私の問に、みぃちゃんは頭を抱えて『分からない』を繰り返す。
このままにいれば、身体はいつか枯渇する。
きっと、周りを襲わずに我慢することは出来る。けれどその先は、みぃちゃんを喰い尽くすか、私が消える、。
「………、もしかして」
「っ、土生ちゃん!?」
「みぃちゃん、あの子に何言われたの」
「……いのりちゃんのこと、?」
「それとも何かされた? なんでもいい、なにか」
「いのりちゃんが何かするわけないやろ!」
「──……、」
みぃちゃんの感情がぶつけられる。
けど、それは怒りではなくて。戸惑いや不安が強かった。
それは、私に血をあげられないことに対してなのか、井上梨名を疑われたことへの否定なのか、わからなかった。
けど。
みぃちゃんの変化に、疑いが確信になる。
私は、みぃちゃんをそのままに走り出す。倦怠感を背負ったまま井上梨名を探しに体を動かした。
──『あれ?みいさん先輩と帰らなかったんですか?』
「……みぃちゃんに何した」
『……なにも、傷つけることはしてませんよ』
枯渇の苦しみより、みぃちゃんになにかした事の可能性が腹ただしくて机にぶつかるのも無視して走り寄ると彼女の胸ぐらを掴む。
息が切れることがカッコ悪かったけど取り繕えない、それよりもみぃちゃんへの関わりを問い質すのが先だった。
「っ、お前何者なの。みぃちゃんになんの目的で近づいた」
私の問いかけに、彼女は私の手をいとも容易く払って椅子から立ち上がり、机に腰をかける。倦怠感に背を丸める私を、見下ろしてくる。
余裕そうな姿勢、怖いもの知らずな笑顔。微笑みは、私を挑発する。
『血、もらえへんかった?』
「……」
『でもこれで、みいさん先輩傷つかんで済むやろ?』
──それは、私の存在自体が、小池美波を傷つける唯一の存在だということ。
その言葉の意味が脳裏に浮かぶと同時、脳が沸騰する。
瞳孔が開いて、手や足先が冷える。頭がビリビリと痺れ始めて、上手く、息が出来なくなる。
そんな中で、私は。目の前で笑うその人だけに焦点を合わせて、冷えた手で肩口を掴む。
ギリギリと軋むほどの力。無意識に歯を食いしばる。
『うわわ、怖っ。でも結果みいさん先輩は傷ついとらんやないですか。土生先輩に言われた傷つけんのは守っとりますよ。睨まれる筋合いなくないですか』
「──おまえ、!」
『…枯渇しそうなんにそんな興奮して…ほんまに死んでしまいますよ。けどまぁ、そのまま大人しくしとってください。まだこっちの用済んでへんので』
バクバクの感情が高まるのと反対に、体のしんどさが増して体に力が入らなくなる。
軋むほどに掴んでいたはずの手は、服にシワだけを残して外れる。そしてそのまま、体は落ちて膝を着いてしまった。
こっちの用……?
私が弱まることになんの意味がある。
───理佐、?
「もしかして、理佐に、なにを、!?」
『あー、すんません。渡邉理佐にも聞かれたけどウチは知らんねん。土生先輩が余計なことせんように見張っとくのが役目。みいさん先輩はそのために協力頂いとります』
「……っ、!」
『それも枯渇したら関係ないやろね。じゃあここで枯渇されても困るんでみいさん先輩呼んで来ますね。一緒に家まで送るわ……』
殴りつけるくらいしてやりたいのに、みぃちゃんの嬉しそうな笑顔を思い出して躊躇ってしまう。
分かっている。それを狙っているんだ。その弱みに、私は情けなく抑え込まれて最後の最後に手が出せなくなっている。
でも確かに、井上梨名はみぃちゃんを傷つけたわけじゃない。何かしらの働きかけはしたけれど、何も、危険に晒すことなんて、していない。そこは間違いない。
なら、彼女が大切に思うその存在を、ただ私の感情だけで傷つけていいのだろうか。
『うわ!』
「!?」
廊下へ出たはずの彼女の声に顔を上げる。
その先では、井上梨名の目の前にみぃちゃんが立っていた。
井上『みいさん先輩…!?、いま呼びに行こうと…』
美波「……ウチに何してん」
井上『っ!え?、』
土生「──?!」
美波「いのりちゃん、正直に言い。ウチになにしてん。血あげんようさせたってなんや」
井上『ぁー、いや。私は何も』
土生「……??」
焦った声と、みぃちゃんの低い声。あの、甘い声が低く怒りを醸し出す。
みぃちゃんが彼女に敵意を見せている。どういうことなのか理解できない。井上梨名の何らかの力が切れたのだろうか? けれど、本人すら焦っているのは何故だろう。
井上『私が何かするわけないじゃないですかー、みいさん怖いですよ』
美波「…ほんまか?」
井上『……』
美波「本当に何もしてへんって言えるん?」
土生「みぃちゃん…」
美波「いのりちゃん。ウチに何するんもええよ。ウチが勝手にいのりちゃんを信用したんや。けど土生ちゃん苦しめるんなら許さへん」
土生「──………、」
井上『土生先輩にもなにもしてませんよ、』
美波「なら、ウチやな?血あげんようさせたって何?」
井上『……さっきの話は忘れてください。私は…』
土生「!」
美波「質問に答えて。こんな土生ちゃん目の前にして、なんも出来ん自分抱えて、忘れられるわけないやろ」
井上『………っ!?』
関西弁が混じるせいか、みぃちゃんがいつもより荒く見える。
井上『っ、土生先輩に血あげたらダメですって…言いました』
美波「……なに言うてんねん」
井上『っ、ほんまですよ、それだけです。ウチは自分の言った言葉に力を込めることが出来るんです。所謂洗脳ってやつ。強制的に従わせたり、です。だから、私が血を上げちゃだめって言うたから、みいさんは土生先輩に血をあげられへん……っ!?』
美波「……なら、はよ解け」
井上『め、眼!紅い!怖いー!』
美波「逃げんでどうにかせぇや!土生ちゃん死んでまうやろ!」
井上『や、やってそれが目的なんですー!』
美波「ふざけんなや!はよ解けえや!!」
土生「ちょ、みぃちゃん…落ち着いて…」
気づけばみぃちゃんはいのりちゃんの胸ぐらを掴んでいて。身長差のせいか浮かしたりはできないけれど、ガクガクと体を揺らして、いのりちゃんはされるがまま長い首が頭を揺らしている。
真紅に染まっているであろうみぃちゃんの眼に、彼女は異様な程に怯えて
数分の言い合いの後、負けたのはいのりちゃんだった。
「……大丈夫?土生ちゃん」
「…うん、ありがとう」
『うー、血臭い…』
「いのりちゃん、次やったら許さへんからな」
『分かってますよ、みいさん先輩がこんな怖い人やなんて思わんかった…』
「言うたやろ。土生ちゃん苦しめるんは許さへんねん」
『…はぁい』
みぃちゃんの首元を手当して、枯渇から脱する。体も落ち着いて来て、紅い目が消失したのを確認して私は彼女へと向いた。
「─君は、何の目的できたの」
『言うたやないですか、知らんです』
「違うよ。君がこんなことする目的」
『……別に、みんなと一緒にいられたらいいなって思ってるだけです』
「みんな?」
『仲間がいるんですよ。いつお別れになるかは分からへんけど』
仲間……。由依が言っていた『妙な匂い』のする人たちだろうか。
理佐にも関わっていると分かってから、何かが起きているのだと心臓の奥が落ち着かない。
けれど今は、目の前のこの子と向き合わなければならない。また”言葉”で制限されると厄介なのが正直なところだった。
『…私の事拾ってくれて…笑ってくれるんです』
「…」
『こんな”言葉”だけしか取り柄ないけど、一緒にいこうって言ってくれたんです』
少しだけ口角が浮く。みぃちゃんと話していた時と似てる、嬉しそうな顔つきだった。
『だから、私は。私が1人になるまで、仲間と一緒にいたいと思ってて、そのためにみんなの力になりたい』
「……そっか、」
『知ってます?私らって吹き溜まりって呼ばれてるけど、そんなんやないんですよ。みんなちゃんと、生きるために自分で道を選んでますから』
「……なら、うちも」
『え?』
「みぃちゃん?」
「せっかく出来た後輩や。先輩が力貸したる」
「ちょ、みぃちゃん。何言って」
「別に理佐たちの事に協力するわけやない。ただ、もっと違う方法で力になりたい」
『、嘘言わんでください。こんな面倒事…』
「いのりちゃん。ウチ後輩出来て懐かれて嬉しかったんよ」
『……』
「みんなのためやって言うなら、ウチも力貸す。せやから、今回の理佐の件は手を引いて」
『でも、』
「大事な友達やねん。その子も苦しんできた。これ以上、友達苦しめんで」
『……』
───それから。
一連の騒ぎがどう顛末を辿ったのかは、私達も後から知った事だった。
井上梨名の仲間、友人たちとも会った。
みんな、生きるために仕事を請負い、今回はだいぶ危ない位置にいた。
井上梨名を除く全員が平手の元に拘束され、彼女は何故か私達の後輩として未だに大学で顔を合わせている。
「……ねぇ、いのりちゃん。平手のとこに居なくていいの?友達が待ってるでしょ」
『いいんですよー、何度も言ってるじゃないですか。私は土生先輩のところで厄介になる。これ、真祖様からのお達しですよ』
「でもほら、仲間大事だって言ってたじゃん」
『あの子らはあの子らで楽しそうにしてますから。てか、何回この会話するんですか』
「分かってるでしょ」
『えー?わかりませーん。あ、みいさんー!』
「早いなぁ。講義サボってるんとちゃう?」
『サボってなんてないですよー。みいさんの言う通り、ちゃんと勉強してます!みいさんに会いたくてすぐ教室出てますけど』
「あはは、かわええなぁ」
「みぃちゃん騙されちゃダメだよ。終業の5分前にはここ来てたから。座ってた」
『土生先輩はその前に来てましたけどね』
「私は講義なかったんだよ」
『なら私もありませんでした!』
「ならっで何。さっき勉強してたって言ってたじゃん」
「あー!もうええから!そんなことよりお昼!」
お昼で人の集まるラウンジの一角。
騒がしい私たちを、みぃちゃんは一蹴してお昼の号令をかける。
いのりちゃんが口をとがらせながらお昼を買いに行くのを私たちは見送った。
隣に座るみぃちゃんが両肘を着いて顎を乗せる。
ニヤニヤしているのは見なくても分かった。
「土生ちゃんらしくないなぁ」
「………、」
「そんなに心配?ウチが浮気するん」
「………そんなに甘くないよ」
「んふふ。ええよ、土生ちゃんなら吸い尽くされてもええ」
「…そういうこと言ってると本当に襲うからね」
私の言葉なんて全然効いてないみたいに、みぃちゃんは隣で笑って、抑えきれない口角を手で隠す。
そんなみぃちゃんを見て、正直面白くなかったけど
ふっと気が緩んで、私も笑みをこぼす。
戻ってきたいのりちゃんを席において、私はみぃちゃんの手を引きお昼を買いに立ち上がった。
失くしたボールペン、
貸して返された服。
偶然のようでこじつけられた出来事が、モヤを張る。
いつの間にか、彼女はみぃちゃんのすぐ側にいた。
編入してきたと耳にした記憶はないけれど、大学で編入だなんだと余程の有名人じゃなければ大した話題にもならない。
気づいた時には親しげだった。懐く後輩にみぃちゃんはやたら笑顔で。
独占欲という黒い感情が、私を責めたてる。
『…先程はどうも。みいさん先輩の恋人さん』
「!」
視界の横から何かが入る。
覗き込まれるようにして、さっきまでみぃちゃんに見せていた笑顔が目の前に押し出された。
「……土生瑞穂。小池美波の番だよ」
『えー、そんなこと言っていいんですかぁ?』
私の反応がつまらなかったのか、彼女、井上梨名は体を引いて適正な立ち位置に戻る。
笑顔を絶やさない態度に、苛立ちが募る。私は感情を隠さないまま、椅子の背もたれに体を預けた。
「知ってて近づいてるんでしょ、先制だよ。みぃちゃんを危険な目に晒したら許さないから」
『私だって別に、みいさん先輩を傷つける気なんてありませんよ』
「……」
『”安心”してください、土生先輩。私はただの後輩です。土生先輩と同じ、です』
「………、」
一瞬。彼女に気を許しそうになってしまう。
怖いもの知らずなその笑顔は、私に一層深い笑みを向けて目の前から去っていった。
ドクン、と体の奥が鳴る。
苛立ち、焦り、危機感。首元にじっとりとした汗をかく。守ると誓った、ネックレスが煩わしく思うほど体がむず痒い。
自分の感情の理解は出来るのに、何かに邪魔をされてイコールで繋がらない。
──アレは、なんだ、?
「土生ちゃん」
「!!」
「ぁ、ごめん。びっくりした?」
「……みぃちゃん、」
「お待たせ。帰ろ?」
「……うん」
みぃちゃんの首元にネックレスが映る。
私の首元にもあるはず。
大丈夫。君を守ることに、なんのズレもない。
「いのりちゃんがな、大学に人形持ってきててん」
「──……」
みぃちゃんの声に、彼女の声が紡がれる。
そんな些細なことに、苛立つことなんてなかったのに何故かこの時は、胃から何かが吹き出すかと思った。
「そんな大きいんやないけど、普通持ってくるかって……」
「みぃちゃん、」
「うん?」
なんで、昼間にもあのやり取りしたのにその話題を出すの。
「そんなに嫌?いのりちゃんの話聞くの」
「…、」
「ならほかの友達ならええの?」
「………っ、みぃちゃん、あの子は」
「人間やないことが何?うちやってそうやで。土生ちゃんもや」
「分かってる、けど!」
「初めて、後輩が出来て、懐いてくれとるんよ」
「──……」
「……仲良くさせてや」
まだ、君は。
人間の頃の時間軸から離れて間もない。
理佐やねる以外の、所謂ふざけ笑える友人や存在との隔てりに区切りがつかないのなんて当然だ。
自分に懐いてくれる存在が、人間じゃない。それはみぃちゃんにとって救いだったのかもしれない。
「……本当に、気をつけて欲しいんだよ」
「…」
「何かあったなら、守る。それに迷いなんてない。けど、みぃちゃんが歩みだすことを止めないなら、みぃちゃんからの呼び掛けを待つしか出来なくなる」
「うん」
「異変を感じたら、呼んで。それが気のせいでもいい。離れる以上、少しのことでも呼んでくれていいから」
「……過保護やね」
その言葉に、私は肩を落としてしまう。
私の危機感が、伝わらない。でも、私自身何がどう危険で、焦っているのか分からない。
伝えられない。
───みいちゃんを頼りにしてしまった。
今回に限っては、それは間違いだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「──で?なんでそれを私に言いに来たの?」
「なにか知ってるかなって」
「…何かって私情報屋じゃないんだけど。それにそんなの平手に聞いた方が早いでしょ」
「そんな確実な危険でもないのに言いに行けないよ。真祖だよ?」
「……へぇ。あんたでもそんなこと気にするんだ」
「今回に関しては、自分でもよく分からないからさ」
「…今の、一応嫌味だったんだけど」
「え?」
理佐たちと上手く連絡がつかなくて、けど愛佳や真祖に連絡すべきかは悩んでしまった。結果、オオカミとの仲介をする由依なら何かしら情報があるんじゃないかと相談しに来たのだけど
私のいまいちハッキリしない危機感に、由依も疑問を抱えている様子だった。
「妙な子ども、ねぇ」
「…、」
「……、悪いけど期待してるような情報は持ってないよ。特に注意するような案件も来てない」
「そっか、」
「……ただ」
否定の言葉に続いたのは、由依も私と同じでハッキリとは危機を感じない。けれど違和感と妙な危機感。知らない存在が近づく、小さな恐怖を抱えていた。
少しだけ表情を固くして、視線を右へと逸らす。
「こっちにも変なやつらが来てる」
「え?」
「ひかるが会ったから私は直接見てないけど、妙な匂いだったって」
「……」
「……私からも理佐やねるに連絡してみる。こんな立て続けに私たち繋がりで起きるなんてなにかあるのかもしれない。…何かあってからじゃ遅いしね」
「……うん」
──何かあってからじゃ遅い。
由依のその言葉は、特別重く感じられた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
あの日から、大学にいる時間はみいちゃんは井上梨名と共にいる時間が多くなった。
私が嫌な顔をするからか、みぃちゃんから彼女の話が出ることも少なくなった。
家でそれとなく聞いてみても、誤魔化すばかりでなにも答えて貰えない。
こうなったのは私のせいでもある。そう思うと私は踏み込むことが出来なくなっていた。
そのまま数日が経った。大学で講師の先生が去ったのを確認してテキストを片し立ち上がる。みぃちゃんに帰りの連絡をしようと思った瞬間、周囲の匂いが強くなった。
若干の目眩と耳鳴り。次いで動悸が襲う。
立ちくらみにも似た、その感覚。
目の前の机に手をついて耐えていると、すぐ近くにいた人が声をかけに来た。
「大丈夫ですか?気分でも、」
「……いえ、大丈夫です」
「でも、」
近い。…近い、。匂いが強くなる。
音に敏感になって雑音が大きくなる。ドクドク心臓の音が欲を掻き立ててくる。
思考の隅で、警報がなる。
─……おかしい。こんなにも急に来るなんて。
あぁ、でも。最近みぃちゃんに触れてなかったな。いつもなら触れた時に欲が相まって血をもらったりするけど、それすらなかった。
理性は強い方だから、ここの人達を襲うなんてことしないけれど。結構、しんどい。
「、みぃちゃん……」
「え?」
「土生ちゃん!」
「!!」
無意識に零れた名前に呼ばれたかのようにみぃちゃんが現れる。
視線を上げた先では、慌ただしく私の方へ走り寄ってきていた。
──どうして、なんで。
そう思ったけれど、口にする間もなくみぃちゃんは私の腕を引き、教室の外へ強引に引っ張り出した。
「…みぃちゃん、なんで」
「いのりちゃんが、土生ちゃんがおかしいって教えてくれたんよ」
「……え?」
「来たら土生ちゃん調子悪そうやったし、見たら眼めっちゃ紅かったから」
「あ、ほんと…?」
眼、赤くなっちゃってたんだ。
最近はみぃちゃんがくれていたから気が緩んでいた。コンタクトもしていないし、紅くなる事に防衛を張らなくなっていた。
枯渇には驚いたけれど、みぃちゃんが引っ張ってきてくれたここは紅い目を隠すために人目がない。 ここなら、吸血行為にもリスクが少ない。
「みぃちゃん、ちょうだい」
「っ、え!?」
「みぃちゃん、?」
「あ、あかん…、ねん」
「え?」
当然のように手を伸ばした。けどそれはみぃちゃんに拒絶されてしまう。みぃちゃんが驚いた顔をしている。
……意味が、分からない。驚くのは私の方だ。
さっきより強い混乱襲ってきて、手が空に浮いたまま止まる。
どういう、こと?
番からの吸血を断るって、どれだけの事か、分かってるの?
いや、そもそも。何を驚いているんだ。吸血鬼にとって必要なことで、今までだって何度もしてきたのに。
「みぃちゃん、どうしたの…?」
「?、っ、分からん。、でも土生ちゃんに血あげられへん」
私から逃げるように後ろに下がる。
戸惑いのせいか、よろめいて。ともすれば転んでしまいそうだった。
「どういうこと?みぃちゃんおかしいよ、何があったの?」
私の問に、みぃちゃんは頭を抱えて『分からない』を繰り返す。
このままにいれば、身体はいつか枯渇する。
きっと、周りを襲わずに我慢することは出来る。けれどその先は、みぃちゃんを喰い尽くすか、私が消える、。
「………、もしかして」
「っ、土生ちゃん!?」
「みぃちゃん、あの子に何言われたの」
「……いのりちゃんのこと、?」
「それとも何かされた? なんでもいい、なにか」
「いのりちゃんが何かするわけないやろ!」
「──……、」
みぃちゃんの感情がぶつけられる。
けど、それは怒りではなくて。戸惑いや不安が強かった。
それは、私に血をあげられないことに対してなのか、井上梨名を疑われたことへの否定なのか、わからなかった。
けど。
みぃちゃんの変化に、疑いが確信になる。
私は、みぃちゃんをそのままに走り出す。倦怠感を背負ったまま井上梨名を探しに体を動かした。
──『あれ?みいさん先輩と帰らなかったんですか?』
「……みぃちゃんに何した」
『……なにも、傷つけることはしてませんよ』
枯渇の苦しみより、みぃちゃんになにかした事の可能性が腹ただしくて机にぶつかるのも無視して走り寄ると彼女の胸ぐらを掴む。
息が切れることがカッコ悪かったけど取り繕えない、それよりもみぃちゃんへの関わりを問い質すのが先だった。
「っ、お前何者なの。みぃちゃんになんの目的で近づいた」
私の問いかけに、彼女は私の手をいとも容易く払って椅子から立ち上がり、机に腰をかける。倦怠感に背を丸める私を、見下ろしてくる。
余裕そうな姿勢、怖いもの知らずな笑顔。微笑みは、私を挑発する。
『血、もらえへんかった?』
「……」
『でもこれで、みいさん先輩傷つかんで済むやろ?』
──それは、私の存在自体が、小池美波を傷つける唯一の存在だということ。
その言葉の意味が脳裏に浮かぶと同時、脳が沸騰する。
瞳孔が開いて、手や足先が冷える。頭がビリビリと痺れ始めて、上手く、息が出来なくなる。
そんな中で、私は。目の前で笑うその人だけに焦点を合わせて、冷えた手で肩口を掴む。
ギリギリと軋むほどの力。無意識に歯を食いしばる。
『うわわ、怖っ。でも結果みいさん先輩は傷ついとらんやないですか。土生先輩に言われた傷つけんのは守っとりますよ。睨まれる筋合いなくないですか』
「──おまえ、!」
『…枯渇しそうなんにそんな興奮して…ほんまに死んでしまいますよ。けどまぁ、そのまま大人しくしとってください。まだこっちの用済んでへんので』
バクバクの感情が高まるのと反対に、体のしんどさが増して体に力が入らなくなる。
軋むほどに掴んでいたはずの手は、服にシワだけを残して外れる。そしてそのまま、体は落ちて膝を着いてしまった。
こっちの用……?
私が弱まることになんの意味がある。
───理佐、?
「もしかして、理佐に、なにを、!?」
『あー、すんません。渡邉理佐にも聞かれたけどウチは知らんねん。土生先輩が余計なことせんように見張っとくのが役目。みいさん先輩はそのために協力頂いとります』
「……っ、!」
『それも枯渇したら関係ないやろね。じゃあここで枯渇されても困るんでみいさん先輩呼んで来ますね。一緒に家まで送るわ……』
殴りつけるくらいしてやりたいのに、みぃちゃんの嬉しそうな笑顔を思い出して躊躇ってしまう。
分かっている。それを狙っているんだ。その弱みに、私は情けなく抑え込まれて最後の最後に手が出せなくなっている。
でも確かに、井上梨名はみぃちゃんを傷つけたわけじゃない。何かしらの働きかけはしたけれど、何も、危険に晒すことなんて、していない。そこは間違いない。
なら、彼女が大切に思うその存在を、ただ私の感情だけで傷つけていいのだろうか。
『うわ!』
「!?」
廊下へ出たはずの彼女の声に顔を上げる。
その先では、井上梨名の目の前にみぃちゃんが立っていた。
井上『みいさん先輩…!?、いま呼びに行こうと…』
美波「……ウチに何してん」
井上『っ!え?、』
土生「──?!」
美波「いのりちゃん、正直に言い。ウチになにしてん。血あげんようさせたってなんや」
井上『ぁー、いや。私は何も』
土生「……??」
焦った声と、みぃちゃんの低い声。あの、甘い声が低く怒りを醸し出す。
みぃちゃんが彼女に敵意を見せている。どういうことなのか理解できない。井上梨名の何らかの力が切れたのだろうか? けれど、本人すら焦っているのは何故だろう。
井上『私が何かするわけないじゃないですかー、みいさん怖いですよ』
美波「…ほんまか?」
井上『……』
美波「本当に何もしてへんって言えるん?」
土生「みぃちゃん…」
美波「いのりちゃん。ウチに何するんもええよ。ウチが勝手にいのりちゃんを信用したんや。けど土生ちゃん苦しめるんなら許さへん」
土生「──………、」
井上『土生先輩にもなにもしてませんよ、』
美波「なら、ウチやな?血あげんようさせたって何?」
井上『……さっきの話は忘れてください。私は…』
土生「!」
美波「質問に答えて。こんな土生ちゃん目の前にして、なんも出来ん自分抱えて、忘れられるわけないやろ」
井上『………っ!?』
関西弁が混じるせいか、みぃちゃんがいつもより荒く見える。
井上『っ、土生先輩に血あげたらダメですって…言いました』
美波「……なに言うてんねん」
井上『っ、ほんまですよ、それだけです。ウチは自分の言った言葉に力を込めることが出来るんです。所謂洗脳ってやつ。強制的に従わせたり、です。だから、私が血を上げちゃだめって言うたから、みいさんは土生先輩に血をあげられへん……っ!?』
美波「……なら、はよ解け」
井上『め、眼!紅い!怖いー!』
美波「逃げんでどうにかせぇや!土生ちゃん死んでまうやろ!」
井上『や、やってそれが目的なんですー!』
美波「ふざけんなや!はよ解けえや!!」
土生「ちょ、みぃちゃん…落ち着いて…」
気づけばみぃちゃんはいのりちゃんの胸ぐらを掴んでいて。身長差のせいか浮かしたりはできないけれど、ガクガクと体を揺らして、いのりちゃんはされるがまま長い首が頭を揺らしている。
真紅に染まっているであろうみぃちゃんの眼に、彼女は異様な程に怯えて
数分の言い合いの後、負けたのはいのりちゃんだった。
「……大丈夫?土生ちゃん」
「…うん、ありがとう」
『うー、血臭い…』
「いのりちゃん、次やったら許さへんからな」
『分かってますよ、みいさん先輩がこんな怖い人やなんて思わんかった…』
「言うたやろ。土生ちゃん苦しめるんは許さへんねん」
『…はぁい』
みぃちゃんの首元を手当して、枯渇から脱する。体も落ち着いて来て、紅い目が消失したのを確認して私は彼女へと向いた。
「─君は、何の目的できたの」
『言うたやないですか、知らんです』
「違うよ。君がこんなことする目的」
『……別に、みんなと一緒にいられたらいいなって思ってるだけです』
「みんな?」
『仲間がいるんですよ。いつお別れになるかは分からへんけど』
仲間……。由依が言っていた『妙な匂い』のする人たちだろうか。
理佐にも関わっていると分かってから、何かが起きているのだと心臓の奥が落ち着かない。
けれど今は、目の前のこの子と向き合わなければならない。また”言葉”で制限されると厄介なのが正直なところだった。
『…私の事拾ってくれて…笑ってくれるんです』
「…」
『こんな”言葉”だけしか取り柄ないけど、一緒にいこうって言ってくれたんです』
少しだけ口角が浮く。みぃちゃんと話していた時と似てる、嬉しそうな顔つきだった。
『だから、私は。私が1人になるまで、仲間と一緒にいたいと思ってて、そのためにみんなの力になりたい』
「……そっか、」
『知ってます?私らって吹き溜まりって呼ばれてるけど、そんなんやないんですよ。みんなちゃんと、生きるために自分で道を選んでますから』
「……なら、うちも」
『え?』
「みぃちゃん?」
「せっかく出来た後輩や。先輩が力貸したる」
「ちょ、みぃちゃん。何言って」
「別に理佐たちの事に協力するわけやない。ただ、もっと違う方法で力になりたい」
『、嘘言わんでください。こんな面倒事…』
「いのりちゃん。ウチ後輩出来て懐かれて嬉しかったんよ」
『……』
「みんなのためやって言うなら、ウチも力貸す。せやから、今回の理佐の件は手を引いて」
『でも、』
「大事な友達やねん。その子も苦しんできた。これ以上、友達苦しめんで」
『……』
───それから。
一連の騒ぎがどう顛末を辿ったのかは、私達も後から知った事だった。
井上梨名の仲間、友人たちとも会った。
みんな、生きるために仕事を請負い、今回はだいぶ危ない位置にいた。
井上梨名を除く全員が平手の元に拘束され、彼女は何故か私達の後輩として未だに大学で顔を合わせている。
「……ねぇ、いのりちゃん。平手のとこに居なくていいの?友達が待ってるでしょ」
『いいんですよー、何度も言ってるじゃないですか。私は土生先輩のところで厄介になる。これ、真祖様からのお達しですよ』
「でもほら、仲間大事だって言ってたじゃん」
『あの子らはあの子らで楽しそうにしてますから。てか、何回この会話するんですか』
「分かってるでしょ」
『えー?わかりませーん。あ、みいさんー!』
「早いなぁ。講義サボってるんとちゃう?」
『サボってなんてないですよー。みいさんの言う通り、ちゃんと勉強してます!みいさんに会いたくてすぐ教室出てますけど』
「あはは、かわええなぁ」
「みぃちゃん騙されちゃダメだよ。終業の5分前にはここ来てたから。座ってた」
『土生先輩はその前に来てましたけどね』
「私は講義なかったんだよ」
『なら私もありませんでした!』
「ならっで何。さっき勉強してたって言ってたじゃん」
「あー!もうええから!そんなことよりお昼!」
お昼で人の集まるラウンジの一角。
騒がしい私たちを、みぃちゃんは一蹴してお昼の号令をかける。
いのりちゃんが口をとがらせながらお昼を買いに行くのを私たちは見送った。
隣に座るみぃちゃんが両肘を着いて顎を乗せる。
ニヤニヤしているのは見なくても分かった。
「土生ちゃんらしくないなぁ」
「………、」
「そんなに心配?ウチが浮気するん」
「………そんなに甘くないよ」
「んふふ。ええよ、土生ちゃんなら吸い尽くされてもええ」
「…そういうこと言ってると本当に襲うからね」
私の言葉なんて全然効いてないみたいに、みぃちゃんは隣で笑って、抑えきれない口角を手で隠す。
そんなみぃちゃんを見て、正直面白くなかったけど
ふっと気が緩んで、私も笑みをこぼす。
戻ってきたいのりちゃんを席において、私はみぃちゃんの手を引きお昼を買いに立ち上がった。