An-Regret.



「あ、土生ちゃん」

「みいちゃん、もう終わり?」



あれから、大した年月もなく高校を卒業して
私たちは出会った土地を離れ大学へと生活を移した。

みいちゃんは私から離れることなく
私は、君を背に守り続けている。



「ううん、このあとまだ1個講義受ける。そしたら帰るな?」

「じゃあその辺で待ってるよ」

「ええの?」

「いいよ『みいさん!』──?」


聞き慣れないその呼び名を、君はどこか嬉しそうにした。

それが 例え。
先輩という立場や、懐く後輩への歓喜だとしても。愛情ではないと分かっていても。


「、いのりちゃん、どうしたん?」

『別になんもないんですけど、みいさん見つけたんで!』

「あはは、かわいいなぁ」

「………」


それでも。私は。
君が綻ぶその一瞬が、自分ではない誰かに向くことが───




「……今のだれ?」

「講義被ってる子やで。うちがペン失くしてたとこ貸してくれたんよ」

「……ふぅん」

「いい子やで。土生ちゃんも、」

「ペン、見つかった?」

「え?」

「なくしたやつ」

「うん、結局落し物箱に置いてあったわ」

「……そう」

「なんやあ?、心配しとるん?大丈夫やって」

「………みいちゃん」

「んえ?」

「コーラ溢れてるよ」

「うわ!通りで服重い!!」



みいちゃんの見に纏われた白い服が、茶色に染る。
拭いても落ちることなく、痕跡は見るだけで明らかだ。


「……帰ろ、」

「ん?」

「その服で講義受けられないでしょ?帰ろうよ」

「んー、ぁ。大丈夫!」

「、」

「さっき、いのりちゃんがなぁ服返してくれたんよ。着替えあって助かったわー」

「服?」

「うちよくこぼすやんかぁ、たまたま着替え持ってっててん。そしたらいのりちゃんがカレーこぼしたって服貸した……!」

「みいちゃん」

「っ、くりしたぁ、どないしたん?」


みいちゃんの思考を奪い返したくて、その腕を掴む。その反応に、力を入れすぎたかと不安になったけれど離す気にはなれなかった。


「……分かってるよね?」

「ん?」

「いのりって子、人間じゃない」

「……」

「私たちのことも分かって関わりに来てる」

「……土生ちゃん」

「急にこんな続けざまに関わってくるなんておかしいよ、」

「分かっとる。でも、そうやって遠ざけて遠ざかってずっと暮らしていくん?長く生きていくのに、関わらんなんて無理や」


意志の潜んだ瞳は
いつかの日と同じなのに、全く違うもので。

その意志の強さに、みいちゃんらしさを感じて嬉しいのに
その矛先が私じゃなくて悲しい、。


「……私がいるだけじゃ、だめ?」

「そんなわけあらへん!…けど、だからって誰もいらん訳やない」

「……」

「せっかく大学に来たんやで?友達やって欲しい」

「………、何かあったらすぐ呼ぶんだよ。誰を傷つけても、みいちゃんのことは守る」

「…土生ちゃん、」

「そう、決めたの。だから」


君に歯を突き立てた時。
皮膚を破り、溢れた血液を飲み下した時、。

君を番として引きずり込んだ時。

君の全てを背負うと、決めた。


「……着替えてくるわ」

「講義の時間もすぐだよね。カフェにいるから、終わったらおいで」

「うん」


すっきりしない表情のまま、みいちゃんは私に背を向けて足を進める。


「………はぁ」


何かが起きる。
それが当事者か傍観者かは分からない。

それでも。

友人を作りたい君を止めることなんてできない。
足を進める君に、足枷を付けることなんてできない。

私に出来るのは、君の全てを背負い、守ることだけ。


首元のチェーンがチャリ、と音を立てる。


ネックレスの大元は、その身を守る意味合いから使用され始めたとどこかで耳にした。
そんなの、今でもその意味を持ってつけてる人は少ないかもしれないけれど、それでも。

お揃いのネックレスは、首輪でも飾りでもない。
君を守る、意思表示。



それを許されるのは、

私、だけだ。


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