An-Regret.
当たり前かもしれないけれど
100年経って、世界は大きく変わっていた。
世間も、世論も。ねるが平然と使いこなす機器だって、私はまだ手に余る。
けど、それより。
松田「ねるさん、愛佳さんが怒るんですよー。パワハラですよ!ブラックです!!」
愛佳「はー?あんなのでピーピー騒いでたら外でやってけないからな!まじで!私がどれだけ優しくしてやってると──」
松田「うわー!テンプレ!そうやってこっちに非を押し付ける!知ってます?そういうのパワハラって言うんです!」
愛佳「はぁ!?」
ねる「ふたりとも喧嘩せんで!愛佳口悪か!まつりちゃんも愛佳の言うことは半分聞けばいいけん」
松田「はーい」
愛佳「それ本人の前で言っちゃいけないでしょ」
保乃「ねるさ〜ん、聞いてください。いつまで経っても仕事終わらなくて減らないんです。愛佳さんどんだけ仕事してんねん!1割ってどないやねん!って思っとったら、平手さんがちょこちょこ増やしとったんですよー!平手さん鬼やないですか!?はっ!妖怪かもしれん!そういうのいましたよね!?」
ねる「保乃ちゃん、ねるたち吸血鬼ばい」
保乃「やっぱ鬼かー!」
平手「………」
保乃「はっ!!??」
平手「今度、小林の家行こうか」
保乃「えっ!?」
平手「保乃の仕事態度、話してあげるよ」
保乃「っ、鬼ぃーー!」
武元「ねるさん、夏鈴と天が戻ってきました。顔みてあげてください」
ねる「ありがとう。唯衣ちゃんは大丈夫?ちゃんと休むとよ」
武元「あはは。ちょっと頑張っちゃいました。でも、2人の方が頑張ってますから」
なんてことは無い、会話。内容。
けど、あの子たちはねるを見つけるとすぐ話しかけに来て、絡んで、笑う。
ねるはそれに、表情穏やかに対応するんだ。
「……」
「?理佐、どうしたと?」
「……ねる、寮母さんみたいだね」
「りっちゃんが寝とる間に色々あったばい」
「ふぅん」
「………夏鈴ちゃんと天ちゃんにも会う?」
「、うん」
『みんな、ちゃん付けで呼ぶんだ』なんて、モヤ付きを自覚しながらねるに手を引かれる。
………痩せたな。後ろ姿からそんなことを思う。元々肩のラインは出ていたけれど、それでも前よりも痩せた。当たり前だけど知り合った頃よりも全然大人っぽくなった。
ラインの出る、綺麗な女性だ。
けれど笑い方も声も変わらない。私の知っているねるがいる。
………抱きしめたいな、。
そう思って手を伸ばしかけた時、記憶とは違う、けれども聞き覚えのある声がした。
「あ、…」
ねる「天ちゃん、今会いに行こうと思ってたんよ。お疲れ様、身体大丈夫?」
天「はい、治してもらったので」
ねる「治るのは傷だけやけん、しっかり休まんといけんよ」
天「……はい」
理佐「……」
記憶より、柔らかく幼い。緊張を孕んでいるのはきっと私のせいだ。私がいなければきっと、この子も笑ってねると話していた。
天「あの…理佐さん、」
理佐「……身体、大丈夫なの?」
天「、…はい。大丈夫です、」
理佐「………」
会話が、途切れる。この子の抱える罪悪感が分かるから、言葉が出ない。
あの時、この子はきっと絶望の中にいた。そしてそこに突き落としたのは私だった。
ねるは怒るだろうけど、私は天から向けられた怒りを受け入れられてしまう。
それが理不尽だ勝手だと言うのを否定することは出来ないけど、天を否定なんてできるわけが無い。彼女が罪悪感を抱える必要なんてないと思う。
彼女は彼女なりに自分を守って生きてきたんだ。その盾を奪ったのは、私だ。
私はそんな彼女に、なんて声をかけられるんだろうか。
「天ちゃん、理佐のこと強い人やって言っとったよ。ふふ、全然違うのにね」
ねるがにやにやしながら私を見る。途切れた会話を繋げてくれたのはありがたかったけれど、何だか情けないところを晒される気がして、ムッとしてしまう。
理佐「……ちょっと、」
ねる「りっちゃんへたれやけん、泣き虫やし。ネガティブ〜なことばっかり考えよるんよ」
理佐「今言わなくていいじゃん」
天「……そうなんですか」
理佐「え?、、まぁ、否定は出来ないけど」
ねる「肯定しか出来んやろ」
理佐「……」
天「私は、理佐さんの強いところしか知らないです。ねるさんのために、自分を捨てて…命まで。あの時私は自分を守るために酷いことをしてしまったけど、羨ましかったのかもしれません」
ねる「天ちゃん」
羨ましい。
それは、そこまでの存在が傍らにいること?
それとも、そういう行為を自ら選んだこと?
どちらだとしても目の前にいるこの子に、羨望のまま肯定させてしまうのは間違っている気がする。私はいつだって、後悔しかしてこなかった。
理佐「、私は、弱いよ。本当に強かったらその人のために戦うし、その人のためになんて大義で自分を投げたりしない」
天「……」
ねる「……」
理佐「信じられないと思うけど、天にもきっと大切な人ができる。その時はその人を歩かせるためじゃなくて、一緒に歩いて行ける方法を探して。その人を大切に思うくらい、自分も大事にしてあげなきゃいけないんだと、思うよ…」
天と私は違う。
けれど、自分は1人で、大切な誰かなんて得られないと思っている。だからこそ、その存在に全てをかけてしまえる心理が分かる。
全てを賭ける、それだけは。きっと同じ形。だって、私の行為を強さだと認めている。
私がした行為が是だと思っている、。
彼女は、私と同じ道を辿ろうとしてる。
ねる「……じゃあ、理佐はこれから何かあったら命を投げたりせん?」
ねるの、悲しげな瞳が私を刺す。
今までねるのために、ねるにとっての最善を考えてきた。ねるが苦しまないように、悲しまないように、。
傷つくことが、ないように。
けど、その後には絶対後悔しかなくて。ねるに怒られて、謝って。もうしないって約束をするのに、結局同じことを繰り返した。
『ねるのため』を手放したことなんてないのに。
それが何故かなんて何度も気づいていた。けど、いざ天秤に掛けると答えは同じに傾いてしまう。
「………うん」
「返事が遅か」
「ごめん」
ねるを怒らせたり悲しませないために必要だったのは
天秤の傾きや、重さじゃない。どうやって価値を並べるかでもない。
「私とねるは、番だもんね」
「──……」
「一緒にいなきゃだめだったんだ」
「……」
どちらか、じゃない。
ふたりで。
何を捨てるかじゃなくて
何を守るか。
きっとねるは、ねるの命でも、番でもなく
ふたりで、一緒にいられる。
その選択を、一緒に考えたかったはずなんだ。
「100年で、やっと分かったと?」
「……うん」
「……なにしてるんですか、天が困ってますよ」
「!夏鈴ちゃん」
「……、!」
あれ、?
その声に疑問が浮かぶけれど、その前にその黒い瞳に捕まった。
「……どうせそんな約束守れんのやろ」
「!」
「ねるさんのこと狙うやつが来たら、また投げ打つんやろ」
「……、」
「結局繰り返しや。こういう人はそういう風に脳が決まってんねん」
「夏鈴、やめなよ。どうしたの」
「………」
「………あなたが、」
この声。方言。
低い、単調な口調。
…………
「ねるが危ないって教えてくれたの、あなただったんだ」
「──、!」
「その声覚えてるよ。あの時の声がなかったら這い上がれなかった」
「……っ、うるさい。そんな話してへん!」
「……あんたみたいな人知っとる。誰かのためやって口だけで、結局自己満足や。相手のことなんて何も考えてへん」
「……」
彼女がが口にしたことは最もだった。だからこそ、こうなった。今隣にいられるのは、私の力なんて関係ない。周囲の助けと運が良かったとしか言えない。
彼女にだって、助けられた。
ねる「…夏鈴ちゃんも辛い思いしてきたんね」
夏鈴「………」
ねる「いくら約束しても破る。一緒にいてくれる事なんて、選択肢にあるんかわからん。りっちゃんはすぐ自分を投げてしまう」
夏鈴「……なんも変わらん」
ねる「うん。それが当然やって思っとるけん、変わらん」
ねるは夏鈴ちゃんに言っているようで、けれどもそれは私に語りかけているのだと分かる。
目が覚めてから結局、あの時の選択について話すことを無意識に避けてしまっていた。
ねるの答えを聞くのが、怖かったとも思う。
ねる「夏鈴ちゃんは理佐のことよく分かっとるね」
夏鈴「またこの人を信じていいんですか」
この時ばかりは夏鈴の目はねるに向いていて、ただただ心配しているようだった。
ねる「うん。また同じこと繰り返すかもしれんけど、でもねるはいつまでもりっちゃんを信じるしかなくて、下手なことをしたら殴るしかなか。きっとこれからもそうやってちょっとずつ進まんといけん」
夏鈴「……」
理佐「………、」
天「…」
………殴る、?
ねるの言葉に少し寒気が走ったけれど、ねるはその子に笑うと私の手を引いた。
ふたりが廊下の中遠くなっていく。…藤吉夏鈴。彼女の知る誰かなのか、彼女自身なのか。私に似た誰かを、彼女は酷く嫌っている。
けれど、どこか理解しているんだ。
その思考の根底も、不変さも、張り付いた根さえも。
彼女とも、天とも
これから少しづつでも話せていけたらいいと思った。