火種が弾けて、世界は回り始める。

サークル部屋に入って、もしかしているかもしれないと思っていた存在はなく、
部屋には愛佳と私だけ。

愛佳は私に席を譲るでもなく、むしろ向き合うようにして机に軽く腰かけた。


「…なに、あんな呼び出し方して」

「お前、なにしてんの?」

「…」

「ねるの顔、ちゃんと見てる?」


愛佳の言葉に、言葉が詰まる。
見ていないわけじゃない。さっきだってねるのそばにいた。
けれど、その答えが愛佳にとっての答えと違うことだと……分かっている。


「……答えられないくらいならやるなよ」

「……何か言われたの」

「言うわけないだろ。そんなやつだと思ってんの?」

「……」


愛佳は小さくため息をついて、どこか攻撃的にも感じられた視線を外した。


「なんも言わないよ。いつもみたいに笑って、前向いてる」

「……」

「それがねるのためだって思ってる」

……………。


「平手は?」

「ねるのこと、どう思ってんの」
「大事なんでしょ?、片想いの相手だもんな」


ねるとは、幼なじみだった。
ねるとの記憶の始まりがどこだったかも思い出せないほど、私はねるのいる世界で生きてきた。

手を伸ばせば、すぐに届いてしまう距離で、
私にはねるしかいなかったのに、ねるは私じゃない誰かを追い始める。


「……ねるのこと、大事なんだ。」

「うん、」

「ずっと一緒にいた。これからも隣にいたいと思ってる」


ねるの世界を理佐が埋めていって、私はねるの世界から追い出される。

ねるの中から薄れることが怖かった。
ねるを理佐に取られることが、怖かった。

だから、
拒否しきれないと分かっている、そんなねるを利用して、

私は、。


「……今のままで、一緒にいられるわけ?」

「ねるから離れる気はない」


私の言葉に、愛佳からため息が聞こえる。
それが酷く腹ただしくて、悔しくて、悲しかった。


「平手。好きだから一緒にいるのと、好きだから大事にすることはイコールじゃない」

「…理佐みたいになれって?」

「……、」

「好きだから離れろって?」

「…」

「奪われないように手を伸ばした私が悪いの?大事にするためにそばいるのが悪いの?」

「平手、」

「私はねるのそばにいたいんだ!ねるがっ」

「平手、声漏れてるよ」

「!」


落ち着いた声がして振り返れば、そこには私とは反対に感情の落ち着いた理佐が静かにドアを閉めていた。
私にはそれが予想外だったけれど『理佐、遅い』という愛佳の言葉に、呼び出されたのだと知る。


理佐「ごめん。……ねるはどうしてる?」

愛佳「ラウンジ。呼んでないよ」

平手「…知ってるくせに。気になるなら会いに行けばいい、痩せ我慢してさ、」

理佐「私といたら、ねるは罪悪感に苦しむだけだよ。平手とのことをずっと背負い続ける、それだけ。私のことを好きでいてくれるから尚更」

平手「っ、なにそれ」

理佐「私は、ねるを諦めたわけじゃない」

平手「!」


理佐の視線が上がって、私に刺さる。
今までで向き合ってきた優しい理佐とは違う
固い意思を持った眼が、私に向けられた。


「何年先でもいい、平手が過去になるその時に、私はまたねると出会う」

「………」

「平手との関わり方を否定なんかしないよ。好きだから近くにいる、それはとても大事な事だと思うから」

「っ、ふざけてるの」


その言葉は、何年先でもねるは理佐への想いを変えることはなくて

たとえ私が何年そばに在ったとしても、ねるの隣に添うことはありえないと言っていた。


強い瞳は、挑発でもなく虚勢でもなく
それを確信していた。それがたまらなく悔しかった。


「本気だよ」

「!」

「平手は平手のやり方でやればいい。私には関係ない」


理佐、と声が聞こえて愛佳が制止に入ったのが分かった。
愛佳にだって、こんな攻撃態勢にある理佐を見たことがないんだろう。それほどに、理佐の中で、ねるは。あまりに大きいのだと知る。


「…私がねるを見つけてから、ねるが見つけてくれるまで待った。ねると出会うために、時間を惜しむ気は無いんだ」

「……」


私は、ねるのそばにいたい。

それが揺るがされただけで怖くて、悔しくて。
ねるを傷つけてしまったのかもしれない。

あの時、確かにねるは私を見てくれていたけれど
その行為は、ねるが私を見てくれなくなる引き金だった。


「……平手は平手だよ。平手の存在を私は揺らがすことなんて出来ない」

「………、」

「私は別れを選んだ。平手は隣にいることを選んだ。その選択を後悔なんてしない」


選択した先を、犯した先を、見据えられたならどんなに楽だろう。

好きな責任を負い、間違いから逃げ、
安牌な人生と、関係性を築いて、後悔なんてしないかもしれない。

でも。

そこに、想いはあるのだろうか。


「……」


私がしたことは間違いだったかもしれない。
今の選択も、ねるを苦しめているのかもしれない。

それでも。

理佐の選択だって、間違いのない正解だったかなんてまだ分からない。


「……後悔しない。私は、ねるのそばにいる」


私の言葉に、理佐は

優しく微笑んだ。








───数年後、ねるの友人が結婚をした。
それまでの数年間の間に、ねるは私にも笑ってくれるようになって、苦しい顔をしなくなった。

まるで恋人のような距離感の時もあった。期待した自分がいたのは、事実で。

でも。

ねるに、深く、一線を引かれて。
言葉にすることも出来ないほどの何気ないものだった。それが、視線だったか、言葉だったか、動作だったかも分からない。

けど、その時。ストんと脳の中に落ちてきた。

『何年先でもいい、平手が過去になる、その時に──』


──ああ。ねるにとって、私は。私とのことは過去になったんだ。



式当日。愛佳から理佐が業者として来ることを知って
理由も分からず笑顔が溢れた。

ねるとのやり取りの後、私を支えてくれる人とともに、ホールを通りがかる。
そこには、すでにギャラリーが揃っていて
後ろから覗き込んだ先では

理佐は、ねるに。
一輪の花を差し出していた───

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