家庭教師×生徒



難しい問題を解いて、先生に応用を聞いてみた。
先生は途中まで説明すると、手を止める。
難しい顔をして、けれどそれより進むことは無かった。


「……先生、お願いしましたよね」

「……ぁー、。でもさ」

「ねる、です。」

「……、ねる、」


無事、名前を呼んでもらうのを勝ち取る。
無理やりだったけど、それでも。先生の声で、自分の名前が呼ばれただけで胸がムズムズするほどに嬉しくなった。
気まずそうな先生の顔もどこか可愛く見えるほどで、ねるはきっと、にやにやしていたと思う。

そしてまた、それより難しい問題を解いた。


「先生。」

「……長濱さん、「ねるです」
   ………ねる。私は仕事で来てるからこういうのは」

「頑張って勉強してるのに」

「………アカウントでいい?」


視線を落として弱々しげに言えば、先生は少し困ったように取引に応じてくれる。 ていうか、別に連絡先くらいよかやろ。大真面目生真面目っていうほどの人でもないのに。ねると繋がりたくない、とか?でも、嫌な顔もしないで来てくれるし。ねるとの会話に笑ってくれる。頑張ってるねって褒めてくれる。
でも、、、それって。家庭教師だからだって言われたなら、ねるには否定する術はなか。


先生のアカウントは、今でも時々更新されて
友人さんと楽しそうに笑う姿を見れた。
その姿やプライベートが知れることに浮かれていたのは数日で
すぐに羨ましさに嫉妬してしまう。


そして、目指す大学には似つかわしくない模擬テストを猛勉強して解いて、。
アカウントを教えてもらった数ヶ月後だった。



「………なにこれ?」


先生には最早意味がわからなかったみたいだった。


「某有名大学の模擬です。評価はBでしたけど、合格圏内です」

「……え?そこ受けるの?」

「受ける大学は変わってません」

「…そう、?」


そんなことになったら先生変わっちゃうじゃん。週一回だけの家庭教師は、残りはもう数えるくらいしかないのに。

これだけ怒涛のアプローチにもあざとい行為にも、先生は全然手を出してくれない。
当然といえば当然だし、それが正常ではあるけど、私の気持ちにすら気づかなくて。未だに彼氏がいると思っている。。。

愛佳から聞いた事実は衝撃だったけれど、それを否定する機会もなく、無理にそんな話をすればそれこそ意味がわからないと、無駄に見栄が張ってくる。

好きですって言うのは簡単。
彼氏なんていないですって知らせるのも簡単。
ねるは、先生に恋してて、その為に家庭教師で指名して、アプローチして、『何だこの子』って思われるような取引をして貴女を引き寄せようとしている。

そんな、ねるの背景も狙いも伝えるのなんて簡単。

でも、だから。
きっと、ごめんねって言うのも簡単で。
ねるにはもっといい人がいるよって言うのも簡単。
先生は家庭教師だから、そういう風に生徒を扱わないし、ねるはこれから受験だから今を大事にした方がいいとか、それこそテキストよろしく、テンプレートを並べられて、ねるはこの恋に終止符を打たなきゃならなくなる。


そんなのは、受け入れられない。



「……先生、覚えてますか」

「ん?」

「難しい問題を解いたら、名前で呼んで欲しい。その後は連絡先教えて欲しい。その後は」

「……」

「休みの日をねるに、ください」

「覚えてるよ」

「っじゃあ!」


先生の言葉に、心が跳ねる。
そんなねるに先生は微笑んでくれて、ねるは単純にそれに胸が締め付けられる。

けど。


「いいよ。もうすぐねるとこうやって会えるのも終わりだしね」

「───」

「来週でいい? 行きたいところがあれば──」


跳ねた心が、冷たい水を被ったみたいに冷える。
先生の口にした”終わり”が、急に先生との別れを形作る。分かっていたはずなのに。だからねるは、遅くまで勉強して、自分に合わない問題を解いて、、、。なのに、ねるの気持ちは。
伝わらないままに、終わるの?


「──ねる?」

「先生、」

「うん?」

「…その日は、」


──先生と生徒としてじゃなく会ってください──

そんな、取引とも呼べないお願い事は、声にはならなかった。


「ねるも理佐って呼びますね」

「……え、と。それは──」

「外で先生なんて、聞かれたら変に思われるったい。よかと?」

「………」

「ねるにくれるんですよね?」

「………うん」


言い訳は準備してあげる。
あなたは、わがままな生徒に振り回されているだけで。ねるも先生も傷つかない方法は、目の前に出されたものしか思いつかなかった。

ただ、それだけのこと。



だから、



「じゃあ、ここで」



だから。



「はい。約束ですよ」




終わりなんて、言わないで。



























愛佳「はいはーい。定例報告の時間ですよー集まってー」

理佐「………お昼と同時にやること?それ」

由依「お待たせ。なに、理佐はまた”ねるちゃん”に思いぐずらせてんの?いい加減にしなよ」

理佐「待ってない。座ると同時に言うのやめてくれる?まだ何も言ってないじゃん」

由依「へえ?じゃあ進展した?」

愛佳「するわけないじゃん、鈍感りっちゃんが」

理佐「鈍感って何。自覚くらいしてるって」

愛佳・由依「「…………」」

理佐「……怖いんだけど」

愛佳「……ぽんさんや、明後日ねるちゃんとりっちゃんはデートするらしいですよ」

由依「なんで知ってんの。てか次そう呼んだら潰すからね」

愛佳「潰すって何!?」

理佐「…また長濱さんと連絡取ってるの」

愛佳「ん?そりゃ友達だからね」

理佐「………」

由依「そんなヤキモチ妬くならアカウントなんかじゃなくて連絡先渡せばよかったじゃん」

理佐「先生と生徒がそんなのしないでしょ」

由依「今どき珍しくないと思うけどね。私も選択課題の担当と連絡取ってるよ。理佐は意識しすぎ」

愛佳「りっちゃんはボーダー引くのに必死なんだよねー。でも心の底では、DM来ないなぁとか残念に思ってそう」

由依「あぁ、なるほどね」

愛佳「あんな知らない人には警戒心バリバリの子に懐かれて強請られて、よく耐えてるとは思う」

由依「耐えてんじゃないでしょ」

愛佳「ポンさんや、それを言っちゃあ!!!」

由依「……潰すっつったよな?」

愛佳「…………」

理佐「ねぇ好き勝手言い過ぎなんだけど……」

由依「で?どこいくの?」

理佐「えっと、ここ。なんか人気のお店が入ったらしくて行きたいんだって」

由依「あぁ、聞いたことある。いいじゃん。で?理佐は何してあげるの?」

理佐「え?」

由依「もうすぐ家庭教師も終わりでしょ?そんな頑張ってるんだから何かやってあげなよ。それくらい、普通でしょ」

理佐「……変じゃないかな」

由依「変ってなに。お礼も兼ねてやってあげたらいいよ。理佐だってねるちゃんのこと頑張ってるって思ってるでしょ」

理佐「うん、」

由依「決まり。なにしよっか」

愛佳「ちょっと!りっちゃんの親友は私だからね!」

由依「はいはい」

理佐「……」





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