An-Regret.


理佐「……天は、私にひとりで生きて欲しいの?」


平手「理佐!?」

理佐「…、大丈夫。話をさせて」

平手「……っ、」


ねるに支えられながら立ち上がった理佐は、半歩前に出ながら天と対峙してねるから手を離す。背に隠すような立ち位置はきっと意識的だったけれど、ねるは理佐の腕から手を離さなかった。



天『…私はそうあって欲しい。…一緒にひとりぼっちでいて欲しい。だから、長濱ねるはいらない』

ねる「!」


天の視線は、理佐を支えるねるに向く。
傍らに立つ"それ"さえいなければ、渡邉理佐は1人になると目に見えていた。
最早、何を隠す必要もなくなった今、それだけが確かな方法だと思った。


天『そうだよ、こんなまどろっこしいことしなくて良かったんだ。あなたを消せば……!!』


天が、感情とともに能力を使い体の端を霧立たせる。ねるに黒い霧が向いた時、理佐は勢いよく天の胸ぐらを掴んだ。


理佐「───、!!!」
天『───!??』



理佐は力んだ身体に走った痛みに声を漏らしながら、ぎり、と掴んだ胸ぐらに力を込め直す。今まで攻撃的な行為を見せなかった、まして怪我をおって立ち上がるのにも手が必要な状態なのに、あまりに力強いその行為に、霧は意志を失い飛散して、能力行使は阻害された。

それでも、その力強さに反して、天には理佐から殺意を欠片ひとつも感じ取ることが出来ない。


理佐「…いくらでも血を流してあげる。いくらだってひとりでいる。でも、ねるだけは譲らない、」

天「!」

理佐「天、君が私の不幸を望むなら、そのためにねるを傷つけるなら、私は独りになるよ。私は元よりそういう存在だから」


痛みも倦怠感も、多くの苦痛が重なっているはずなのに
理佐の声から優しさが消えない。


「でも、私がどうあったとしても、ねるには生きて笑っていて欲しい」

『……、』

「それでもそれを君が壊すって言うんなら、、私はもう手段を選ばない」


言葉とは裏腹の、理佐の優しい雰囲気が天の目の前に降る。
果たして、本当に。この目の前の存在は、今まで自分より下だと思っていたものなのかと
頭の片隅に過ぎる。

けれどそれは山﨑天にとって、危険な思考だった。今までの自己肯定がすべて崩れ去る。
そうしたら自分は、きっと耐えられない。

自分が1番下だと認識するよりも遥かに勝る恐怖。
背後に迫る影を振り払うように、思考を投げ捨てる、

けれど、目の前の存在は、酷な程に、それを無意味に吹き飛ばしていく。



「……天。いつか君にも、見つかるよ」

『──…』

「……大事な人。隣を歩いてくれる人、なにを捨ててでも、守りたい人。」

『そんな人、、できるわけない、、』

「私も、そう思ってた。自分なんて、誰に認めてもらうことなんてなくて。そんな夢物語はもっと日常を生きてる人に降るものだと思ってた」

「きっと実際にそういう人が隣にいてくれるまで、信じられないと思うけどさ」


理佐「……天なら、わかるでしょ?自分のことが嫌いな自分を、受け入れてくれる人がどれだけ大切な存在になるのか」

ねる「……」

理佐「お願い。ねるのことは傷つけないで」

天『───、、』


理佐の言葉に、天の言葉が詰まる。
ねるは、もしかしたら天がこの展開に終止符を打ってくれるかと期待した。
けれどそれは、次の言葉に塵と化した。


天『なら、私と一緒にひとりぼっちでいてくれる?』



酷く優しいそれを巻き込み、利用する。
天の黒い瞳は、綺麗に目の前の存在を映す。

渡邉理佐は山﨑天にとって、不幸と不良品であり
それそのもののために、自分の行為が無駄に終わるなど、ましてそれによって自己の思考が変わるなんて許せなかった。


理佐「……うん」


そして、ねるという存在の引き合いに渡邉理佐は承諾すると分かっていた。
もし仮に自分にそういう存在が得られたとして、きっと全てを差し置いてその存在を優先する。



ねる「理佐!?」

理佐「……、ねる、わかって」

天『……』

ねる「やだ!分からん!なんで理佐が独りにならんといけんと!? 理佐やってずっと辛かったばい!」


理佐の言葉に、ねるが反発を示す。
当然だった。なぜ、ねるよりも、自分自身よりも、山﨑天の要望を通さなければならないのだろうか。
傷を負った理佐の腕を掴む。その刺激に理佐の表情が歪んだけれど、ねるはそれに構う余裕なんてなかった。

それでも、その腕がなにかに離される。
それが酷く恐怖で、ねるは強く腕を振り払った。


平手「ねる、落ち着いて」

ねる「離して!」


取り乱すねるとは反対に、平手は落ち着いていて
けれどあの強い瞳はなく、悲しげに下を向いていた。



平手「………、」

理佐「平手…久しぶりだね」

平手「…理佐、」

理佐「そんな顔、しないでよ。恨んだりしないから」

ねる「…っ?」


それが、ねるの心にモヤを張る。
恐怖とも、不安とも、焦燥とも言える。

端的に言うならば、確信に近い、嫌な予感だった。


平手「……ごめん、」

理佐「謝る必要なんてない。ねるのこと、ありがとう。…ねぇ愛佳、平手のこと頼んだよ。すぐ背負い込んじゃうから」

愛佳「……、あぁ」


何かが終わる、そんな予感。
それがこの騒ぎの終焉なら良かった。


ねる「なに、、なん、言っとると?」

天「……可哀想にね、長濱ねる。」

ねる「─…」


天の哀れみの目が寄せられる。
振り返れば、土生も小池もこっちを見ていて、小池は涙をこられられてはいなかった。


理佐「ねる、」

ねる「ッやだ!来んで!」


理佐の優しい声が、名前を紡ぐ。
その声が大好きで、大切で。それを追ってここに来たはずだった。


理佐「……、ねる」

ねる「りっちゃんはねるとおる!番やろ!1人しかおらんとやろ!離れちゃいけんとやろ!」


分からない。何が近づいているのか、何が迫っているのか。
それでも、なにか酷く怖いことが目の前に突きつけられている。


由依「……どういうこと、愛佳」

愛佳「……」

由依「説明して。これは、なに?」


由依が感じ取れたのは、不快な空気と匂い。
心の中で、ひかるがいたなら、もっと早く気づけたんじゃないかと悔しくなった。


愛佳「……真祖の番候補収奪」



愛佳の、静かな声が、零れるように呟かれる。

不快。不快。
腹の奥をくすぐられるような、心臓に鳥肌が立つような。今すぐ逃れたいのに、世界はその不快に落ちていく。



「ほんとなら、理佐は平手に存在を表しちゃいけなかった」

漠然と思う。

「……罰は、罪人である理佐に落ちる」

あれほど理佐に思い入れのあるその人は、
目の前の、淡々と言葉を落とす目の前の人間は
"現実"なのだろうか。

由依「──……」






ねる「どういうこと、てっちゃん!」

平手「……、、」


ねる「なんでっ、ねるが……ねるだけっ!」


平手の強くまっすぐな目は影っていて、それでも理佐から離れることはなく。
それが、紛れもなく、逃げられようのない現実なのだと、提示してくる。

平手と愛佳、そして、理佐だけが



「……理佐には、」




「ここで、死んでもらう…」




その現実と、世界を受け入れていた。



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