An-Regret.


──渡邉理佐は知っていたんだ。


『それはただの思想と、形だけの文言だと』



身体が、ひどい浮遊感に襲われている。
眼球は、どこに向いているかもわからず
視界が何を映しているのか、脳が認識を手放していく。

高鳴っていた鼓動はいつの間にか、不快な動悸に変わっていた。



尾関『彼女が不良品と呼ばれる本当の意味を聞いた事はある?』

愛佳「っ、お前…!」

ねる「まな か、?」

尾関『番は絶対的唯一、そう言われ続け、そうだと信じ疑わないのが本来だよ。小林由依みたいにね』


ねる「……、…、」

尾関『……そうじゃない、事実を知った。いや、そうじゃない事実に、渡邉理佐がいる』

ねる「……、意味、分からん、!」


尾関『それ故に生まれた、その存在が不良品なんだよ。番は絶対的唯一だと、渡邉理佐が1番信じたかっただろうね』


吸血欲のない、それが欠如している。それが不良品なのではないのか。

ちがう。

分かっている。

考えるべきは、『何故』理佐には吸血鬼としての欲が薄いのかってこと。

不良品は、それそのものを表す言葉ではあるけれど
その不良品への定義は、なんらかの理由があるはずだった。

なんでその言葉を否定するために、その理由を考えたことがなかったのだろう。 何故──


──『血を吸わない吸血鬼を吸血鬼とは呼ばない』

「──………」


菅井先生との会話を思い出す。

あの時、菅井先生はねるに事実を伝えてくれていたはずだ。
理佐は、吸血欲が少なくて、吸血行為を神聖だと捉えるひとたちに卑下されてきて。でも能力があるせいで利用されてきた。

だけど、、。

理佐は何故、不良品と呼ばれる体質に生まれてしまったの?
親戚だといった菅井先生も、その体質に悩んできた。 そして、番契約を果たさなかった──。


『さて、長話は終わり。これで番破棄が行えること、それが私たちにとっての力づくだと分かってもらえたかな』

『ひとつ、言っておくけれど。渡邉理佐個人に私はなんの思い入れも恨みもないよ。あくまで、真祖との番契約、それだけが、私の目的』


尾関は、少しだけ眉をひそめ、不快を露わにする。 前置きは、自分は関係ないと念押しをして、尾関梨香に責任は無いのだと、押し付けてくる。


尾関『…そう考えれば、別にためらうことじゃなかったんだ』

ねる「……?」

尾関『不良品は、不良品。誰が何を止めたところで何も変わりはしない』

愛佳「……、やめろ」

ねる「愛佳?」

尾関『長濱ねる。君が会いたいと言った、渡邉理佐には会わせてあげる。その後の番契約に期待してるよ』

愛佳「っやめろ」

尾関『止めて』


嫌な予感の先を、愛佳は何か理解しているようで
動けないねるをそれから阻もうとする。
けれど、尾関の一言に後ろにいた黒衣装の2人が動き出し愛佳の前に立ちはだかる。
尾関に届くはずの力は、2人とぶつかり止まってしまった。


松田『うわー。私こういうの担当じゃないー』
夏鈴『うちがいれば関係ないやろ』
松田『きゃー藤吉くんかっこいー!』

愛佳「!?」


2対1ではあった。確かにそこだけを考えるなら、納得する。けど、拮抗していたはずの力が明らかに増強した力で愛佳は弾かれてしまう。

膝を着く愛佳を見下すようにして、藤吉と呼ばれた人は目の前に立った。


夏鈴『諦めて受け入れえや。不良品は不良品。大事なもんも守れんで、カッコつけただけやろ』

愛佳「……、」


静かな口調と、押し殺される感情。
それはどこか、理佐と似ていた。


そんなことを考えていたら、尾関はまたねるの前に改める。
ポケットから何かを探る仕草をしてすぐ、

カシャンと、金属が落ちる音とともに、目の前に何かが落とされた。


「───……」


バクっ、と心臓が跳ねる。もしかしたら心臓は止まっていたのかもしれない。そう思うほどに、心臓は激しく、何かを取り戻そうとするかのようにその動きを活発にはしりあがっていく。

なのに、

息が、出来なくなる。
それは無意識で、なのにひどく強制的で。

脳からの命令に、思考が置いていかれる。
苦しいと泣く意思に反して、脳も体も、最悪を想像して自分の中の何かが、大きく崩れ始めているのが分かった。


目の前に落とされたのは、血に塗れた金属片。
それは間違えようのない、ねると同じ、理佐にかけたアンクレットだった。





尾関『、オオカミが来るね。保乃、止めて』

保乃『はい』


言葉と同時、扉が蹴破られる。
飛び込んで来たのは、ひかるだった。


「ーー保乃ちゃ…!」

『…来んでって言ったのに、』

「うわ!」


勢いはひかるの方が勝っていたはずなのに、体格差のせいか元の力の違いなのか、流れるように保乃に投げられ、床に叩きつけられてしまう。
そして動きを封じるように、保乃はひかるを地面へと押さえつけた。


ひかる「っ!!」

尾関『丁度いいや。オオカミなら分かるよね。ここに香る、血の匂いが』

ひかる「……」

保乃『…誰の血か、答えて。ひかる』

ひかる「……いやだ」

保乃『ひかる!』

ひかる「……ねるさんたちを傷つけるあなたたちを、私は許さない。」

保乃『……っ』


ひかるの、強い声がする。
助けに来てくれたのだと、分かる。

けれど、それをきちんと受け取ることも出来ないくらいに、ねるの頭の中は麻痺している。


菅井先生の言葉も
尾関の言葉も、

愛佳の想いも、
てちの想いも。

もうよく分からない。


信じていたはずの理佐の言葉も、あれだけ心に留めたはずなのに、すでに風化したようになってしまった。


立てなくなったねるの足に、アンクレットが刺さる。

理佐が傷ついた、その現実に
私は囚われ、動けなくなる。


16/31ページ
スキ