火種が弾けて、世界は回り始める。
「やだっ!!」
ねるの声が響いて、尾関がこっちに視線を向けるのが分かる。
でも直ぐに、視線を伏せてくれた。
泣きそうなねるを他所に、どこが冷静な自分がいる。
私の中ではもう、心に決め終わったことなのかもしれないと
少し寂しくなった。
「…ねる、」
「ねるが悪いって分かっとる、っでも、別れたくなか!」
「………」
「こんなん、なって……っ!でも、」
「ねるは悪くないよ。さっきも言ったでしょ」
私の声に、ねるはぶんぶんと頭を振って必死に否定する。
…知ってるんだよ、ねる。君が1番自分を責めてるって。そういう子だって分かってる。
それを私がそれ以上に責めるのは、自己満足以外にない。私が、ねるに、感情をぶつけて発散したいだけなんだ。
そんなことで、君を傷つけたくない。
「りっちゃん、っ、」
「………」
『平手と女取り合うならそれくらいしなきゃーー』
また、愛佳の声が降ってきて
どれだけ平手に囚われてたか分かる。踏ん切りをつけたはずのそれはまだ、私の心に絡みついているんだ。
コーヒーを1口含んで、舌先に走る苦味に思考を冴えさせる。微睡み悩んだ思考じゃ、ねるも私も先には進めない。
「……ねると2回目会った後、友達に平手と女取り合うなら、抱くぐらいしろって言われたんだ」
「、」
「ずっとね、それが飲み込めなくて。結局こういうことになって…自分が平手に負けたとか、勝てないと思ったとか考えてたけど」
きっと、愛佳達から見ればそれは間違いではなくて。結局、ねるの中で平手は特別なんだと
比べて勝てる立場ではないのだと、思う。
でも。
「でもね」
この別れが、悲しいものだと思って欲しくない。
拗れて狂ってしまった関係を、
どこかで変わってしまった考え方を
私たちの関係を。
やり直したい。
「私は、ねるが好きで」
君が好き。
でも、別れなくちゃいけないと思う。
矛盾するこの答えを、受け入れられないねるにどこか安心する。
でもきっと、私の言葉は信じてもらえていないだろう。
この場を綺麗にするためだけの言葉だと捉えられても仕方がない。それでも、この気持ちに、嘘も繕いもない。
初めて送った愛の言葉は、確かに。
形も、綺麗さも変わらずに君を想ってる。
「平手のことは関係なくて、ずっとねるだけを想ってた」
「………」
始まりは、確かに。紛れもなく私とねるだけだった。
それを誰かとの勝ち負けで評価し始めた時点で、私はねるを見れてなかったのかもしれない。
「ねるは、りっちゃんが好き、やけん、別れたくなか、」
「……うん、」
ねるの『好き』が悲しみで染まっている。
それは私が別れを切り出したからじゃない。
ねるが、私といることで苦しんでいるからだ。
「ねる……」
「…っやだ…!」
ねる。君が私を呼べないことに、気づいてるかな。
それが、私のせいだと分かってる。
平手とのことも、
その後の私の言葉にも
君は傷ついて、たくさんの自責を背負ってる。
それは私や平手と居たら、きっと降ろせる日は来ないから。
「別れんで、!」
「………ねる、」
「てちとも、関わらんっ! 」
「ねる、」
「最低やって分かっとる、!けど、別れるなんて言わんで」
「………、」
震える声で必死に届けてくれる、その気持ちを切り捨てる私は最低だろうか。
縋り付く君の手を、解いて放す私は酷い人間だろうか。
「私の事、理佐って呼べないでしょ?」
「!」
「私と別れることに、平手のことしか浮かばないでしょう?」
「──っ、」
泣いちゃうかな。私の言葉は君の脆くなった心に鋭利な刃物として突き刺さってるのかな。
「それを責めるつもりはないよ。私たちにとって今回のことがきっかけなのはそういうことだから」
…私の願いは、ねるが笑っていられることなのに。
「ここまで拗れてしまったまま、一緒にいるのは苦しいだけだと思う…」
ねるが好きだという気持ちは変わらない。
だけど、。
──繰り返される言い訳のような思考と、ねるからの拒絶の言葉。
湯気を立てていたスープは、冷たくなり
やがて時計は開店時刻を示す。
2人だけだった世界は、ガラスを割ったように崩れ去った。