An-Regret.
愛佳に案内されててちの部屋に入る。
何回も訪れていたその部屋は何も変わることがなく、いつも構えて立つ机にてっちゃんはいた。
「てち、」
「おかえり。帰ってきてくれて良かった…」
静かにドアが閉まる。
閉鎖された部屋は、どこか異世界の様で邪魔されないこの空間をてちは好んでいるのだといつか思った記憶がある。
「……由依さんのところで何してきたか、知っとるんやろ」
「……、」
「ねぇ、てっちゃん、真祖なら、この命を消すこと出来るばい」
ねるの言葉に、てちは悲しげに瞳を曇らせたけれど、そんなのは一瞬でゆっくりと立ち上がり、ねるに近づく。
前髪に隠れていた瞳は、真っ直ぐにねるを見つめていた。
「…できるよ」
「、なら」
「でもしない。」
「!」
強い言葉に分厚い壁をぶつけられた様な感覚だった。
もう目の前にあるはずの理佐がいる世界を、目の前に立つてっちゃんが塞いでいるようで
場違いな怒りが、溢れ出てしまう。
「なんでっ!ねる、もう辛か!りっちゃんがいない、ねるのせいで死んだん耐えれん!」
「……ねるのせいじゃない、」
「みんな、知っとるばい!吸血鬼は贖罪で生き返ったりする…そういう話しやってある!」
「…ねる、」
「ねるが、あの時、理佐だけって言わんかったら…、理佐は生き返ったかもしれん!」
「……」
──私とこれからも、番でいてくれる?
──これからも、一緒にいてほしい。
───ねるは、理佐しかおらん。
あの、満たされたような笑顔の先に、別れがあるなんて知らなかった。
自然と口から出てしまった、馬鹿正直な言葉が呪いのように張り付いて離れない。
「っ、ねるが言わんかったら…!ここにおった!」
不安に揺れる、独りが嫌なくせに独りを選ぶ貴女のための言葉なんて、口にしなければよかった。
そうしたら、貴女は悲しみに揺れ、ここに生きていたかもしれない。
「ねる、が!ねるが、おらんなら、!りっちゃん生きとったばい…!」
もっと言うなら。
自分がいなければ。山﨑天が言っていた通り、理佐を不幸に落として、独りにすることもなかったはずだ。
全てが自分の思うことと反対に進んでいく。
理佐を想ったことが理佐を不幸にして、ねるは理佐のためになにかすることが1度だって出来ただろうか。
何を悔やんだところで、何が変わる訳でもない。後悔を口にして、泣き叫んだところで、普遍的な日々が流れていくだけだ。
それでも、そんなこと分かっていたけれど、
動き出した感情は、止められなかった。
「違う」
「ちがくなか!」
「違う!!ねるのせいじゃない!」
てちの珍しく大きくなった声は広い部屋に綺麗に響く。
ねるはそれに、てちの溢れた感情に、思いを寄せるべきだったのに
崩れた感情はどろどろと汚く流れ出てってしまう。
「……なら、ねるは、、どうしたらよかった、?」
「……、」
「ねるは、どうしたらよかと…?」
責めるように選択を託してしまうことが、てっちゃんを傷つけていると分かっているのに止めることが出来ない。
溢れる思考も、消え去った理性も自制も、何を取り繕うことを許さない。
選択肢のない選択は嫌いだ。
いつか、理佐がそうだったようにねるにとってもこの状況は死を望むほどに心を打ちのめしてしまう。
「………ねる、」
てっちゃんの乾いた声がする。
涙でぐずぐずに崩れたねるとは正反対だった。
「……、。今から言うことは……ねるを縛りつけてしまうかもしれない。でも、ねるがその命を捨てるっていうなら…他の道が選べないんなら、縛り付けてでもねるには生きてもらう」
「!」
そのセリフが、理佐に被る。
どんなに死を望んでも、理佐は。ねるに縛り付けてでも生きてもらうと言っていた。
けれどそれは。もし、理佐がいなくなった世界でどうなっていくのだろうか。
その答えは、由依さんもてちも、ねるの選択を認めなかったことで明らかだった。
例え、理佐がいない世界であっても
ねるが望んだ死は、手に入ることがない。
「……理佐、?」
あの日、愛佳に抱えられた後、ねるは理佐を目にすることがなかった。冷たい床に倒れたその姿が、綺麗に残る理佐の最後だった。
正しく言うならば、記憶はそこで途絶えている。意識があったとは思う。けれど、あの姿の後をねるは知らなかった。
とうに消えてしまったと思っていた。
なのに、平手に案内された先で
理佐はあの時のまま、横たわっていた。
目を開けてくれるのではないかと馬鹿みたいな妄想をしてしまうほど、綺麗だった。
「……それは、骸だよ。理佐はここにはいない」
「どういう、こと?」
「……前に、この家で尾関が愛佳とねるとやり取りしていた時のこと覚えてる?」
尾関が持論を展開し、それが全てだとでも言うようなそれに、愛佳はその手を振り下ろした。
尾関は真祖を出せと迫っていた記憶もある。
「愛佳には手を出しちゃダメだって言っておいたから殴りつけちゃった時はちょっと呆れたりしてたんだけど、でもスッキリしたりしてたんだよね」
あの後、平手が現れた。
愛佳と平手がなにか会話していた気もするけれど、ねるの記憶にその内容は残っていない。
なぜ平手があの場にいなかったのかすら、考える余裕はなく、それでも現れた時の安心感は強かった気がする。
平手は横たわる理佐に近づくとその手に触れ、悲しげに、小さく、言葉を繋げた。
「……あの場に居られなかったのは、理佐への処罰をいくらかでも軽くするために手段を尽くしてたからなんだ」
「…!」
自分が動かなかったせいで、理佐とねるは別れを強いられてしまった。だから小さい可能性でも範囲を狭めずに行動をしようと思った。自分の出来ることを決めたことで失い悲しむことが、これ以上起きないように。
平手は小さな子供のように、触れた指先を小さく握る。
縋るようなその仕草は、パートナーとは違うけれど、家族を愛でるような愛にも見えた。
「でも、存在を示すことを禁じたそれ自体を無くすことは出来なかった…」
苦しげに言葉を切り、触れていた手は理佐から離れて握りしめられる。
あの時、結局、何もできることはなかったのだと思った。それでも、それならば。せめて真祖として役割を全うし、強く立つしかないと思った。
それは、流れや成り行きではない。自分が選んだからこそ前を見続けるしかないと思った。
その先は、大事な人の死があるとしてもせめてその人の願いだけは叶えたかったというエゴの成り立ちだと分かっていた。
けれど。
「……吸血鬼の死と、人間の死は異なる。人間はその身が残り、火葬されて墓が立てられる。けど、吸血鬼の死はその存在自体が塵と化し消えるはずなんだ」
「…なら!」
「……ねる。理佐が死んだことに、変わりはないよ。それは事実だ。罰は罪人である理佐下されて、死は理佐を取り込んだ」
「……っ、」
「私のあの時の悪あがきがどう転じたか分からない。処罰がどれだけ緩和され、理佐への死がどこまで侵食したかも分からない」
あの時、尽くした何かが。
もしかしたらその一つ一つが重なった結果かもしれない。
けれど、それは可能性の話であってこの先に何かが約束できる訳では無い。
「それでも、骸は残り、その身体は朽ちずにここに在る……」
「……」
「いつか目覚めるかもしれない。けど同時に、いつか身体は枯れ始めて、その身は空に消えるかもしれない。私にもどうなるのか分からない」
「……、」
「その結末が、どれだけ先に訪れるのかすら、分からないんだ」
楽観的観測も、希望を据えることも、難し事じゃない。
けれどそれが、救いになるとは限らない。
希望を持った先で、今より酷く重い絶望が待ってるかもしれない。
きっと、ねるはそのすべてを理解している。
「……ねる、」
「……ありがとう、てっちゃん」
──なのに、君は、涙を止めて笑うんだ。
「ねるは?」
「理佐のところにいるよ、今はそばに居たいって」
「そっか。そりゃそうだよな」
どんなに悲しみに暮れても、絶望しても、ねるからアンクレットが外されることは無かった。
理佐が憑いてるかのように。
理佐に引きずり込まれることを望むかのように。
足枷は、ねるを生へと縛り付けてくれる。
けれど、その足枷は、理佐が目覚めるまで後悔としてねるを戒め続ける。
それでも、1%もない可能性でもねるの決断はこうなると全員が分かっていた。
だからこそ、こうなるまでねるに伝えることを躊躇ってしまっていた。
「……、」
「平手の行為がどれだけ効果があったのかなんて知れないよ。それでも今、理佐は留まってる。これがあの時の最大限だった」
理佐を留まらせているのは長濱ねるという存在に他ならない。それは誰もが思っている。
それでも、踏みとどまることが出来ている、その事実は、出来ることをやれる範疇でやるという思考を捨て平手が戦ったからこそ生じ得たことだった。
「平手は話を迷ってた。それを切り出させたのは私だよ」
「……じゃあ、共犯だね」
「大丈夫、犯罪にはならないから」
「え?」
「理佐は起きるよ。平手だって言ってたろ、理佐はねるを置いて死んだりしないって」
「……、」
「ビビりか」
「…まだ、怖いんだよ。だから、共犯でいてよ」
「分かったよ」
何回も訪れていたその部屋は何も変わることがなく、いつも構えて立つ机にてっちゃんはいた。
「てち、」
「おかえり。帰ってきてくれて良かった…」
静かにドアが閉まる。
閉鎖された部屋は、どこか異世界の様で邪魔されないこの空間をてちは好んでいるのだといつか思った記憶がある。
「……由依さんのところで何してきたか、知っとるんやろ」
「……、」
「ねぇ、てっちゃん、真祖なら、この命を消すこと出来るばい」
ねるの言葉に、てちは悲しげに瞳を曇らせたけれど、そんなのは一瞬でゆっくりと立ち上がり、ねるに近づく。
前髪に隠れていた瞳は、真っ直ぐにねるを見つめていた。
「…できるよ」
「、なら」
「でもしない。」
「!」
強い言葉に分厚い壁をぶつけられた様な感覚だった。
もう目の前にあるはずの理佐がいる世界を、目の前に立つてっちゃんが塞いでいるようで
場違いな怒りが、溢れ出てしまう。
「なんでっ!ねる、もう辛か!りっちゃんがいない、ねるのせいで死んだん耐えれん!」
「……ねるのせいじゃない、」
「みんな、知っとるばい!吸血鬼は贖罪で生き返ったりする…そういう話しやってある!」
「…ねる、」
「ねるが、あの時、理佐だけって言わんかったら…、理佐は生き返ったかもしれん!」
「……」
──私とこれからも、番でいてくれる?
──これからも、一緒にいてほしい。
───ねるは、理佐しかおらん。
あの、満たされたような笑顔の先に、別れがあるなんて知らなかった。
自然と口から出てしまった、馬鹿正直な言葉が呪いのように張り付いて離れない。
「っ、ねるが言わんかったら…!ここにおった!」
不安に揺れる、独りが嫌なくせに独りを選ぶ貴女のための言葉なんて、口にしなければよかった。
そうしたら、貴女は悲しみに揺れ、ここに生きていたかもしれない。
「ねる、が!ねるが、おらんなら、!りっちゃん生きとったばい…!」
もっと言うなら。
自分がいなければ。山﨑天が言っていた通り、理佐を不幸に落として、独りにすることもなかったはずだ。
全てが自分の思うことと反対に進んでいく。
理佐を想ったことが理佐を不幸にして、ねるは理佐のためになにかすることが1度だって出来ただろうか。
何を悔やんだところで、何が変わる訳でもない。後悔を口にして、泣き叫んだところで、普遍的な日々が流れていくだけだ。
それでも、そんなこと分かっていたけれど、
動き出した感情は、止められなかった。
「違う」
「ちがくなか!」
「違う!!ねるのせいじゃない!」
てちの珍しく大きくなった声は広い部屋に綺麗に響く。
ねるはそれに、てちの溢れた感情に、思いを寄せるべきだったのに
崩れた感情はどろどろと汚く流れ出てってしまう。
「……なら、ねるは、、どうしたらよかった、?」
「……、」
「ねるは、どうしたらよかと…?」
責めるように選択を託してしまうことが、てっちゃんを傷つけていると分かっているのに止めることが出来ない。
溢れる思考も、消え去った理性も自制も、何を取り繕うことを許さない。
選択肢のない選択は嫌いだ。
いつか、理佐がそうだったようにねるにとってもこの状況は死を望むほどに心を打ちのめしてしまう。
「………ねる、」
てっちゃんの乾いた声がする。
涙でぐずぐずに崩れたねるとは正反対だった。
「……、。今から言うことは……ねるを縛りつけてしまうかもしれない。でも、ねるがその命を捨てるっていうなら…他の道が選べないんなら、縛り付けてでもねるには生きてもらう」
「!」
そのセリフが、理佐に被る。
どんなに死を望んでも、理佐は。ねるに縛り付けてでも生きてもらうと言っていた。
けれどそれは。もし、理佐がいなくなった世界でどうなっていくのだろうか。
その答えは、由依さんもてちも、ねるの選択を認めなかったことで明らかだった。
例え、理佐がいない世界であっても
ねるが望んだ死は、手に入ることがない。
「……理佐、?」
あの日、愛佳に抱えられた後、ねるは理佐を目にすることがなかった。冷たい床に倒れたその姿が、綺麗に残る理佐の最後だった。
正しく言うならば、記憶はそこで途絶えている。意識があったとは思う。けれど、あの姿の後をねるは知らなかった。
とうに消えてしまったと思っていた。
なのに、平手に案内された先で
理佐はあの時のまま、横たわっていた。
目を開けてくれるのではないかと馬鹿みたいな妄想をしてしまうほど、綺麗だった。
「……それは、骸だよ。理佐はここにはいない」
「どういう、こと?」
「……前に、この家で尾関が愛佳とねるとやり取りしていた時のこと覚えてる?」
尾関が持論を展開し、それが全てだとでも言うようなそれに、愛佳はその手を振り下ろした。
尾関は真祖を出せと迫っていた記憶もある。
「愛佳には手を出しちゃダメだって言っておいたから殴りつけちゃった時はちょっと呆れたりしてたんだけど、でもスッキリしたりしてたんだよね」
あの後、平手が現れた。
愛佳と平手がなにか会話していた気もするけれど、ねるの記憶にその内容は残っていない。
なぜ平手があの場にいなかったのかすら、考える余裕はなく、それでも現れた時の安心感は強かった気がする。
平手は横たわる理佐に近づくとその手に触れ、悲しげに、小さく、言葉を繋げた。
「……あの場に居られなかったのは、理佐への処罰をいくらかでも軽くするために手段を尽くしてたからなんだ」
「…!」
自分が動かなかったせいで、理佐とねるは別れを強いられてしまった。だから小さい可能性でも範囲を狭めずに行動をしようと思った。自分の出来ることを決めたことで失い悲しむことが、これ以上起きないように。
平手は小さな子供のように、触れた指先を小さく握る。
縋るようなその仕草は、パートナーとは違うけれど、家族を愛でるような愛にも見えた。
「でも、存在を示すことを禁じたそれ自体を無くすことは出来なかった…」
苦しげに言葉を切り、触れていた手は理佐から離れて握りしめられる。
あの時、結局、何もできることはなかったのだと思った。それでも、それならば。せめて真祖として役割を全うし、強く立つしかないと思った。
それは、流れや成り行きではない。自分が選んだからこそ前を見続けるしかないと思った。
その先は、大事な人の死があるとしてもせめてその人の願いだけは叶えたかったというエゴの成り立ちだと分かっていた。
けれど。
「……吸血鬼の死と、人間の死は異なる。人間はその身が残り、火葬されて墓が立てられる。けど、吸血鬼の死はその存在自体が塵と化し消えるはずなんだ」
「…なら!」
「……ねる。理佐が死んだことに、変わりはないよ。それは事実だ。罰は罪人である理佐下されて、死は理佐を取り込んだ」
「……っ、」
「私のあの時の悪あがきがどう転じたか分からない。処罰がどれだけ緩和され、理佐への死がどこまで侵食したかも分からない」
あの時、尽くした何かが。
もしかしたらその一つ一つが重なった結果かもしれない。
けれど、それは可能性の話であってこの先に何かが約束できる訳では無い。
「それでも、骸は残り、その身体は朽ちずにここに在る……」
「……」
「いつか目覚めるかもしれない。けど同時に、いつか身体は枯れ始めて、その身は空に消えるかもしれない。私にもどうなるのか分からない」
「……、」
「その結末が、どれだけ先に訪れるのかすら、分からないんだ」
楽観的観測も、希望を据えることも、難し事じゃない。
けれどそれが、救いになるとは限らない。
希望を持った先で、今より酷く重い絶望が待ってるかもしれない。
きっと、ねるはそのすべてを理解している。
「……ねる、」
「……ありがとう、てっちゃん」
──なのに、君は、涙を止めて笑うんだ。
「ねるは?」
「理佐のところにいるよ、今はそばに居たいって」
「そっか。そりゃそうだよな」
どんなに悲しみに暮れても、絶望しても、ねるからアンクレットが外されることは無かった。
理佐が憑いてるかのように。
理佐に引きずり込まれることを望むかのように。
足枷は、ねるを生へと縛り付けてくれる。
けれど、その足枷は、理佐が目覚めるまで後悔としてねるを戒め続ける。
それでも、1%もない可能性でもねるの決断はこうなると全員が分かっていた。
だからこそ、こうなるまでねるに伝えることを躊躇ってしまっていた。
「……、」
「平手の行為がどれだけ効果があったのかなんて知れないよ。それでも今、理佐は留まってる。これがあの時の最大限だった」
理佐を留まらせているのは長濱ねるという存在に他ならない。それは誰もが思っている。
それでも、踏みとどまることが出来ている、その事実は、出来ることをやれる範疇でやるという思考を捨て平手が戦ったからこそ生じ得たことだった。
「平手は話を迷ってた。それを切り出させたのは私だよ」
「……じゃあ、共犯だね」
「大丈夫、犯罪にはならないから」
「え?」
「理佐は起きるよ。平手だって言ってたろ、理佐はねるを置いて死んだりしないって」
「……、」
「ビビりか」
「…まだ、怖いんだよ。だから、共犯でいてよ」
「分かったよ」