Succubus

─………

…………、、


───………、……………。



───好き、でしょ?




「───うわあ!!」



濃密で、色濃い。どろっとしたような夢を見た。
けど、相手がねるじゃないことだけは確かで。だとするなら、ねるに言えることじゃないと寝ぼけた頭でも考えついた。


「ん、りっちゃんどうした?」

「……シャワー浴びてくる」

「………。」


ドアを開けた先で、既に支度を済ませた愛佳が、歯磨きをしながら目を見開く。それにしっかりと返答と出来ずに、その横を通りすぎた。

熱いシャワーを浴びながら、欲求不満なのか?
と、自問自答を繰り返してみる。

ねると、してないってことはない。むしろ、これは平均的なのか?って思うほどに夜を過ごしてる(夜に限らないこともあるけれど、それはそれとして)。

けれど、もしも。
そういう性的な欲求に飢えていて、それが夢として現れたとしたら。
それは、、、サキュバスであるねる以上に、自分の性的なものがあるってことで。

求められる以上に溢れているかもしれない、底なし沼のような性欲に、不安ばかりが募ってしまう。









「渡邉さん?」

「っ!、あ、ごめん。なに、?」

「いえ、いくら声をかけても悩まれてるみたいだったので」

「あぁ、ごめんね。どうしたの?」

「これ。任されていたもの、終わりました」

「ありがとう」


大学を卒業して。愛佳とのルームシェアは何となく続いている。お互い、卒業後の就職先はそれほど差がなかったからというのも大きかった。
それに、


『ねると暮らすの?昼夜問わずにセックスに塗れそうだね』


───……そんなことないって言えなかったのが正直なところ。

かっこ悪いなぁとは思う。
ねるは別に、時と場合構わずにフェロモン撒いてる訳では無いし
ねるなりにセーブして生活してる(じゃなきゃ危なくて生活してけない)

それでも、あの夢は。
欲の表れで、私は………。


「はぁ、、、」

「渡邉さん、?」

「!、ごめん、」


また気が飛んでた。隣にいたんだっけ。

彼女は最近入ってきた職員で、年上にはなるけれど仕事を教えるという意味で
ふたりで行動している。入って1年の私にその立ち位置を与えるのはどうかと思うけれど、教えることも勉強のうちかぁ、と諦めた。

また気を取り直して、今の時間はこれ、ここの書類はどうする、みたいな一連の仕事を伝えて、基本的なことの流れを一日に詰め込む。その日その日で状況は変わるから、こればかりは個人の能力に頼ってしまうことになるけれど。


「今日はありがとうございました」

「いいえ、こっちこそ上の空なこともあって、ごめんなさい」

一日の終わり。会社から1歩出るだけで気持ちが開放感に包まれる。やはり、仕事中は気を使う。……気を飛ばして、ねるのことを考えていたのは大目に見てもらいたいなぁと心の中で言い訳をした。


「……あの、この後なんですけど、」

「え?」








連れてこられたのは、ビアガーデンだった。
寒空の下、お酒で顔を染めた人達が各々の時間を過ごしている。

私たちは、その一角に席を決めた。


慣れない職場の相手となんて疲れるんじゃないかと思ったけれど、彼女は是非と押してきて私は承諾をする。愛佳に遅くなると一応連絡をして、ねるへの連絡に一瞬悩んでしまう。元々会う予定ではなかったし、特段飲んで帰るなどという連絡は必要だろうか。
悩んでいる間に、彼女は話を切り出して、私はなんとなくスマホを閉じてテーブルに置いた。


「急にごめんなさい」

「ううん、こういうの初めてでちょっと楽しみ」

「ふふ、渡邉さんは可愛いですね」

「え?」


何故かさっきから、ねるのことが頭から離れない。さっきじゃない。
今日一日ずっとだ。普段のねるを想うそれとは違う。なにかに引き出されるように頭に浮き上がってくる。

夢のせいだと思ってたけど、。


「理佐さんって呼んでもいいですか?」

「……うん、」

「……、なんか、転職してきたばっかりでこれから不安なんです。これから迷惑かける事もあると思うんですけど」


不安な顔。沈んだ瞳。少し弱々しい、言葉たち。


「そんな、考えすぎなくて大丈夫だよ、みんな支えてくし、」

「理佐さんは、?」

「……え?」

「理佐さんは私の事、どう思いますか?一日一緒にいて、」


雰囲気も、言葉も、瞳も。何もかもが違うのに、
纏う空気が、与えてくる印象が、

───ねるに被る。


「──……、茜、」

「…名前、読んでくれたね、理佐」



ガタ、と音が立つ。自分が立ったと気づいたのは、茜の顔が近づいてからだった。

行く宛ても分からずに上がった手を、茜に掴まれる。引かれて当てられたのは細い腰だった。

わけも分からず、心臓が馬鹿みたいに働いて
酒を回す。血がどんどん巡るのに、脳は働かずに目の前の彼女に飲み込まれていく。

近づいて、吐息が感じられるほどの距離。

後ろの方で、”キスしてる”と声がする。


まだ、してないよ。するわけないじゃん。
私には、ねるがいて。ねるを泣かせるような、そんなこと。


「──理佐、」

「───……、」


そんな、こと、。



「───こういうの、好き、でしょ?」














「茜!!!」







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