An-Regret.


どろどろに溶けて無くなりそうな感覚の中、もがいていた。

それは、私には考えられないことで酷く違和感だった。なのに、もがくことを止められない。それはなんの目的もないただ生きるための本能とは違う。

私は、何か心残りと言うには生易しい程の贖罪に死ぬわけにはいかないともがいていた。

それはあれほどに繋いだアンクレットを取り返したかったのかもしれないし
ねるへの裏切りに対してのものだったかもしれない。
ねるに、アンクレットと共に私の死が伝わってしまうことが辛かったのかもしれない。

ただただ、ねるに会いたかったのかもしれない。


それでも、目が覚めて、ねるがいて。
私は酷く満たされたんだ。


だから、愛佳がいて由依がいて、山﨑天と対峙している平手を見つけて
この先に待つ顛末を、なんとなく、分かったけれど、落ち着いたまま受け入れられたように思う。

私のすべては、ねるなんだと、そう思ったから
だから、この先も一緒にいてほしいなんて大それた願いが口にできたのかもしれない。





ねる「……死んで、もらうっ、て、、なに、?」

由依「……!」

愛佳「いつかの罰があったろ、それを破ったから」

ねる「そんなん言っとるんやなか!」

平手「……」

ねる「てち、嘘ばい?そんなことせんよね、!?」

平手「……ごめん、」

理佐「平手が謝ることじゃない、」

ねる「っ、理佐はなんでそんな落ち着いとるの?、死んじゃうんよ?」

理佐「……それで、天が望む”ひとり”にもなる。この騒ぎは終わりを迎えられる。ねるだって」

ねる「だから!なんでこの人の望み叶えんといけんと?」

理佐「……この子がしたことは、許されないことかもしれない。それでもこの子がどれだけ寂しかったか、わかる気もするんだよ、それが少しでも救いになってねるが無事になるんなら」

ねる「理佐!!」

理佐「!」


スラスラ出てくる、私が受け入れるべき理由をねるが声を荒らげて止める。
ねるは怒っていたけれどどこか悲しげだった。


ねる「っ、なんで、なんで、いっつも、そうなっちゃうと、?」

理佐「え?」

ねる「理佐、、理佐のこと見てよ」

理佐「……」

ねる「理佐が死ななきゃいけん理由なんてなか。理佐はただ、身勝手な思いに巻き込まれただけばい。それに、理佐が犠牲にならなきゃいけんことあるわけなか、!」

理佐「……、」

ねる「理佐がおらんくなったら、ねるがひとりぼっちになるって分かっとるの?」

理佐「、」

ねる「この人に従って犠牲になって、理佐はねるを守れて満足かもしれんけどねるはひとりぼっちになるったい」

理佐「…ねるは、ひとりになんてならないよ。平手だっている、愛佳だって…」

ねる「本気でそんな話しとると思っとるの?」

理佐「──…」

ねる「逃げんで。ねるのこと見て。理佐のこと考えて」

理佐「……ねる、」

ねる「死なんでよ、、理佐ぁ、っ」

理佐「………っ、」


私は。死にたいわけじゃない。
ねると共にいて、ねるに隣で笑って欲しいとも思う。
それがねるの言う、自分を見ろってことだとは思う。

けれどそれは、何も無い日常の話であって、
今はきっと日常ではないから、だとするなら
私は、私ができることを、ねるを守れる手段を行うべきだ。


その思考が間違っているとは思わない。
それでも、ねるの悲痛とも言える声に胸が締め付けられて言葉が出なかった。


平手「ねる、例え山﨑天の要求を飲まなかったとしても、この先のことは避けられないんだ」


そこに、平手の声がして
私は感謝とともにそれを言わせてしまうことに体が重くなるように感じた。


ねる「っ、」

愛佳「平手、」

ねる「なんで、、」

平手「それは、私が真祖だから」


「真祖だから、今、ねるを守れた。山﨑天にも対峙して負かすことができる。これからのことだって、勝手なことを許すつもりはない」

「ただ、だからこそ、理佐だけを特別には扱えない」


平手の言葉に強さとは違う、何か固い意思が込められている。
この間まで、平手は『出来ることをできる範疇でこなす』姿勢だった。

真祖という重すぎる肩書きと立ち位置、周りからの視線、思惑。
平手のその姿勢は、自分を守るための心の線引きだったはずだ。

私は、今回の件で平手にその線引きまで奪ってしまったのだと分かる。
だとするなら、尚更。私は平手の決めたその道へ、迷うことなく進もう。


ねる「っ、真祖なんていらん!てちは理佐が死んでいいと?」

平手「……この決定を覆す気はないんだ」

愛佳「ねる、」

ねる「愛佳やって、理佐のこと大事にしてきたばい!それでいいと!?」

愛佳「……いいわけないだろ。それは平手だって同じだよ」

ねる「なら!」

平手「…ねる、これが最大限なんだ」

ねる「、」


やり取りに愛佳が視線を下へと背ける。それは、この世界を知る存在でさえ逃れられない選択だと言っていた。

平手の真っ直ぐな目に、ねるが言葉を詰まらせる。私は当事者のはずなのに、それを他人事のように見ていた。


天「真祖の番候補の収奪に対して、あまりに甘い罰だった」

ねる「!」

天「それに対して、違反も甚だしいほどの存在を示し、今ですら目の前に立って会話すらしている。それに対しての死なんて、どこまでも甘い、。」

ねる「っーー!」

愛佳「ねる!」


天の言葉にねるは感情あらわに近づこうとして、それを愛佳が止める。
愛佳が止めなければきっと、ねるは天に手を振りあげていただろうな、と予想づいた。


小林「黙れよ」

天「!」


そして、すぐ。由依の低い声がした。


小林「口を開くな。声を出すな。このやり取りに入ってくるんじゃねえ」

天「……っ」

理佐「由依、落ち着いて」

小林「……理佐はもっと、取り乱しなよ。なにぼけっとしてんの。あんたの大事なヤツが泣いてるんだよ?」

理佐「……ねるがさ、」

小林「は?」

理佐「ずっと一緒にいてくれるって約束してくれたんだ」

ねる「──、」

理佐「アンクレットは壊れちゃったし、血にまみれて汚れちゃった」

「もっとちゃんと守りたかったし、こんな泣かすつもりもなかったんだけど」


後悔ばかりで、これで良かったなんて思える節はない。
いつも、私の選択は間違いで、その度に後悔して謝って。
ねるに約束をするのに、何かあれば脆く破り捨ててしまう。

最良だと思う選択に、自分がいない。

それは、きっとおかしなことだと思う。

人は、本能的に自分の防衛線を張る。
それは、自己愛とか、自己中心的だとかそういう論点じゃなくて、生きる上での、防衛線だ。
 
これ以上はダメだと、どこかで張られる規制。
そんなもの、自分にもあると思っていた。でも、今、私のその規制はねるにある。
ねるが、そこを怒っているのも分かっているけど、その優先順位は変えようのない本能みたいなものだと思う。


「……それだけでいいって思っちゃったんだよね」


私の言葉に、ねるが悲痛に歪む。

ごめん、。
この言葉に君が泣くとわかっているのに、なぜか、なんの制御もできないほどに気持ちが溢れていってしまうんだ。


「っ、なら、ねるは!理佐なんて知らん!」

「……うん、」

「理佐がねるを置いてくなら、ねるやって理佐とおれん!」

「うん、」

「っ、理佐なんて嫌い!!」

「……、そっか」


いつだったか、ねるの涙に心を満たされたことがある。ねるのその心を占めているんだと嬉しかった。

歪んでる。
拗らせている。

それでも、君がいてくれるから私は。


「好きだよ、ねる」

「っ」

「ねるが、私のことを嫌いでも…例え、この先、ねるが私じゃない誰かと歩んでゆくとしても、私は」


私がいなくなった未来に、縛り付けたくはない。
けれど、この先も番でいてくれると約束してくれた。
だから、その気持ちが今ここにあるだけでいいんだ。



「……やだ!」

「……、」

「なら、ねるもいく!」

「、ねるダメだよ」

「知らん!理佐の言うことなんて聞かん!理佐やってねるがなんて言ったって変わらんったい!」

「…だめ、」

「っ!やだ!」

「…ねる、それだけはやめて。お願い」

「っ、なら!なら!!理佐やって止めてよっ、なんでねるばっかり我慢せんといけんと!」


───理佐の顔が動揺を見せる。やっと、理佐がいた気さえした。これが子供の駄々だと分かってる。
こんなことをしても、理佐が困るだけだと分かってる。

それでも、もう限界だった。
ずっと、ずっと、。
理佐を追い続けて。腕を伸ばし続けて。
それが理佐の不幸だったと言われて。

ねるが、理佐と歩くことを決めて。それが今
理佐の死に繋がってしまうなんて、耐えられるわけが無い。

理佐が、過去のせいで自分を守るための行動が取れないのに、
ねるは、理佐を守ることが出来ない。

生き長らえるはずの命が、終わる。
ねるの、せいで。


「ねる、」

「触らんで!」


その優しさが、温もりが。
終わりを迎える準備の気がする。

受け入れてしまったら、理佐は消えてしまう気がする。


「……ねる、おいで」

「っ、」


お願いだから、そんなに優しく呼ばないで。
いつもと変わらない、温もりを与えないで。

最後だと分かってしまう。

あなたとの、別れがすぐそこまで来てるって、
逃げられないのだと。


「……好きだよ」


酷く近い。耳元に、大好きな理佐の音がする。
気づけば、ねるは理佐の背中にしがみついていて、理佐の腕がねるを包んでいて
抱きしめられていた。


「……ねる、もっ!」

「…ねるに泣かないで欲しいのに、ねるが泣いてるのを見ると嬉しくなる」

「っ、」

「ねるに、愛されてるって思うんだ」

「、そんなん、無くても、ねるはっ」


嗚咽が止まらない。
伝えたい言葉が、出ていかない。

時間がないのに。


「……ねる、」

「やだ、理佐…」


「───、」


「……、っ」



理佐の言葉に、ねるは戸惑いを得て
その一瞬に、抱擁が解かれる。


ねるは追うように手を伸ばしたけれど、届かなくて。
理佐は少し離れた位置にいたてちへと向かっていった。


「……理佐、もういいの?」

「…うん」

「…本当、ごめ」
「平手」

「!」

「無理しちゃだめだよ」

「……、」

「平手やり方が間違ってるなんて思ったことない。誰かの為に変わることはすごいことだと思うけど、平手は平手を大事にしてあげて」



理佐とてちが、最後にどういうやり取りをしたのか分からなかった。

数回のやり取りをして、理佐は愛佳へと視線を向ける。たった数秒間視線を合わせるだけのやり取り。先に視線を離したのは理佐だった。

そして、由依さんが近づいて理佐はそちらへと向く。


「……これでいいの」

「うん」

「ふざけてる」

「ふふ。由依らしい」

「っ、あんたね」

「天のこと、許してやって」

「はあ!?」

「これから、変われる。ひとりじゃないって分かったら」

「…変わんなきゃいけないのは理佐でしょ」

「…私は変わったよ?由依が知らないだけ」

「、そう」








そうして、また。
理佐はてちに向き合う。


ねるからは、理佐の後ろ姿しか見えなくて。

でも、それも涙でどんどん見えなくなっていく。
必死に涙を拭って、その姿を見つめる。みんなに見つめられる中、理佐はその身をゆっくりと倒し、
力なく、床へと落ちた。



最後まで、理佐は。
ねるに振り返ることはなくて。

その強く、姿勢のいい後ろ姿をねるに焼き付けていった。
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