An-Regret.
───ねる、
幻覚だと思った。
目を開けて、その瞳に私を映し
口が根を作りあげ、その声が私の名前を紡ぐ。
彼女にしか出せない音で、
彼女にしか表せない柔らかさで、
もう忘れてしまっていた、貴女の声が鼓膜を揺らす。
「……ねる、顔見せて」
「………、………」
理佐の声に、ねるはしがみついたまま離す事をしない。
これは、本当は幻覚で、夢で。
ふと気づいたらまた理佐は目を閉じて呼吸を止めている。そんなことすら頭に浮かんでしまう。
目覚めることを望んでいたのに、その局面に来て何故か恐怖が先立ってしまう。
目の前に現れた希望は、本物だろうか。
本当に、受け入れていいものなのだろうか。
これが偽物だったなら、私は心を壊してしまいそうだ。
何度も、何度も。理佐を失うことばかり、耐えられない───
「──ねる」
「っ、……、」
「痩せたね…」
「───っ!」
理佐の手が、私を撫でる。
そして、耳から顎へと手を回してきて、ゆっくりと私の顔を上に向ける。
「きれいになった。ちょっと寂しいけど…」
「っ、り、さ…!」
もっと、言うことあるったい。
あの時のこと、ねるは許してない。
勝手に決めて。勝手に完結して。ねるを置いて、死を選んだ。
ねるのために、生きることを選んでくれなかった。
理佐は、ねるをいらないって、選んだーー。
「っ!理佐の、ばか!なんでっ、ねる置いていったと!」
「……」
涙でぐしゃぐしゃになる。
みっともない声を出して、声量がコントロールできない。
何度も、考えていた。
理佐が起きたら言いたいこと。伝えたいこと。
たくさんあったのに、それのひとつも脳裏に上がってこない。
「……ごめん、」
「っ、ごめんやなか!」
「………うん」
「うんってなんよ!もっと言うことあるったい!」
理不尽だな、と振り返ると思う。
でも、感情が溢れすぎて自分でも訳が分からない。
嬉しいはずなのに、苦しくて。
理佐にしがみついて離れられない。
「……ねる」
「、なんで、なん、で!…ねる、理佐に…!」
「私の事、待っててくれてありがとう…」
「───……、っ!!」
頬を撫で、溢れる涙を理佐の指が追う。
それでも、ぼろぼろと零れる涙は理佐の指先を濡らす。
理佐の言葉は。
理佐の最後の言葉は。
───『待たなくていいよ、』
理佐自身が死を望んだ、あの時。その言葉は、もう戻らないからだと思った。
もう目覚めることは無いから、待たなくていいのだと。
けど、理佐はもっと、面倒臭い人だったんだ。
目覚めるまでのその期間、自分に縛られる必要は無いのだと。 その先を他の人歩んでいいと。
私を、解放したかったのだ。
─……そんな表面上の繕いに気づくのに、時間を要してしまうほどにあの時の私は崩れていたらしい。
「理佐のっしたかこと!分からんわけなかっ!ねるは、っ理佐しかおらんばい!」
……本当に、捨てるならば。解放したいと望んだのなら、そんなことは言わない。
待った先で、事があるから、彼女はその言葉を。
あの場で、口にしたんだと今なら分かる。
「ありがとう、ねる」
真っ直ぐに言えない貴女から、
陰湿な空気が抜ける。
それは、桜が咲いた、春の訪れなのか
自分の意思で、他者の望みで、朽ちなかったその強さなのか。
それとも、
「──ただいま」
足枷に繋がれた、その選択に
間違いはなかったと後悔を捨てたからなのか、ねるには分からなかった。
「……おかえり、なさい、理佐」
ねるがぐしゃぐしゃに泣きじゃくって言葉も発せなくなったころ、てっちゃんと愛佳が部屋に入ってきた。
愛佳はわんわん泣き始めて、お腹からしがみつくねるにぶつかりながら理佐へと抱きついてきて苦しかったことを覚えている。
そして、てちは1人で立ちながら自分で涙を拭っていて理佐はねるを撫でていた手を離すとそのままてっちゃんの手を握りしめた。
理佐の罰は、死という終焉を持って終わりを迎え
3人は何に隔たれることの無い世界を取り戻した。
◇◇◇◇◇◇
理佐「桜祭り、今年はもう終わっちゃったんだね」
ねる「りっちゃんの体力なさすぎやけん仕方なか」
理佐「まさか立てないなんて思わなかった」
理佐が目覚めて、落ちた体力が戻って歩けるようになった頃、ねるたちは2人であの夜桜を見に歩いていた。
あの後、理佐が目覚めたことはすぐみんなに知れ渡り、てっちゃんの家に偶然遣いで来ていた尾関にも耳に届いたらしかった。
そして、理佐が目覚められたのは、あまりに異例だと口にする。
てっちゃんの行為は確かに意味のある事だった。
それでも、処罰がくつがえることは無い。
天ちゃんによる外傷や枯渇に起因する死から蘇ることは少なくはない事例がある。けれど真祖が手を下した以上、それは処罰であり、決定事項なのだそう。
尾関にとってねるはやはり、真祖との番契約を断った重罪人でしかなくて。わざわざそれをねるに口して言ったあたり恨まれているのだろうと感じさせられた。
でも、ねるにはそれは大した話ではなくて。理佐が目覚めてくれて、てっちゃんに会える状況に落ち着いたのは幸運だったと思ってしまう。
けれど何故か、尾関が歯切れ悪く何かを探るようにしてその話を終えた印象だけは、心に虫食いの様に残っていた。
「理佐」
「ん?」
「死んじゃう前に、ねるの血飲んだの、わざと?」
「………、なんで?」
「………」
理佐の落ち着いた声が、1拍置いて発せられる。その一息に理佐は何を思ったのだろうか。
理佐は分かっていたのだろうか。
目覚めることも。そのための方法も。
それは、、理佐の存在自体に何か意味があるということなのだろうか。
"不良品"だと云われる、その理由…。
…探りたいわけじゃない。疑いたいわけじゃない。なのに、虫食いがざわざわと騒ぎ立てる。100年という月日は、渡邉理佐という存在に疑問を持つには十分だった。
「私はね、ねる」
「、」
理佐の足音が、止まる。
視線を向ければ、理佐は夜空を見上げていた。
半歩後ろを歩いていたねるには、その表情は読み取れない。
「…番の相手とは別の人との間に産まれたんだ」
「……え?」
「番契約を無視して、血を交えて。番契約は絶対じゃないっていうその証となる存在をわざわざ産んだの」
理佐の言葉は、"その存在"を疎んでいるようだった。
自分が信じたい事実は、嘘だと示される。自分自身の存在がその証明となってしまう。
「両親は満足だったと思うよ。愛を証明したんだ。…それでもそんなのは自己満足でしかない。結局、両親は本来の番相手へと引き戻されて、私を愛と称して引き取った母も、私がいるせいで父と会えないと分かると、持て余した」
──人間で言う、浮気や不倫と一緒だよ。
それを、理佐はどういう思いで口にしてきたのだろうか。
「平手家が引き取ってくれたのは、番契約を無視した証になる私を、その人たちから引き離し隠すためだよ」
「……、」
「もちろん、平手や愛佳はそれとは関係なく接してくれているのは分かってる。処分されずに済んだのは……平手や、この能力のおかげかもね」
一区切りだとでも言うように、理佐はねるへと視線を戻す。
泣いているかと思ったけれど、理佐は少しだけ微笑んでいて、泣いているよりもむしろねるの心は締め付けられた。
「私がねるに話していないのは、そのくらい」
今まであれだけ疑ってきたその根底も、理佐の自己否定も、すべて。理佐の言葉が型どった。
それは、ねるが踏み込んでいいのか悩んでしまうことだったけれど、渡された思いと言葉を受け止めることしかねるには出来なかった。
「いい機会かなと思ったの、話すなら、ここが良かったから」
理佐がねるの手を引く。
理佐の意思で繋がれたそれに、ねるは泣きたくなった。
この、握られた手に込められた想いを、ねるはいつか知ることができるだろうか。
「…ねるに、また会いたいって思った」
「…。」
「私の事、嫌いでもいいなんて嘘だもん」
「…うん、」
きっと、そんなことで死を免れていたらこの世は吸血鬼だらけになる。
なんの後悔もなくもう十分だと満足した終焉はいつなら迎えられるのだろう。
誰かをパートナーとしたなら、互いが不要となるまで悔いは残る気がする。
でも理佐はきっとまた生きることを選ばない。ねるのためだと口にして、易々と手を離す。
なら、ねるは。どうしたらいい?
……そんなものに、答えはない。理佐の定義は変えられない。
ただ、どうか。
その先についた、その時に。後悔を纏わずに、前を向いていられたらいい。
あなたとの繋ぐものが、足枷でも重りでも構わないから。
「ねる、桜」
「……やっと見れたばい、」
100年経った桜の木は、その幹を太くし枝を大きく分ける。
お祭りは既に期間を終えていたけれど、離れにひっそりと立っていたその存在は、いつの間にか桜が散るまでライトアップがされるようになっていた。
蕾でしか見ることのなかったその桜は、やはり周りの桜と咲く時期をずらす。
それでも、淡く、柔らかい光に照らされて
桜は花びらの縁を示していて
理佐と見るその桜は
暗い闇夜に、優しく、ピンクと白を持ち込んでいた。
「──ねる、」
少しだけ低い、柔らかな声。
理佐だけが生み出すことの出来る音。
世界中の誰に言葉を発せられても、貴女ほど私の心を満たす人はいない。
貴女ほど、私の心を抉る人はいない。
心を枯らすことも、ない。
そして、死を選ぶほどに後悔に落とすこともない。
「───これからも、一緒にいて」
桜が咲き、夜空に舞う。
ライトアップに照らされて、その白さを際立たせ
真新しい足枷が、私達を繋いでいた。
幻覚だと思った。
目を開けて、その瞳に私を映し
口が根を作りあげ、その声が私の名前を紡ぐ。
彼女にしか出せない音で、
彼女にしか表せない柔らかさで、
もう忘れてしまっていた、貴女の声が鼓膜を揺らす。
「……ねる、顔見せて」
「………、………」
理佐の声に、ねるはしがみついたまま離す事をしない。
これは、本当は幻覚で、夢で。
ふと気づいたらまた理佐は目を閉じて呼吸を止めている。そんなことすら頭に浮かんでしまう。
目覚めることを望んでいたのに、その局面に来て何故か恐怖が先立ってしまう。
目の前に現れた希望は、本物だろうか。
本当に、受け入れていいものなのだろうか。
これが偽物だったなら、私は心を壊してしまいそうだ。
何度も、何度も。理佐を失うことばかり、耐えられない───
「──ねる」
「っ、……、」
「痩せたね…」
「───っ!」
理佐の手が、私を撫でる。
そして、耳から顎へと手を回してきて、ゆっくりと私の顔を上に向ける。
「きれいになった。ちょっと寂しいけど…」
「っ、り、さ…!」
もっと、言うことあるったい。
あの時のこと、ねるは許してない。
勝手に決めて。勝手に完結して。ねるを置いて、死を選んだ。
ねるのために、生きることを選んでくれなかった。
理佐は、ねるをいらないって、選んだーー。
「っ!理佐の、ばか!なんでっ、ねる置いていったと!」
「……」
涙でぐしゃぐしゃになる。
みっともない声を出して、声量がコントロールできない。
何度も、考えていた。
理佐が起きたら言いたいこと。伝えたいこと。
たくさんあったのに、それのひとつも脳裏に上がってこない。
「……ごめん、」
「っ、ごめんやなか!」
「………うん」
「うんってなんよ!もっと言うことあるったい!」
理不尽だな、と振り返ると思う。
でも、感情が溢れすぎて自分でも訳が分からない。
嬉しいはずなのに、苦しくて。
理佐にしがみついて離れられない。
「……ねる」
「、なんで、なん、で!…ねる、理佐に…!」
「私の事、待っててくれてありがとう…」
「───……、っ!!」
頬を撫で、溢れる涙を理佐の指が追う。
それでも、ぼろぼろと零れる涙は理佐の指先を濡らす。
理佐の言葉は。
理佐の最後の言葉は。
───『待たなくていいよ、』
理佐自身が死を望んだ、あの時。その言葉は、もう戻らないからだと思った。
もう目覚めることは無いから、待たなくていいのだと。
けど、理佐はもっと、面倒臭い人だったんだ。
目覚めるまでのその期間、自分に縛られる必要は無いのだと。 その先を他の人歩んでいいと。
私を、解放したかったのだ。
─……そんな表面上の繕いに気づくのに、時間を要してしまうほどにあの時の私は崩れていたらしい。
「理佐のっしたかこと!分からんわけなかっ!ねるは、っ理佐しかおらんばい!」
……本当に、捨てるならば。解放したいと望んだのなら、そんなことは言わない。
待った先で、事があるから、彼女はその言葉を。
あの場で、口にしたんだと今なら分かる。
「ありがとう、ねる」
真っ直ぐに言えない貴女から、
陰湿な空気が抜ける。
それは、桜が咲いた、春の訪れなのか
自分の意思で、他者の望みで、朽ちなかったその強さなのか。
それとも、
「──ただいま」
足枷に繋がれた、その選択に
間違いはなかったと後悔を捨てたからなのか、ねるには分からなかった。
「……おかえり、なさい、理佐」
ねるがぐしゃぐしゃに泣きじゃくって言葉も発せなくなったころ、てっちゃんと愛佳が部屋に入ってきた。
愛佳はわんわん泣き始めて、お腹からしがみつくねるにぶつかりながら理佐へと抱きついてきて苦しかったことを覚えている。
そして、てちは1人で立ちながら自分で涙を拭っていて理佐はねるを撫でていた手を離すとそのままてっちゃんの手を握りしめた。
理佐の罰は、死という終焉を持って終わりを迎え
3人は何に隔たれることの無い世界を取り戻した。
◇◇◇◇◇◇
理佐「桜祭り、今年はもう終わっちゃったんだね」
ねる「りっちゃんの体力なさすぎやけん仕方なか」
理佐「まさか立てないなんて思わなかった」
理佐が目覚めて、落ちた体力が戻って歩けるようになった頃、ねるたちは2人であの夜桜を見に歩いていた。
あの後、理佐が目覚めたことはすぐみんなに知れ渡り、てっちゃんの家に偶然遣いで来ていた尾関にも耳に届いたらしかった。
そして、理佐が目覚められたのは、あまりに異例だと口にする。
てっちゃんの行為は確かに意味のある事だった。
それでも、処罰がくつがえることは無い。
天ちゃんによる外傷や枯渇に起因する死から蘇ることは少なくはない事例がある。けれど真祖が手を下した以上、それは処罰であり、決定事項なのだそう。
尾関にとってねるはやはり、真祖との番契約を断った重罪人でしかなくて。わざわざそれをねるに口して言ったあたり恨まれているのだろうと感じさせられた。
でも、ねるにはそれは大した話ではなくて。理佐が目覚めてくれて、てっちゃんに会える状況に落ち着いたのは幸運だったと思ってしまう。
けれど何故か、尾関が歯切れ悪く何かを探るようにしてその話を終えた印象だけは、心に虫食いの様に残っていた。
「理佐」
「ん?」
「死んじゃう前に、ねるの血飲んだの、わざと?」
「………、なんで?」
「………」
理佐の落ち着いた声が、1拍置いて発せられる。その一息に理佐は何を思ったのだろうか。
理佐は分かっていたのだろうか。
目覚めることも。そのための方法も。
それは、、理佐の存在自体に何か意味があるということなのだろうか。
"不良品"だと云われる、その理由…。
…探りたいわけじゃない。疑いたいわけじゃない。なのに、虫食いがざわざわと騒ぎ立てる。100年という月日は、渡邉理佐という存在に疑問を持つには十分だった。
「私はね、ねる」
「、」
理佐の足音が、止まる。
視線を向ければ、理佐は夜空を見上げていた。
半歩後ろを歩いていたねるには、その表情は読み取れない。
「…番の相手とは別の人との間に産まれたんだ」
「……え?」
「番契約を無視して、血を交えて。番契約は絶対じゃないっていうその証となる存在をわざわざ産んだの」
理佐の言葉は、"その存在"を疎んでいるようだった。
自分が信じたい事実は、嘘だと示される。自分自身の存在がその証明となってしまう。
「両親は満足だったと思うよ。愛を証明したんだ。…それでもそんなのは自己満足でしかない。結局、両親は本来の番相手へと引き戻されて、私を愛と称して引き取った母も、私がいるせいで父と会えないと分かると、持て余した」
──人間で言う、浮気や不倫と一緒だよ。
それを、理佐はどういう思いで口にしてきたのだろうか。
「平手家が引き取ってくれたのは、番契約を無視した証になる私を、その人たちから引き離し隠すためだよ」
「……、」
「もちろん、平手や愛佳はそれとは関係なく接してくれているのは分かってる。処分されずに済んだのは……平手や、この能力のおかげかもね」
一区切りだとでも言うように、理佐はねるへと視線を戻す。
泣いているかと思ったけれど、理佐は少しだけ微笑んでいて、泣いているよりもむしろねるの心は締め付けられた。
「私がねるに話していないのは、そのくらい」
今まであれだけ疑ってきたその根底も、理佐の自己否定も、すべて。理佐の言葉が型どった。
それは、ねるが踏み込んでいいのか悩んでしまうことだったけれど、渡された思いと言葉を受け止めることしかねるには出来なかった。
「いい機会かなと思ったの、話すなら、ここが良かったから」
理佐がねるの手を引く。
理佐の意思で繋がれたそれに、ねるは泣きたくなった。
この、握られた手に込められた想いを、ねるはいつか知ることができるだろうか。
「…ねるに、また会いたいって思った」
「…。」
「私の事、嫌いでもいいなんて嘘だもん」
「…うん、」
きっと、そんなことで死を免れていたらこの世は吸血鬼だらけになる。
なんの後悔もなくもう十分だと満足した終焉はいつなら迎えられるのだろう。
誰かをパートナーとしたなら、互いが不要となるまで悔いは残る気がする。
でも理佐はきっとまた生きることを選ばない。ねるのためだと口にして、易々と手を離す。
なら、ねるは。どうしたらいい?
……そんなものに、答えはない。理佐の定義は変えられない。
ただ、どうか。
その先についた、その時に。後悔を纏わずに、前を向いていられたらいい。
あなたとの繋ぐものが、足枷でも重りでも構わないから。
「ねる、桜」
「……やっと見れたばい、」
100年経った桜の木は、その幹を太くし枝を大きく分ける。
お祭りは既に期間を終えていたけれど、離れにひっそりと立っていたその存在は、いつの間にか桜が散るまでライトアップがされるようになっていた。
蕾でしか見ることのなかったその桜は、やはり周りの桜と咲く時期をずらす。
それでも、淡く、柔らかい光に照らされて
桜は花びらの縁を示していて
理佐と見るその桜は
暗い闇夜に、優しく、ピンクと白を持ち込んでいた。
「──ねる、」
少しだけ低い、柔らかな声。
理佐だけが生み出すことの出来る音。
世界中の誰に言葉を発せられても、貴女ほど私の心を満たす人はいない。
貴女ほど、私の心を抉る人はいない。
心を枯らすことも、ない。
そして、死を選ぶほどに後悔に落とすこともない。
「───これからも、一緒にいて」
桜が咲き、夜空に舞う。
ライトアップに照らされて、その白さを際立たせ
真新しい足枷が、私達を繋いでいた。