Unforgettable.
「ねえ、理佐」
「…なに?」
「もう一回だけ会いに行かない?ねるに」
「…………」
「最後にするからさ、あんな別れ嫌だろ?」
あの夕立に打たれてから数日、理佐は風邪をひいたことも重なり学校を休んでいた。
それに付き合うように愛佳も学校を休み、看病と銘打って理佐から離れようとはしなかった。
『消えたい』
そう言った理佐から目が離せない心情だった。
「…ねるとのことはもういい」
「そういうの、なんだっけな。…しょくざい?とかいってまた吸血鬼になるぞ」
「………そんなの、諸説でしょ」
「わかんねーじゃん」
ねるもそんな話を読んで、死んでるのかもとか思ったのかな…
気だるい頭で考えつくのは、ねるのことばかりで。
愛佳の話に、会いたいとも会いたくないとも思う。
会わないように言い訳を探しては、会えるように愛佳の言葉を待っていた。
「なんの話すればいいのか分かんないよ」
「…さよならって言えばいいんじゃない?悪いことしたって思ってるんでしょ?」
「……」
「最後にするんなら、最後こそ後悔なくやれよ」
目線を上げると、真っ直ぐな愛佳の目とぶつかった。
なんとなく、外せなくて声が小さくなる。
「………もう、後悔なんてないよ」
「うそつけ。どんな顔してるか鏡見て来いよ」
「…っ、うるさいな」
理佐は逃げるように布団を被り、愛佳に背を向ける。
今このままねると別れれば、何よりも根強く、自分のことがねるに残るんじゃないかと考えている自分に気づいて、最低な上に狡いやつだと思った。
そんな現実から逃げるように更に布団を被っていく。
自分の考えにさえ耳を塞ぎたかった理佐に、愛佳の大きなため息が届いて
罪悪感に苛まれた。
「………わかったよ。じゃあもういいからさ、学校にだけ荷物取りに行ってこい」
「は?やだ」
バサッと布団がはぎ取られる。まさかそんなことしてくると思わなくて、理佐はパニックになった。
「っえ、愛佳!?」
「やだじゃねーよ、そんな所まで尻拭いできっか!めんどくさい!」
「い、いいじゃん、友香にお願いすれば!」
都合が良すぎるけれど、学校には行きたくなかった。ねるに会うかもしれないし、平手にだって会うかもしれない。
時間をずらせばいい話なのだろうけれど、確率が0%じゃない限り避けたかった。
なのに、愛佳は許してくれない。
「いいから行け!子供じゃないんだから!」
「……ぶっ!!?」
そしてまたバサッと布団がかけられる。
布団で遮られた世界に諦めるしか無かった。
◇◇◇◇◇
ーーーガラ、ガラガラ…
ゆっくりと教室のドアを引く。
あれから数日経って、「いい加減にしろ」と愛佳に叱られて学校へ来た。生徒のいない時間を狙ったとはいっても、予想もしない用事とか家庭の事情で残っていたりすることも否定出来ない。
教室に誰もいないことを確認して、自分のロッカーと机に向かう。
机には大してものを入れていなかったことを記憶していたからロッカーに置いたものをカバンに詰めていく。
ーーこんなの別に、誰のかわからなかったら処分してくれるじゃん…
心の中を、不安と不満に溢れさせながら作業を進める。
「……りさ」
「ーーーー………」
大好きで愛しい声に
無意識に息が止まった。
ああ、ほら。やっぱり。
0%じゃないじゃん。
「……っ、それ、どうすると?」
ううん、本当は気づいてた。
90%くらいは、………限りなく100%に近い確率でこういうことが起こるだろうって。
きっと、期待してた。
どこかで願ってすらいたと思う。
「……ねる」
「荷物置いてよ、理佐…」
心の奥底の、幼い私は
君ともう一度会って、
話がしたかったんだ。
ゆっくりと近づいてきたねるの手が、理佐の荷物を持つ手に触れ、
その荷物をひきはがす。
「…理佐」
「……こ、れは、」
重力に引かれ、荷物が床に落とされる。
ねるの強い瞳に睨まれて、悪いことなんてしていないのに、怒られるんじゃないかとドキドキしてしまう。
「べつに、ただ荷物取りに…」
「気づいとるよ、理佐が…消えたいって思っとること」
「っ、」
「……でもわからん。理佐のこと」
ねるの目が、離してくれない。
苦しくて、でも、心地よかった。
「…ねる、私…」
「ちゃんと話してくれる?理佐のこと。ねるもちゃんと聞くけん…」
ぐっ、と力強く手を握られて
あの時の、ねると帰った日を思い出す。
きっと、あの時のように逃げてはいけないんだ。