An-Regret.



どこかで、回避出来る。

そう誤魔化し続けてきた妄想は、再び現れた黒衣装たちが『現実』を突きつけてきて

逃れられないのだと知った。


「……、どういうこと」

『真祖、君の番だよ。取り返してきた』


部屋でいつも通り仕事をこなしていた部屋に、黒衣装が2人やってきた。1人は後ろに立ち、人ひとりを抱えていた。

「保乃」と呼ばれ、後ろの黒衣装が動く。差し出されたのは、目を閉じたままのねるだった。

それを見て、喉に何かが詰まる。
世界がぐるぐると回り出す。
目が回る不快感。

何かが、爆発しそうだった。


「……私は…ねるを、番にする気はない…。それは他の人の所有物だ」

『その事なら気にしないで。ちゃんと手順は踏んできた。この子はもう誰のものでもない』

「……は?」


心臓が激しく鼓動する。
それなのに、脳も、指先も冷えて、ビリビリと痺れ出す。
いつもより、理性や自制が、域を無くしていく。


『反逆者には番破棄を持って、代償を払ってもらったよ。もうこの世界に存在しない』

「───……」

『だから安心してー!!!』


─────!!!!



だとしても、体が動くことなんて、予想してなかった。

感情だけで暴走するほど、自分にまだそんな心を持っていたなんて知らなかった。
そんなことを、衝撃とともに胸ぐらを捕まれ押し倒される相手を見て思った。


「……ふざけるな」


でも、そんなのは遠い自分で。
どこか現実的でない自分自身は確かに。

あまりに低い声で、感情を顕にし
馬乗りになって、相手の胸ぐらをつかみ
威圧を放っていた。


『君こそ、立場を分かっているの?』


それこそ、自分の首元に保乃の手があることなど気づかないほどに。

けど、そんなことは些細なことだった。

目の前の黒衣装がどれだけ集ったところで、自分の命が取られることはない。
それだけの力量差も本質的な違いも、初見から分かっている。


『別に、この子らが君の命を取れるなんて思ってないよ。もとより傷もつけられるかも怪しい』

『……、』

「……」


掴んだ手に、相手の手が添えられる。
あまりに、憐れみに満ちた手つきで気分が悪くなる。


『ただ、貴女は真祖だ。背負うべきものも繋いでいくものからも逃げられやしない』

「……だまれ」

『長濱ねるは貴重な存在だ。あんな不良品に譲っていいものじゃない』

「だまれ!」

『番を得ろ、平手友梨奈。私たちは君の助けになるべくやってきたんだ』

「ッあんたらが私の何を知ってる!?理佐の何を分かってる!!これ以上ー…っ!!!」

「平手」


愛佳の低い声がして、久々にその言葉を口にして気づく。
罰せられるのは、理佐だ。そして、相手はそれを狙っていた、。

愛佳に肩口を掴まれて引き上げられ、同時に後ろへと退かされる。投げるような仕草に何とか立ちこらえたけれど、なんとも格好悪い姿だった。

私が退いて、下敷きになっていたそいつは立ち上がるとパンパンと衣類を整える。そしてゆっくりとその目を愛佳に向けた。


『あなたは…どうする?』


無言の中で視線がぶつかりあう。
この時間になんのやり取りがさせられているのか分からなかった。


「………、」

「……ぴっぴ、  」

「……私はあんたらに従う気は無い」

『ふふ、賢い選択だね。あの不良品は、うちの子らが処分するから心配しないで。人目に付くことはしないから』

「……言葉に気をつけろよ」

『!』

「……。」


愛佳と黒衣装の視線が重なる。

それでも、愛佳のセリフを今更だと感じる以外に黒衣装が何かを感じとれるものはなかった。


「……第一、あんたら何もんなの。何がしたい訳?」

『あれ?名乗らなかった?』

「お初は追い出されてたんでね」

『ああ。あなたは異物だったね』

「……」

『ふふ。そう睨まないでよ。真祖の番にも自己紹介しとこう。保乃、長濱ねるを起こして』


保乃がそっとねるの頭を撫でると、ねるは引き上げられるように目を覚ます。

撫でた瞬間、能力行使が感じられて、運ばれても起きなかったねるが撫でられただけで目を覚ました理由は何かしらの能力による強制的な眠りだったと分かった。

そしてねるが起きたのを確認して、
対立する雰囲気を無視して楽しそうに口を開いた。


『私は尾関梨香。そっちは保乃だよ。まだ何人かいる黒衣装の、一応の指揮をしてる。何か手が必要な時は私に言って』

愛佳「尾関…?」

尾関『まぁ、知っての通り実質的な力はないけど小さい力も集まればバカに出来ないし。それに、番やら血族やらそういった堅苦しいこととかナーバスなところとか、そういった面では強さを持ってる』


どこか自分を売り込むような言動。それは、この状況下であまりに違和だった。

けれど、尾関はそれを当然のように受け入れる。


尾関『今はあなた達から敵としか認識されていないようだけどいつか分かるよ、私たちの行動の意味。』


どこか、子供らしい。笑顔が焼き付く。

尾関は保乃に『番を契る』それを、見届ける役割を課して残るよう指示すると、部屋を後にした。


平手「……ねる?」

ねる「………、」



ドアが閉まる音がしても尚、ねるはぼやけた顔のまま。視線をドアから外すことは無く違和感を覚える。


愛佳「お前ら、ねるに何した」

保乃「なんもしてへん。尾関さんから大事に扱うよう言われてますから」

平手「…ねる、」

ねる「……てち、」

平手「……なに?」


ぼやけた、なんて表現は間違いだった。

その表情は、虚ろで。
光を失い、見つめる対象は何処にもないようだった。


平手「っ、」

ねる「ねるは……理佐を苦しめることしか、出来んのかな…」

平手「そんなこと、」

愛佳「……」



『私たち』に何が起きている?

何が引き起こされている?

私は、2人の契りの破棄も、別れも。望んでなんかいなかった。
番の相手だって、探してなんかなかった。

私に出来ることなんて、知れていて
それ以上を望むことも挑むこともしなかった。

そうすれば、私には私ができることを。ただ、それだけに意識を注いでいれば良かったはずなのに。


ねる「てちが苦しいのも、何も出来んで」

平手「!」

ねる「理佐が悲しいのも…見てることしか出来んかった…」

消え入りそうなその姿に、私は繋ぎ止めるように慌てて手を伸ばす。
抱いたその肩はあまりに細く、息が詰まる。


ねる「……なんも、せんで。ねるのせいで、悲しいことになっとる…」


悲しみに泣く君を、この手に抱くのは何度目だろう。

それでも今まで、
私は自分を責めることをしてこなかった。

自分の境界線を引いて、それ以上が出来なかったことに防衛線を張った。じゃなきゃ、出来ないことが多すぎて耐えられない。

私の背負う『真祖』という肩書きに、周囲が求めるものに応えることが苦しくて逃げていた。

でもそれが、間違いだと思ったことはなかった。


……今までは。


平手「ねるは、悪くないよ」

ねる「……っ、ぅ」

平手「ごめん、ねる。私がもっと……、そうしたら何かは変わったはずなのに…」

ねる「っ、ごめんなさぃ、っ、ねるが、わるか、ったい」

平手「……っ、」


真祖がなんだって言うんだ。
運命を引き寄せる力がなんだって言うんだ。

『あんたらが私の何を知ってる!?』


私こそ、何も分かっていない。


後悔ばかりが世界を埋める。

ねるの嗚咽は、私の心臓を締め付けて離さなかった。






9/31ページ
スキ