An-Regret.
理佐の顔が、脳内を巡る。
苦しげに悲しそうに。それを隠して誰かを想う。
いつか思い知った、理佐の影。
拭いきれない自己否定と犠牲。
それが当然で、必然だと思っている。
わかってる。分かってたのに。
止められなかった。
守ってあげられなかった。
あれだけの想いも願いも込められた『番』を破棄させる、その事態は
理佐『自身』と何かを天秤にかけられた証拠だ。
それはきっと、ねるであり、てちだった。
そんなこと、分かってたはずなのに。
───”分かってるんでしょ?ねるちゃんは賢い子だもんね”
なのに。
全てを無視して、思考は悪魔に囁かれるように別方向に染まっていく。
苦しい選択をさせられる、それをさせているのか自分なら。
理佐が、それを苦痛だと背を向けるなら。
──あんなに離れようとしたのに、しがみついたのはあなたでしょう?
私は、理佐の隣にいちゃいけないんだって
元より、私は理佐といてはいけなかったんだと責めて、追い詰めて、目を背けてしまう。
それすらも間違いだと、どこかで分かっているのに。
───!!!!
「!!!」
鋭い痛みに強制的に意識を引き上げられる。
夢と現実に惑わされたままの世界。それでも脳は、目の前の現実を必死に理解しようと働き出す。
焦点が合わずにぼやけた視界は、徐々に明確となり、自分の置かれた、ただただ広い無機質な部屋を認識する。
この部屋を、私は今までも目にしてきた。
けれど、目の前にいたのはその部屋の主ではなかった。
「……愛佳、」
「起きた?いつまでも寝てんなよ、時間が足りなくなる」
「……、」
「……気づくのが遅くなった。間に合わなくて悪かった」
「っ、ちがう、愛佳は…」
愛佳は、一息吐くと強い口調を反転させて頭を下げる。未だはっきりしない頭でも、その謝罪を受けるべきではないと分かる。
けど、ねるの否定はあってないようなもので、再び顔を上げた愛佳の眼は既に強く迷いのないものだった。
「理佐に何があったの。何言われた?」
射抜く視線が刺さる。
隠すことなどできる訳もなく、愛佳の想いの先が理佐にあると分かるから
ねるは、起きた事実を愛佳へ伝えた。
黒衣装の人たち。
その人たちの中核であろうその人。
理佐からの、番の破棄。
途中でてちが居ないことに気づいて、
本当に、理佐はてちと関われないのだと、その事実を起こしたのは自分なんだと苦しくなった。
「……まずは、ねるが無事でよかった」
「!」
「ねるに何かあったら、理佐に合わせる顔がないからね」
「でも、理佐はっ!」
自分のことなんてどうでもよかった。愛佳にとって理佐がどれだけ大事な人なのか今までずっと感じてきたから。
優先されるべきは自分ではなく、愛するその人だ。
「何凹んでんの。初めて会った得体の知れないやつの話なんて鵜呑みにするなよ」
「でも!理佐が辛い思いしとるんはねるのせいで! あの人が言ってたのは嘘なんかやなか、!」
ねるの言葉に、愛佳が手を上げる。
反射的に体がすくんだけれど、降ってきたのは優しい手で。頭の上に、ぽん、と置かれた。
何もかもが違うはずなのに、頭の中は理佐でいっぱいになる。
「ねる、忘れたの。理佐はネガティブのどへたれなんだよ」
「え?」
「あいつのヘタレはそう簡単に変わらない。うちらが考えつかない方向に向かうマイナス思考だってそうだ」
「…うん、」
「そんなやつが自分が嫌だからって相手を面と向かって拒否すると思う?」
「……」
「理佐の思考の軸は、自分自身にない。そんなの、知ってるでしょ」
ひどく、優しい声。
それは自分に向けられているけれど、その愛情は理佐に注がれていると分かる。
「それでも、今までで唯一意思を通したことがある。それがねるだよ」
愛佳と理佐はどのくらい一緒に過ごしてきたのだろう。
長濱ねるという存在が、理佐にとってどれだけ大きいのかを、きっとねる以上に理佐以上に、理解している気がした。
「涙を流してまで手を伸ばしたのはねるだけだ。誰にも渡さないって意志をぶつけたのもねるにだけだ。それくらい、誰もたどり着けない位置にねるはいるって教えただろ」
「っ、でも、!」
「長濱ねる。しっかりしろ、めんどくさい生き方なんて捨てちまえ」
「──……」
ねるをけしかける愛佳の表情が、いつかの日と被ってその瞬間が明確に思い出される。
──「当たり前をぶち壊すくらいの想いがなきゃ、あいつに向き合ってくのは無理だよ。バカみたいに拗らせてるからね。だから、これはねるの為でもある。お互い苦しい思いばっかりしてらんないだろ」──
あの時は、理佐に記憶を消されていてただただ切なくて悔しかった。
そして理佐が再びその意志を投げたあの時、愛佳はきっと、ねるを見定めていた。
「あいつを守れるのはお前だけだ。それはねるが理佐にとっての特別だからだよ。そんなのはだれにも代われない」
でも、
たけど、。
理佐を苦しい目に合わせてるのは、間違いなく自分で。
それを避けられるのなら、ねるは──
「どんな苦痛より、どんな悲劇より」
「!」
「ねるを優先させる。自分の何を犠牲にしても、ねるが痛みを負うよりいい」
それは、。
「あいつが考えそうなことでしょ?」
「……っ、」
「それを本気で行くんだよ。きっと自分の命すら捨ててでも、それが間違いだなんて疑わない。そういうやつだ。だから、ねるが必要で、お前はあいつに意地でも離れちゃいけないんだ」
それを、。
愛すると、その人に誓ったんだ。
「お願いだから」
「理佐を、ひとりにしないでやって」
「──……!」
愛佳の、少しだけ悲しい声が降る。
ねるが、離れたら。
そうしたら、理佐は苦しみから解放されると思っていた。
だから、理佐は離れることを選んで。だから、もしそうなら離れるべきだとも思った。
けど、ねるが離れたら。
理佐は、誰と生きていくのだろう。
その思考は、驕りかもしれない。
酷い妄想と過剰評価かもしれない。
けれど、あの桜の木の下で流した涙を忘れてはなかったか。自分の感情を必死に、たった一言を、悲しげに紡いだ、
悲しすぎるくらいの切望と、小さな願いを
嘘だとするのなら
それこそねるは、理佐の隣にいる価値はない。
この先理佐に不幸が生じたとしても、今までに多くの幸せを投げさせていたとしても
ねるは、今まで理佐に背負わせたものより倍を背負ってでも、その先の不幸を避けるべきだ。
花の舞う、笑顔が咲く、そんな未来じゃなかったとしても、理佐の隣を、歩く。
──愛佳から見定められていたあの時とは違う。
ねるは、理佐の
ただひとりの存在となった。それは理佐にたった一言否定されただけで
得体の知れない、名前も知らないそんなひとに 知ったように言われただけで
そんなことで、揺らいじゃいけない。
ねるは、理佐と生きることを決めた。
理佐が苦痛と涙の中で願ったそれが、嘘だなんて、塵一つ疑うべきではなかったんだ。
チャリ、と一際大きく足に存在を示す金属音がして気づく。
あまりにずっと付けていたせいで、当たり前になっていたそれは
ねると理佐の、証。
逃げられない、離れられない。
それはきっと、理佐の意思でかけられた。
───はずだった。
カシャン!
音とともに、目の前に何かが落とされる。
「───……」
息が、出来なくなる。
それは無意識で、なのにひどく強制的で。
脳からの命令に、思考が置いていかれる。
苦しいと泣く意思に反して、脳も体も、最悪を想像して自分の中の何かが、大きく崩れ始めているのが分かった。
─”時間が足りなくなる”
夢に微睡む時間など、なかった。
後悔にまみれて過去を悔やみ、立ち止まる時間などなかった。
後悔は何の役にも立たず、懺悔はただの自己満足だった。
目の前に落とされたのは、血に塗れた金属片。
それは間違えようのない、ねると同じ……理佐にかけたアンクレットだった。
苦しげに悲しそうに。それを隠して誰かを想う。
いつか思い知った、理佐の影。
拭いきれない自己否定と犠牲。
それが当然で、必然だと思っている。
わかってる。分かってたのに。
止められなかった。
守ってあげられなかった。
あれだけの想いも願いも込められた『番』を破棄させる、その事態は
理佐『自身』と何かを天秤にかけられた証拠だ。
それはきっと、ねるであり、てちだった。
そんなこと、分かってたはずなのに。
───”分かってるんでしょ?ねるちゃんは賢い子だもんね”
なのに。
全てを無視して、思考は悪魔に囁かれるように別方向に染まっていく。
苦しい選択をさせられる、それをさせているのか自分なら。
理佐が、それを苦痛だと背を向けるなら。
──あんなに離れようとしたのに、しがみついたのはあなたでしょう?
私は、理佐の隣にいちゃいけないんだって
元より、私は理佐といてはいけなかったんだと責めて、追い詰めて、目を背けてしまう。
それすらも間違いだと、どこかで分かっているのに。
───!!!!
「!!!」
鋭い痛みに強制的に意識を引き上げられる。
夢と現実に惑わされたままの世界。それでも脳は、目の前の現実を必死に理解しようと働き出す。
焦点が合わずにぼやけた視界は、徐々に明確となり、自分の置かれた、ただただ広い無機質な部屋を認識する。
この部屋を、私は今までも目にしてきた。
けれど、目の前にいたのはその部屋の主ではなかった。
「……愛佳、」
「起きた?いつまでも寝てんなよ、時間が足りなくなる」
「……、」
「……気づくのが遅くなった。間に合わなくて悪かった」
「っ、ちがう、愛佳は…」
愛佳は、一息吐くと強い口調を反転させて頭を下げる。未だはっきりしない頭でも、その謝罪を受けるべきではないと分かる。
けど、ねるの否定はあってないようなもので、再び顔を上げた愛佳の眼は既に強く迷いのないものだった。
「理佐に何があったの。何言われた?」
射抜く視線が刺さる。
隠すことなどできる訳もなく、愛佳の想いの先が理佐にあると分かるから
ねるは、起きた事実を愛佳へ伝えた。
黒衣装の人たち。
その人たちの中核であろうその人。
理佐からの、番の破棄。
途中でてちが居ないことに気づいて、
本当に、理佐はてちと関われないのだと、その事実を起こしたのは自分なんだと苦しくなった。
「……まずは、ねるが無事でよかった」
「!」
「ねるに何かあったら、理佐に合わせる顔がないからね」
「でも、理佐はっ!」
自分のことなんてどうでもよかった。愛佳にとって理佐がどれだけ大事な人なのか今までずっと感じてきたから。
優先されるべきは自分ではなく、愛するその人だ。
「何凹んでんの。初めて会った得体の知れないやつの話なんて鵜呑みにするなよ」
「でも!理佐が辛い思いしとるんはねるのせいで! あの人が言ってたのは嘘なんかやなか、!」
ねるの言葉に、愛佳が手を上げる。
反射的に体がすくんだけれど、降ってきたのは優しい手で。頭の上に、ぽん、と置かれた。
何もかもが違うはずなのに、頭の中は理佐でいっぱいになる。
「ねる、忘れたの。理佐はネガティブのどへたれなんだよ」
「え?」
「あいつのヘタレはそう簡単に変わらない。うちらが考えつかない方向に向かうマイナス思考だってそうだ」
「…うん、」
「そんなやつが自分が嫌だからって相手を面と向かって拒否すると思う?」
「……」
「理佐の思考の軸は、自分自身にない。そんなの、知ってるでしょ」
ひどく、優しい声。
それは自分に向けられているけれど、その愛情は理佐に注がれていると分かる。
「それでも、今までで唯一意思を通したことがある。それがねるだよ」
愛佳と理佐はどのくらい一緒に過ごしてきたのだろう。
長濱ねるという存在が、理佐にとってどれだけ大きいのかを、きっとねる以上に理佐以上に、理解している気がした。
「涙を流してまで手を伸ばしたのはねるだけだ。誰にも渡さないって意志をぶつけたのもねるにだけだ。それくらい、誰もたどり着けない位置にねるはいるって教えただろ」
「っ、でも、!」
「長濱ねる。しっかりしろ、めんどくさい生き方なんて捨てちまえ」
「──……」
ねるをけしかける愛佳の表情が、いつかの日と被ってその瞬間が明確に思い出される。
──「当たり前をぶち壊すくらいの想いがなきゃ、あいつに向き合ってくのは無理だよ。バカみたいに拗らせてるからね。だから、これはねるの為でもある。お互い苦しい思いばっかりしてらんないだろ」──
あの時は、理佐に記憶を消されていてただただ切なくて悔しかった。
そして理佐が再びその意志を投げたあの時、愛佳はきっと、ねるを見定めていた。
「あいつを守れるのはお前だけだ。それはねるが理佐にとっての特別だからだよ。そんなのはだれにも代われない」
でも、
たけど、。
理佐を苦しい目に合わせてるのは、間違いなく自分で。
それを避けられるのなら、ねるは──
「どんな苦痛より、どんな悲劇より」
「!」
「ねるを優先させる。自分の何を犠牲にしても、ねるが痛みを負うよりいい」
それは、。
「あいつが考えそうなことでしょ?」
「……っ、」
「それを本気で行くんだよ。きっと自分の命すら捨ててでも、それが間違いだなんて疑わない。そういうやつだ。だから、ねるが必要で、お前はあいつに意地でも離れちゃいけないんだ」
それを、。
愛すると、その人に誓ったんだ。
「お願いだから」
「理佐を、ひとりにしないでやって」
「──……!」
愛佳の、少しだけ悲しい声が降る。
ねるが、離れたら。
そうしたら、理佐は苦しみから解放されると思っていた。
だから、理佐は離れることを選んで。だから、もしそうなら離れるべきだとも思った。
けど、ねるが離れたら。
理佐は、誰と生きていくのだろう。
その思考は、驕りかもしれない。
酷い妄想と過剰評価かもしれない。
けれど、あの桜の木の下で流した涙を忘れてはなかったか。自分の感情を必死に、たった一言を、悲しげに紡いだ、
悲しすぎるくらいの切望と、小さな願いを
嘘だとするのなら
それこそねるは、理佐の隣にいる価値はない。
この先理佐に不幸が生じたとしても、今までに多くの幸せを投げさせていたとしても
ねるは、今まで理佐に背負わせたものより倍を背負ってでも、その先の不幸を避けるべきだ。
花の舞う、笑顔が咲く、そんな未来じゃなかったとしても、理佐の隣を、歩く。
──愛佳から見定められていたあの時とは違う。
ねるは、理佐の
ただひとりの存在となった。それは理佐にたった一言否定されただけで
得体の知れない、名前も知らないそんなひとに 知ったように言われただけで
そんなことで、揺らいじゃいけない。
ねるは、理佐と生きることを決めた。
理佐が苦痛と涙の中で願ったそれが、嘘だなんて、塵一つ疑うべきではなかったんだ。
チャリ、と一際大きく足に存在を示す金属音がして気づく。
あまりにずっと付けていたせいで、当たり前になっていたそれは
ねると理佐の、証。
逃げられない、離れられない。
それはきっと、理佐の意思でかけられた。
───はずだった。
カシャン!
音とともに、目の前に何かが落とされる。
「───……」
息が、出来なくなる。
それは無意識で、なのにひどく強制的で。
脳からの命令に、思考が置いていかれる。
苦しいと泣く意思に反して、脳も体も、最悪を想像して自分の中の何かが、大きく崩れ始めているのが分かった。
─”時間が足りなくなる”
夢に微睡む時間など、なかった。
後悔にまみれて過去を悔やみ、立ち止まる時間などなかった。
後悔は何の役にも立たず、懺悔はただの自己満足だった。
目の前に落とされたのは、血に塗れた金属片。
それは間違えようのない、ねると同じ……理佐にかけたアンクレットだった。