An-Regret.


──────────────────




扉がノックされ、
華奢な体つきにそぐわずに、人1人を抱える黒衣装の2人が室内に入る。ノックを受けたのは、少し小柄な女性で、2人はその人に見せつけるようにして
ねると理佐を床に降ろした。


『連れてきましたー』

『……殴ったの?ダメだよ。理佐は友達なんだから』

『ごめんなさい。ほら夏鈴も謝って』

『…ごめんなさーい』


夏鈴の言葉に謝罪は込められているようには取れなかったが、それを気にも止めていないように
その人は理佐へ視線を落とす。
殴られた頬は赤く腫れて、口の端からは血が見えていた。
指先でそれを拭い、血に汚れた指先を眺めてから
それを床へと擦り付けた。


夏鈴はその姿を訝しげに見ながら事を進めようと、口を開く。


『…この人はどうするん?』

『……その人は、真祖の番になってもらわなきゃ。大事に扱ってね』


言葉とは裏腹に、どこか敵意を抱えた視線をねるに向ける。
夏鈴は、指示が増やされた上に『大事に扱え』なんて面倒な内容に疑問を挙げずにはいられなかった。
今も目を閉じたままのこいつは黒いモヤを吸えばすぐ落ち、
抱えて移動した間でだって、契りを結んだだけの人間にしか感じられない。


『なんかこの人、そんなすごい人に見えんけど。人間やろ?』

『馬鹿だなー。ただの人間が真祖の幼なじみなわけないじゃん。ですよね?』

『まあね。でも真祖の番候補でありながら別の人と契るなんて普通の人がやることではないよ』


3人の目がねるに向けられる。
真祖は、特別な存在だ。それは誰に教えられるわけでもなく、直感的に、本能的に感じるもので
それに惹き付けられ、捉えられてしまう。
そしてそれに、候補として認められるなどあまりに───、。


なのに。
目の前に眠る、その存在は。
それを捨て、不良品と契りを行う暴挙を犯した。

疑問に思うことではない。
それは最早、考えるまでもなく罪として罰せられるべきだ。


『…とりあえず、理佐は暴れたら大変だから縛っといて。ねるは…まあ閉じ込めとくだけでいいや』

『友達さん縛っていいんですか?』

『いいよ。たぶん言うこと聞かないから』

『はーい。やろ、夏鈴』

『めんどいー』


夏鈴はねるを、片方は理佐を抱える。隔離するための場所へと霧と共に部屋を去った。


『……、』


夏鈴達が去り自分1人になったはずのその空間に、また1人存在が増える。
けれど、それに驚くことも無くその人は声をかけた。


『……どうしたの?』

『こんなんしてええんですか?』


明らかな、不満の声。
それが何に対してかなど、言葉にする方が野暮だった。
今、この瞬間。
自分たちは、真祖に歯向かい、意見を通している。

あまりに、強引なやり方で。


『あなた達の中に反対派がいるなんて知らなかったな』

『そうやないですけど…番は絶対なんですよね?番の破棄なんて、…あのねるっていう人にも罰が下りるんですよね?そしたら真祖やって…』

『それは大丈夫だよ、考えてる』

『……、』


具体策を目下である自分に話さないことに、
意義を立てるなんて出来ない。
けれど、そんな言葉だけで解消できるほど不安は軽くなかった。
もとより、そんな言葉で解決できるのであれば 疑問を投げたりしなかった。


『真祖思いなんだね』

『そんなんやないです、』


蟠りは色濃く。
互いに気づいているそれを、強引に
押し流した。








『あ!どこ行ってたの!』

『足止め行ってたー。みいさん優しいわー。でも土生さん怖かったー。あれバレとるわー』

『井上がウザかったんやろ』

『え!ウザくない!』

『絶対そうだって。バレてたらこっち来るじゃん』

『えー、そうかぁ。ウザかったかぁー』


何気ない会話とはかけ離れ、片や人を縛り、片や奥の部屋へと人を置き外側から鍵を閉めた。その光景は、陽気な会話とはあまりに不釣り合いだったけれど、
この場にいる誰も、そんなことは何の疑問にもならなかった。






4/31ページ
スキ