An-Regret.







「ーーー……、ぅ」

『あ、起きはったー』

『井上、うるさい』

『起きたら知らせてって言った!』

「ー……っ、」


目が覚めて感じたのは、腕が動かせない窮屈感と、次いで体中の痛みだった。
力を入れると腹部が痛む。
腕は後ろに縛られていて自由が効かなくて、背に当たる硬い柱に回るように括り付けられていると気づいて、どこかのドラマのようだと思った。
体を打ったのか、身動きすればどこと断定することも出来ないまま体に痛みが走って顔を顰めてしまう。

どうすることも出来ない現状に苛立ちながら視界を走らせて目に映る物から情報を得る。
目の前には黒衣装がふたりいて私を監視している。幼さの残るその顔は、見覚えもなかった。
床はコンクリートで、人工的な部屋に捕らわれている。出口は見えない。
そして、ここには自分と目の前の2人。3人しかいない。

ねるは、いない。


「…ねるはどこ、」

『あ、やっぱり番が心配なんや!』

『そらそうやろ、番やで』


私の問いに答える気はないようでおもちゃで遊ぶようなその態度に腹の奥がくすぐられる。その感情を押さえつけるように歯を噛んで、理解が追いつかない頭を必死に回した。


目の前のふたりは、私とねるを、知っている。そして番を結んでいると分かっている。その事実を飲み込む。

ねると襲われたあの時の2人。声を聞く限り、目の前の片方がその1人だ。

感情を見せないように話すそいつは今は攻撃的な様子はない。
拘束されていて大人しいからか、もしくはねるに狙いがあったか。番の契りのおかげで、ねるが生かされていることは分かる。
でもこの状態で互いに生かされてる意味はなんだ?

そもそも、何を目的に狙われた、?


『…なに、うちらのこと探っとるん?聞いたらええのに。そうやって内で分析にかかるん嫌いやな』

『うち井上ー!こっち夏鈴な!』

『黙っとけ!』

『えー!』


どこか浮ついた声の『井上』に、何かが絆される感覚に惹き付けられる。それを必死に引き戻す。

……感情を見せないように話す『夏鈴』

私を殴ったのは『夏鈴』だ。
けれど、聞き覚えがない。顔を見ても覚えはない。



ねるを引き合いに出さないということは、2人はねるの状況を知らないのか?
ねるは、無事なのか、。

自分の無事なんて関係ない。
ねるは。どこで、どうなっているか、それだけが不安で仕方がなかった。


理佐「……ねるはどこ、何した、」

夏鈴『うわ。不良品のくせして、立派に番守るん?かっこいいなぁ、守れてへんけど』

理佐「……っ、」

井上『夏鈴、意地悪やな』

夏鈴『………。』



ーーー不良品ちゃん、

心臓を抉る様なあの言葉は、自分を知っている証拠だ。

でも、理佐は目の前の2人を知らない。
年上ならばあの環境にいたかもしれない。
けれど、恐らく自分よりも若い。

平手家に関わりのない者たちなら、自分を知る訳もなく
関わりがあるのなら……知っているはずだ。吸血鬼の時間軸での自分が平手家を出たのは、あまりに最近だ。


理佐「……あんた達、なに?私のこと知ってるの、?」

夏鈴『……うちらは指示に従っとるだけ。真祖がどうとか、真祖の番がどうなんて知らん。あんたが、収奪したとか?あんま関心ないな』

井上『うちもちゃんとは知らんなー。ちゃんと知っとんのはちゅけもんとまつりかー?』

夏鈴『…べらべら喋んな』


夏鈴は冷たい目で、業務をこなすように答え出す。井上は、読みどころなく返答を返してきた。

あまりに勝手で、理不尽な。
感情も想いもない。
目的が、ない。


「なに?そんな、わかんないでねるになんかしたの、?」

『長濱ねるには何もしとらん。大事な真祖の番やから大事に扱えって言われとる』

「………っ、なに、言ってんだ」


何を、言ってるんだ。
何のために、やっているかも分からないで
こんなこと…。

理不尽な行為。
唯一の存在を、奪って。
ねると過ごしていた、平穏の…破壊。

あまつさえ、平手のあの行為を、優しさを、
自分たちのやり取り全てを、踏みにじられる、この感覚。

感情に引っ張られて力が入る。
縛られている手に縄がくい込んで痛む。
ギチギチと鳴るそれは、縄なのか、自分の体なのか分からなかった。


夏鈴『……やめぇや、怪我すんで』

理佐「…ねるを返せっ、平手に、手を出すな!!」

夏鈴『!』


ブチッと鳴ったのは、自分か、縄か。
それでもそんなことはどうでもよくて。

解放された体を感情のまま動かした。

地を蹴り、夏鈴に手を伸ばし、相手の反応より早く触れられると確信した。



気づかなかった。

真祖の番という言葉から、”候補”が消えた、意味にも現実にも。







─────!!!!!


「ーーっ!!??」


地を蹴ったはずの体。
夏鈴に手を伸ばし、確かに触れた指先。

それは全て、冷たく硬い地面に押し付けられていた。


『ーーダメでしょ。ちゃんと縛っとかなきゃ』

「ーっ、!?、か、っ」


どこから来たかとか、誰か、とかそんなこと考えられない。

ーー息が、出来ない。
押し付けられた衝撃のせいだと思っていたけれど違う。

後ろから掴まれた腕に、首が締め付けられている、。なぜ。
その思考に酸素は消費され、何も考えられなくなる──、。



理佐「ーー……、、…ー!」

夏鈴『あかん、まつり。それ死ぬで』

『あれ!?』

理佐「っ!、げほっ!はっ、が、!」


のしかかられたまま首が解放されて、息が許される。
急な呼吸に咳が止まらなくなる。ヒューっと呼吸が鳴って、与えられた呼吸に安心する自分がいて嫌になった。


『危ない、番破棄させるまではダメだよね。』

「─……っ、」


この声。
こいつだ。

ーー不良品ちゃん、


「おま、えが…」

『ん?』

「ねるをどうした…、!」


背に乗る相手を必死に睨む。
見下ろしてくる瞳の色が消えて、体が強ばった。


『…長濱ねるは真祖への献上物だ。お前ごときが、名を呼ぶな。番は破棄しろ。従わない場合…長濱ねるによる番棄却の行為をとらせる』

「ーー……、、」

『とのご命令です』


献上物、?
何を言ってるんだ。


無感情に飛ぶ命令。『まつり』はそれが全てだとでも言うように、言い終えるとにっこりと笑顔を向けてきた。


「…っ番は絶対だ。破棄なんて出来るわけない!」

『…それが出来るんだよねー。手段を選ばなければ、ね』


井上『今までやって、自分で長濱ねるにそう言っとったやろ?ほんなら、嘘が本当になって良かったやん』

「ーー!」


見透かされているように言葉が襲う。
けど、何よりも。

長濱ねるに番棄却の行為をとらせる。

その事実が、腹ではなく脳を、煮立たせた。


夏鈴『!!』

理佐「……っ、やめろ、!」

『うわわ、』

理佐「っねるに、平手に…!そんなことさせないっ!!」

井上『おー!かっこええ!』



茶化すような声が、腹の奥を捻るように気分が悪くなる。奥歯を噛んで、ブルブルと震えて限界を訴える筋肉に無理やり力を込めた。



ーーねるに、行為をとらせる。
それは、ねるがその身を差し出し、番の違反行為をさせるということだ。

由依が、ねるの血を飲み下したように。

ねるに、2度も。あの苦痛を、あの後悔をさせるなんて許せない。


なら。自分が、相手の言う方法で『破棄』すればいい。

もとより。
自分は。


『不良品だもんねぇ。そんなんじゃ番も可哀想だよ』

井上『真祖と暮らしてれば、苦痛も少ないんちゃうかなぁ』

夏鈴『こうやって変な輩に絡まれたり、危険な目にあうこともないやろうしな』

「………っ、」



不良品で。出来損ないで。
今まで、私がいたことで面倒もあったはずだ。要らない労力を費やしたこともあるだろう。

誰かと、…ねると、釣り合う存在価値なんてない。

誰かを傷つけてまで、自分の価値を通す。私の意思にそんな意味はきっとない。
自分の意思も価値も、他の誰よりも劣ってて。

それを比べるものじゃないと分かっているけれど、それでも。
誰かが、望むものの対極に自分がいるのなら
それは、自分がいなかったことになればいいと思うんだ。


対極になんていない。
むしろ、存在なんてしていなかったように。

消して、潰して、、塵を飛ばすようにどこかへ。



『『これは警告だよ、渡邉理佐。自分のせいで長濱ねるに危害が起きる。それは望んでいないはずでしょう?』』

「───……」


天の声のように、言葉が降る。抵抗していた足から力が抜けて、床に落ちる。
小さく、アンクレットが音を立てた気がした。



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