An-Regret.


──長濱ねるが壊されるで──


「──っ!!!」


蓋をされていたはずの意識が、急に解放されて浮かび上がる。
身体はなんの負担もないはずなのに、心臓はバクバクと鼓動し、荒い呼吸があった。


沈まされていた意識にあの台詞が呟かれてから、一体どのくらいたったのだろうか。
時間を把握する術なんてなくて、ついさっきの気もするし、しばらく経ってしまった気もする。
焦燥とも呼べる最中で、目の前には、黒い衣装を見に纏いながら
他とは雰囲気を逸する存在が私を見下ろしていた。


『……、』

「……っ、、!?」

『目が、死んでないね』

「は!?」

『私の知ってる渡邉理佐は、もっと暗かった。生きることに目的なんてなくて、蔑ろにされるのに利用されて…不良品で、自分なんかって下を向いてた』

「……、」


ねると、番として繋がる前は。
愛佳に、隣に並んで笑ってもられるまでは。
平手に、居場所を与えられる前は。

私は酷く荒れていて、自分の存在なんて不要だと思っていた。利用されるだけの、それだけの存在で

今だってそうだ。ねるに釣り合う存在だとは思えない。
私のために、私のせいで傷つくことなんて、あってはならないと思う。


………けど、あの時。



『ねぇ』

「!?」


顔を掴まれて上を向けさせられる。
首が伸びて、息苦しさが増した。


「……、なに、」

『…長濱ねるは真祖と番を果たしてもらう。あなたは不良品だ、吸血鬼のなり損ない』

「…っ、そんなこと分かってる」

『……』



けど、あの時。
黒衣装に落とされたとき、諦めて力の抜けた足に、アンクレットが刺さったんだ。
小さく痛みを与える程度の、存在表示。

…私がどうだろうと関係なかった。

不良品なんて変えられない事実だ。
そんなことは今更で、ねるはそれを、私を愛してくれると言った。
形として繋ぎ止めなくちゃならないくらいねるだって不安なのに、けどそれを埋めようと、私と隣にいようとしてくれた。


ねるが傷つくことなんてしたくない。
私のせいで傷つくことなんて、あっちゃいけない。

そんな存在価値はない。


その定義は変わらない。それでも、そんな私を愛してくれる。

だからこそ、私は。ねるの隣にいて、ねるに笑っていてもらいたいんだ。




『やっぱり変。私が知ってるのは、あなたじゃない』

「……、」

『長濱ねる』

「!」

『………ちがう、』


ずい、と迫ってくる顔。視界が相手の顔に埋め尽くされ、視線は捕まったまま
逃れられなくなる。



「な、『…番、』

「!」

『不良品、』

『枯渇、』


羅列される言葉。
すべて、私を取り巻くものたちだ。



『桜、』

『平手友梨奈』

『志田愛佳、』

『小林由依』

『狼、』




『………。』

「……、」



───くる。

探られている。
迫られている。

真っ黒に染まる瞳が、私の中を探っている。


幼さの残る、酷く落ち着いた声が、それを紡がないことを願う。


でも、

それが。


きっと、間違いなく、探し当てると分かっていた。
目の前の彼女は、俯き独り立つ私を、求めているんだ。


『……アンクレット、』

「──………、」


心臓の動きが制御できたなら良かったのに。
そんなことは叶わなくて、心臓はその言葉に締め付けられ、瞳孔が僅かに開く。

それを見逃されることは無かった。


『………当たった』


「!!!?」



嬉しそうに口角を上げ、浮ついた声の後
それとはにつかわない音と衝撃が走る。

左足に走る痛み。千切れる音。


あの時から、外れることのなかったアンクレットが。

ねると離れることのないと約束した、アンクレットが。

戒めのように付けていた、足枷が。


「………ぃ、っ、」

『……これだぁ』


手に握られ、指先に吊らされる。


『その顔、その目。渡邉理佐はそうでなくちゃ』

「っ!!返せ!!!」

『おっ!』


見せつけるそれに手を伸ばす。目の前の見透かしたような嬉しそうな顔が悔しかった。けれど身軽に躱されて私は何も掴むことが出来ないままに膝を着く。
顔をあげれば、不機嫌に眉を細め私を見下ろしていた。


『……なんで、諦めないの?』

「うるさい!それを返せ!」

『不良品のくせに、』

「!?」







────鈍い音が、体の中に響く。

次いでくる、倦怠感。
さっきとは違う息切れ。

何かが失われ、それを追うように意識が危機感を訴えてくる。


わかってる。分かってるんだ。





────死ぬ、。










『……ふふ、やっと絶望した?』


ぐちゃ、と生々しい音がした気がする。けれど、あまりに心臓と呼吸がうるさくて聞き間違いかとも思う。

でも、


「ああ"ッ!!」

『不良品は不良品らしく、俯いててよ。棄てられて、独りでいてよ』

「っは、、うっぅ、!」


そんなのは現実逃避だと、教えこまれる。

アンクレットを指に絡ませたまま、相手の手は私の腹に刺さっていた。
以前教室で見た、だにと同じ。 タチが悪いのは、刺した手を、抉るように動かしてくることだった。


『ねぇ、渡邉理佐』

「っ!?」

『美味しいご飯はたくさん食べたいよね』

「……っ!ぐ、ぅ」

『あったかいお風呂にも入ってたいしさ、心地いい時間は素敵だと思う』


『1度味わったら、離れられなくなる。甘い毒でも入ってるみたいに』

「、はぁ、、は、っぁ、」


『なら、そんなの。最初から欲しくないよね』



腹に潜る手が力を抜いたのが分かって
引き抜かれると分かる。

私はそれを、抑え込むように掴んだ。


『!』

「っ、これは、私のだ、!っ、返せ、ッ」

『……、』


抜かれたら、きっと死ぬ。
私の治癒能力なんてたかが知れてるし、自分に使ったことなんてない。

でも、そんなことより。
"ここ"には、ねるとのアンクレットがある。
奪い返すタイミングは、ここしかない、!


『なにそれ』

「お前になんて渡さないっ、これはーー!!」

『ねえ、死んじゃうよ?』

「ぐっ、は、っ──うぅ!」

『長濱ねるは平手友梨奈と番を契る。あなたの居場所なんてない。もう一人ぼっちなの』

「っ、うるさいって言ってるでしょ、!」

『………そんな足掻くことなんてしないで、苦しいだけでしょ?』







『一緒に、一人ぼっちで生きていこうよ』







「!!!」


──ずっ、


「──…………、っ、ぁ─、」


奥を抉られる不快感から、突如。
引き抜かれた喪失感が襲う。

それでも、引き抜かれる瞬間に指に引っかかったそれを逃がさないように握りしめた。

指に酷く馴染んだ感覚がして、それに気が緩んだのか視界は急激に崩れ、体に走った衝撃に私は床に落ちたのだと知る。

体に走る痛みに意識をつなぎとめながら、手をにぎりしめる。握りしめた、はずだった。

離さないように力を込めたはずが、相手はいとも簡単に私の手からアンクレットを取り上げてしまう。


「───っ!?」


力が、入らない。
手を握りしめることが出来ない。
奪い返すために、手を伸ばすことすら出来ない。


最後に映ったのは、紅く染った手に吊るされる血に濡れたアンクレットだった。

あぁ、あれがもしねるに届いたなら最悪だ。
ねるが悲しむ。
あれを見て、きっと私が傷ついたと知るだろう。知らなくていいのに、私の死を、悟ってしまう。

ねる、。

知らなくていいんだ。

君は、そのまま平手と共に生きて。笑って。
私のために、涙を流すことなんかなくていい。
私はどこかで、生きていると思っていて。酷いことを告げ、一生を共にすると言った契りを捨てた最低なヤツだと思っていて。


切れる呼吸に、何かが混ざってむせ返る。
口の周りが濡れている気がして、漠然と血を吐いたのだと思った。腹を抉られたらそうなるか、と変に冷静になる。
ぼやける視界が、紅に染まる。
体が横たわる床に、血が拡がっていく。

……そうか、冷静なんじゃなく、思考も感情も働かせるほどの血がないんだ。

、ねる。


酷いこと言ってごめん。

辛い思いをさせたくなかったんだ、。これが最良だと思ってた。



ねる。



………ねる、。






ごめん、。





好きだよ。


愛してるんだ、。



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