An-Regret.



「……保乃、だっけ」

『……』


志田愛佳は、真祖と長濱ねるが潰されそうに身を縮めるのをちらりと視線を向けただけで、私に声をかけてくる。

どこか冷たいその態度と、線引きされたような思考を見せつけられる。


「お前らの上は誰なの」

『尾関さんです』

「その上だよ、あのチビがそれだけの行動力あるとは思えないね。あんなのただの純血主義者だろ」


この人は、何者なのだろう。

尾関さんは気づいていなかったけれど
あの『理佐』って人を不良品だと呼んだときの反応には、脳が追いつかないままに身体が強ばった。


「真祖を神聖だと崇めてるやつらは今までもいたよ。でも小言を言うばかりでこんな番破棄までさせてくるやつなんていなかった。力がないからね。そしてそれに力を借りようなんてやつもいなかった。真祖は、周りがどうにか出来る範疇にない。それはだれもが本能的に分かってる事だ」

『……』

「上は誰だ?ここを任されるくらいだ、知ってるだろ」

『……。』

「………。」


圧がかけられる。

それでも思考が遮られないのは、相手から希望も確信も感じられないからだ。
この人は、この会話に何の価値も答えも期待していないと分かる。
私が真実を述べるか虚実を吐くか、それすら気にしていない。


『…知りません。私たちは尾関さんに声をかけられた吹き溜まりです』

「そんなんでこんなことしてんの?下手したら殺されるぞ」


この人は、志田愛佳という人間は
ただの暇つぶしに、私たちに興味を持っている。
それだけ。

殺される、という言葉に誇張があるとは思えなかった。この仕事を負う時、私たちは誰しもが考えた。

…今している事が正しいとは思えん。私たちはこの生き方を好きで選んだわけやない。吸血鬼という存在自体、それほど重要に思っとらん、むしろ憎んどる…。こんな存在に生まれてこなかったらもっと普通に生きとったかもしれん。そんなことを、ただ漠然と考えることがある…。


『言ったでしょう。うちらは吹き溜まりなんです。今、生きられればそれでいいんです』

「………」


嘘なんかやない。
自分の生き方が間違っとるとも思っとらん。
そうしなければ生きて来れんかった。
どう責められたとしても、間違ってることなど承知の上で、謝ることなんてしない。

それでも志田愛佳から突き刺されるような感覚に、無意識に生唾を飲んだ。


「……あいつを信用したのは、お前らのミスだよ」

『え?』

「……好きに生きたらいい。他人がどうこう言ったところで、お前らが苦しんできたことが積み上げたことはチリひとつ動かすことはできないし」


何かを割り切るように視線を外される。

さっきまでの向けられていた興味は、急に関心を消してきて、今度は崖のふちにでも立たされた気分になった。


「ただ、したことへの責任から逃れられると思うなよ」

『……っ』


そう言って、得体の知れないその人は
真祖の元に戻り、肩を叩くと2人を立たせた。
長濱ねるは涙を止めていたけれど、虚ろなまま。真祖は前髪に顔を隠していて表情は読めないけれど、肩は落ちていなかった。

真祖は、自らに降りかかるそれに何を思うのだろう。
周りを犠牲にし成り立つ、その立場と
勝手に仕組まれ叩きあげられる肩書きに。


「……尾関に伝えろ」

『!』


真祖に気を傾けていたせいで、誰が喋ったのか認識が遅れる。
志田愛佳はさっきとは変わって、黒衣装へ言葉を投げていた。


「長濱ねるに、平手と番契約はさせない。私とねるの前にあいつを連れてこい、それ以外に選択肢はない」


部屋を出ていく3人を追いかけなければ、と一瞬過ぎったけれど
私は、ただその姿を見送る。


『……なんなん、あの人…』


私に課せられたのは『番の契』を確認するだけで
それをしないと言うのに追うこともない、とか
すぐ尾関さんに伝えたところで意味もないだろうから連絡が来た時に話せばいいかとか

受けた仕事への意欲のなさに笑えるけど、
でもどこかで
触れてはいけない何かに近づいていることが、怖いと、思っていた。


10/31ページ
スキ