An-Regret.
横たわる理佐と治療に当たっていた黒衣装に、ねる、愛佳が加わる。
土生や小池を含めれば、渡邉理佐がどれだけの存在なのかが伝わってくる。
それに対して、自分は真祖とオオカミに対峙され対照的だと天は感じていた。
天『真祖様の登場か……、しかもオオカミまで。尾関さんも志半ばってやつかな』
平手「……」
言葉は宙に浮き、惨めさが増す。それでも、何を諦めるつもりもなかった。
天『でも私なんかに構ってていいの?死んじゃうかもよ』
平手「…理佐は死なないよ。ねるを置いて、居なくなったりしない。そう約束したんだ」
天『オオカミのときにはだいぶ逃げてたみたいだけど』
平手「ネガティブでへたれだからね。でも、こんな形で、死んでさよならなんてしない」
天『……』
平手と天の視線はぶつかったまま。強い瞳が自分に向き、真祖という大きな存在と言葉を交わしていることが現実的でないと思った。
けれど、山﨑天は。ずっと人の悪意や剥き出しの感情に当てられてきた。
平手の圧に隠された、山﨑天に対する感情が分かって、結局自分はそういう立ち位置の存在なのだと勝手に心が陥っていく。
平手「知ってるんでしょ?理佐が逃げたのは、こばが現れたからでもねるが攫われたからでもない。ねるがこばに血を与えた、その行為に自己否定が爆発しただけ」
天『………、』
そうして思考は、渡邉理佐にたどり着く。
平手「なぜ、理佐を狙ったの?」
天『………不良品だからだよ。不幸だから。同じひとりぼっちだったのに、勝手にいなくなったから』
平手「どういう意味?」
天『渡邉理佐は私のことを知らないよ。それでも私は渡邉理佐という”不幸”と”不良品”を知ってた』
平手「………、」
その存在を聞く度に、幼ながらに救われたのだ。
天『…自分に何も無い存在は、自分より何も無いやつを見て自分はマシだと思うしかないんだよ。自分にこれ以上なんてありえないんだから』
平手「……」
天『低級吸血鬼。私はその末端にあたる。地位が低い、ただそれだけで、その血筋の吸血鬼として生まれただけでまともな扱いを受けられなかった』
平手『……』
天『渡邉理佐という不良品と不幸が、私の支えだったんだよ』
由依「最低」
由依の低い声と、隠さない敵意が天に投げつけられる。
天はそれを意に介さないように言葉を続けた。
天『最低なことくらいわかってる。それでもそうしなきゃ生きて来られなかった。だから、番を得て、ひとりの吸血鬼として生きて、前を向いていることが許せなかった』
平手「……」
天『こうして信頼されて…助けが来て、自分のために怒って殴り込んでくるやつがいる。ああやって泣いてくれる人もいる。渡邉理佐が、この人の為にと生にしがみつく…』
平手「……」
天『違う。そんなのは違う』
小林「あんた、何言って…」
『不良品は、そんな扱いじゃない!』
天の声が、感情とともに大きくなる。
それは、少し離れた位置にいた愛佳やねるにまで届くほどだった。
一度強く溢れた感情は、切れ目を失ったかのように引きずり出される。
天は、今までの不敵に笑う姿を捨て 強く声を張った。
『もっと蔑まれて!独りで!下を向いてるんだ!!ただ利用されるだけに生かされて、使えなければゴミになる、!』
それは、言い逃れできない
もしかしたら、自分を蔑むほどの汚れた思考だった。
『そうあるべきだ!』
天の声が咆哮し、次いできた静けさに
ジャリ、と靴底がズレる音が響く。
小林「──……」
平手「…こば、ダメだよ」
小林「黙ってろ、平手」
平手「!」
それは、由依の感情の皮切りだった。
平手の隣に立っていた由依は、地を蹴ると天へ手を振り被る。
けれど、その直後、それはいとも簡単に止められてしまう。愛佳の手によって。
小林「っ離せ!理佐をそんな言われて黙ってるつもりなの!? ありえない!」
愛佳「───」
平手「……」
由依の言葉に、平手も愛佳も言葉を発さなかった。愛佳に関しては顔を下に向けたまま、感情が読み取れない。
確かなのは、由依の攻撃の意志を持ったその手を離す気配がないことだけだった。
小林「っ、やっぱり見捨てるの。そうやって切り捨てるの? 小さい犠牲だって…!?」
平手「こば。殺されたくなかったら黙ってた方がいい、こんな状態で止めることなんて出来ないよ」
由依「…、!」
由依の横を抜けながら、平手は言葉を落としていく。その言葉の意味が、"これ以上は愛佳を止められない"のだと気づくのには時間はかからなかった。
自分の腕を止めに握る愛佳の力に、由依は謝罪の言葉を口にしたけれどその手が緩むことは無かった。
そうしている間に、平手は天の目の前に立つ。手を伸ばせば届く距離。
それは、あと1歩互いに踏み込んだなら、相手を傷つけ殺せる距離──。
天『……、』
平手「…………、………。正直、もう何も語り合いたくない。それくらい、あなたの思考には呆れてる。あなたを潰してしまえたなら、全て解決する。…でもしない。それが最低で最悪の結末になるって分かってる」
天『なら、私の望みを叶えて。渡邉理佐の番破棄をさせて。それ以上は何も求めない。あなたたちの契約は勝手にしたらいい』
平手「…何を言ってるか分かってるの」
天『分かってるよ、真祖。番はたった独りだ。なににも変えられな──』
平手「お前がどういう立ち位置にいて、なにを吐いてるのか分かってるのかって聞いてるんだよ、山﨑天」
天「──」
平手「これ以上、その思考を垂れ流すのはやめて」
ギリギリの縁を保つのは、平手の方だった。
詰めた距離は脅しではない。
それでも、手を出さないのは。ねるが泣くからだ。
自分の安牌の範囲は、彼女を泣かせてしまった。
もっとなにかしていたなら。尾関からの通知を呆れながら捨てなければ、少なくともねるは番契約に巻き込まれることは無かった。
もっと違う形が取れていたはずだった。
平手「番も、番の定義もどうだっていい。真祖の番も、番候補もどーでもいい。お前の自己肯定感を満たすことになんの興味もない」
最低で最悪な結末は、決して山﨑天に委ねられたものでは無い。
今、理性や自制を捨てた先には、後悔しか残らないとわかっている。
平手「理佐の番破棄? お前は最低で最悪の結末の意味を履き違えてるんじゃないの? 」
理佐だけが不幸なのではない。
平手も、愛佳も、黒衣装も、尾関も。
それぞれに背負うものがあり、苦痛を隠している。
隠しきれない痛みを、それより強い傷で痛めつけて、誤魔化してきた生き方を知っているんだ。
愛佳「──落ち着けよ、真祖サマ」
平手「ぴっぴこそ、あんまりやるとひかるに嫌われるよ」
愛佳「はは、それはやだなぁ」
由依「ならもういい加減離して。痛いから」
積み上がってしまった思考が、愛佳と由依の言葉で崩れる。
今すべきは、感情論でも駆け引きでもない。山﨑天の渡邉理佐に対しての執着の形を変えること。
平手「……山﨑天。理佐は君以上に苦しんできたかもしれない、それでもその人の幸せを認めてあげることは出来ないの?」
天『……出来ない。私は、私が1番蔑まれているなんて耐えられない』
平手「……、君が幸せになる兆しを掴んだ時、誰かに同じことをされても……いいんだね?」
天『私にそんな未来はないよ。私なんかを認める人はいない。私はこのまま、恨まれて、蔑まれていくってわかってる……でもそれが私だけなんて耐えられない』
平手「……」
目の前の低級吸血鬼の思考は、最低だと思う。人を蔑んで、傷つけて。それが崩れたなら引きずり下ろしに来る。
それでも、そうさせたのは自分が真祖だとする世界の端だ。
元々そう思って生まれたわけじゃない。環境と周囲の人間が、そうさせてしまった。
だとするなら、この子になんの罪もないのか。
そんなことは、ありえない。唯一だと定義されるそれを揺さぶり、破棄を企み、当人の確かな意思で、腸を抉られ死を彷徨うものが出た。
その責任は、誰にも押し付けられるものでは無い。
平手「まだ、理佐が1人になることを望むの?」
天『考えは変わらない』
平手「今回のことに、反省はないんだね?」
天『……ない』
それは、本当に。純粋に、ひとりを嫌う子どもだ。
ひとりが怖くて、寂しくて。誰かの手を引いてしがみついて泣く、小さなこども。
なんの悪意もなく、理佐個人への感情もない。
平手「……」
けれど、これ以上。咎めなしに放せるわけがない。
土生や小池を含めれば、渡邉理佐がどれだけの存在なのかが伝わってくる。
それに対して、自分は真祖とオオカミに対峙され対照的だと天は感じていた。
天『真祖様の登場か……、しかもオオカミまで。尾関さんも志半ばってやつかな』
平手「……」
言葉は宙に浮き、惨めさが増す。それでも、何を諦めるつもりもなかった。
天『でも私なんかに構ってていいの?死んじゃうかもよ』
平手「…理佐は死なないよ。ねるを置いて、居なくなったりしない。そう約束したんだ」
天『オオカミのときにはだいぶ逃げてたみたいだけど』
平手「ネガティブでへたれだからね。でも、こんな形で、死んでさよならなんてしない」
天『……』
平手と天の視線はぶつかったまま。強い瞳が自分に向き、真祖という大きな存在と言葉を交わしていることが現実的でないと思った。
けれど、山﨑天は。ずっと人の悪意や剥き出しの感情に当てられてきた。
平手の圧に隠された、山﨑天に対する感情が分かって、結局自分はそういう立ち位置の存在なのだと勝手に心が陥っていく。
平手「知ってるんでしょ?理佐が逃げたのは、こばが現れたからでもねるが攫われたからでもない。ねるがこばに血を与えた、その行為に自己否定が爆発しただけ」
天『………、』
そうして思考は、渡邉理佐にたどり着く。
平手「なぜ、理佐を狙ったの?」
天『………不良品だからだよ。不幸だから。同じひとりぼっちだったのに、勝手にいなくなったから』
平手「どういう意味?」
天『渡邉理佐は私のことを知らないよ。それでも私は渡邉理佐という”不幸”と”不良品”を知ってた』
平手「………、」
その存在を聞く度に、幼ながらに救われたのだ。
天『…自分に何も無い存在は、自分より何も無いやつを見て自分はマシだと思うしかないんだよ。自分にこれ以上なんてありえないんだから』
平手「……」
天『低級吸血鬼。私はその末端にあたる。地位が低い、ただそれだけで、その血筋の吸血鬼として生まれただけでまともな扱いを受けられなかった』
平手『……』
天『渡邉理佐という不良品と不幸が、私の支えだったんだよ』
由依「最低」
由依の低い声と、隠さない敵意が天に投げつけられる。
天はそれを意に介さないように言葉を続けた。
天『最低なことくらいわかってる。それでもそうしなきゃ生きて来られなかった。だから、番を得て、ひとりの吸血鬼として生きて、前を向いていることが許せなかった』
平手「……」
天『こうして信頼されて…助けが来て、自分のために怒って殴り込んでくるやつがいる。ああやって泣いてくれる人もいる。渡邉理佐が、この人の為にと生にしがみつく…』
平手「……」
天『違う。そんなのは違う』
小林「あんた、何言って…」
『不良品は、そんな扱いじゃない!』
天の声が、感情とともに大きくなる。
それは、少し離れた位置にいた愛佳やねるにまで届くほどだった。
一度強く溢れた感情は、切れ目を失ったかのように引きずり出される。
天は、今までの不敵に笑う姿を捨て 強く声を張った。
『もっと蔑まれて!独りで!下を向いてるんだ!!ただ利用されるだけに生かされて、使えなければゴミになる、!』
それは、言い逃れできない
もしかしたら、自分を蔑むほどの汚れた思考だった。
『そうあるべきだ!』
天の声が咆哮し、次いできた静けさに
ジャリ、と靴底がズレる音が響く。
小林「──……」
平手「…こば、ダメだよ」
小林「黙ってろ、平手」
平手「!」
それは、由依の感情の皮切りだった。
平手の隣に立っていた由依は、地を蹴ると天へ手を振り被る。
けれど、その直後、それはいとも簡単に止められてしまう。愛佳の手によって。
小林「っ離せ!理佐をそんな言われて黙ってるつもりなの!? ありえない!」
愛佳「───」
平手「……」
由依の言葉に、平手も愛佳も言葉を発さなかった。愛佳に関しては顔を下に向けたまま、感情が読み取れない。
確かなのは、由依の攻撃の意志を持ったその手を離す気配がないことだけだった。
小林「っ、やっぱり見捨てるの。そうやって切り捨てるの? 小さい犠牲だって…!?」
平手「こば。殺されたくなかったら黙ってた方がいい、こんな状態で止めることなんて出来ないよ」
由依「…、!」
由依の横を抜けながら、平手は言葉を落としていく。その言葉の意味が、"これ以上は愛佳を止められない"のだと気づくのには時間はかからなかった。
自分の腕を止めに握る愛佳の力に、由依は謝罪の言葉を口にしたけれどその手が緩むことは無かった。
そうしている間に、平手は天の目の前に立つ。手を伸ばせば届く距離。
それは、あと1歩互いに踏み込んだなら、相手を傷つけ殺せる距離──。
天『……、』
平手「…………、………。正直、もう何も語り合いたくない。それくらい、あなたの思考には呆れてる。あなたを潰してしまえたなら、全て解決する。…でもしない。それが最低で最悪の結末になるって分かってる」
天『なら、私の望みを叶えて。渡邉理佐の番破棄をさせて。それ以上は何も求めない。あなたたちの契約は勝手にしたらいい』
平手「…何を言ってるか分かってるの」
天『分かってるよ、真祖。番はたった独りだ。なににも変えられな──』
平手「お前がどういう立ち位置にいて、なにを吐いてるのか分かってるのかって聞いてるんだよ、山﨑天」
天「──」
平手「これ以上、その思考を垂れ流すのはやめて」
ギリギリの縁を保つのは、平手の方だった。
詰めた距離は脅しではない。
それでも、手を出さないのは。ねるが泣くからだ。
自分の安牌の範囲は、彼女を泣かせてしまった。
もっとなにかしていたなら。尾関からの通知を呆れながら捨てなければ、少なくともねるは番契約に巻き込まれることは無かった。
もっと違う形が取れていたはずだった。
平手「番も、番の定義もどうだっていい。真祖の番も、番候補もどーでもいい。お前の自己肯定感を満たすことになんの興味もない」
最低で最悪な結末は、決して山﨑天に委ねられたものでは無い。
今、理性や自制を捨てた先には、後悔しか残らないとわかっている。
平手「理佐の番破棄? お前は最低で最悪の結末の意味を履き違えてるんじゃないの? 」
理佐だけが不幸なのではない。
平手も、愛佳も、黒衣装も、尾関も。
それぞれに背負うものがあり、苦痛を隠している。
隠しきれない痛みを、それより強い傷で痛めつけて、誤魔化してきた生き方を知っているんだ。
愛佳「──落ち着けよ、真祖サマ」
平手「ぴっぴこそ、あんまりやるとひかるに嫌われるよ」
愛佳「はは、それはやだなぁ」
由依「ならもういい加減離して。痛いから」
積み上がってしまった思考が、愛佳と由依の言葉で崩れる。
今すべきは、感情論でも駆け引きでもない。山﨑天の渡邉理佐に対しての執着の形を変えること。
平手「……山﨑天。理佐は君以上に苦しんできたかもしれない、それでもその人の幸せを認めてあげることは出来ないの?」
天『……出来ない。私は、私が1番蔑まれているなんて耐えられない』
平手「……、君が幸せになる兆しを掴んだ時、誰かに同じことをされても……いいんだね?」
天『私にそんな未来はないよ。私なんかを認める人はいない。私はこのまま、恨まれて、蔑まれていくってわかってる……でもそれが私だけなんて耐えられない』
平手「……」
目の前の低級吸血鬼の思考は、最低だと思う。人を蔑んで、傷つけて。それが崩れたなら引きずり下ろしに来る。
それでも、そうさせたのは自分が真祖だとする世界の端だ。
元々そう思って生まれたわけじゃない。環境と周囲の人間が、そうさせてしまった。
だとするなら、この子になんの罪もないのか。
そんなことは、ありえない。唯一だと定義されるそれを揺さぶり、破棄を企み、当人の確かな意思で、腸を抉られ死を彷徨うものが出た。
その責任は、誰にも押し付けられるものでは無い。
平手「まだ、理佐が1人になることを望むの?」
天『考えは変わらない』
平手「今回のことに、反省はないんだね?」
天『……ない』
それは、本当に。純粋に、ひとりを嫌う子どもだ。
ひとりが怖くて、寂しくて。誰かの手を引いてしがみついて泣く、小さなこども。
なんの悪意もなく、理佐個人への感情もない。
平手「……」
けれど、これ以上。咎めなしに放せるわけがない。