An-Regret.
目の前の現実に『襲撃』の言葉が過ぎる。
あまりに非日常の事態に体が動いたのは理佐が先で、ねるの視界は理佐の背中になった。
「理佐っ!?」
「っ──!」
『――……。』
理佐の先で、目の前が黒い霧に染まり
それは急激に人型を作ったかと思えば
その姿を黒い衣装に包まれた『誰か』に変えた。
目の前の現実に戸惑うねるに、理佐は直ぐに腕を伸ばして『それ』からねるを守るような姿勢をとる。
けど、焦燥感は収まるどころか大きくなった。
『この黒い人たちは、理佐を傷つける。』
その根拠の無い確信を伝えようとした瞬間、理佐の手に突き飛ばされて、急な衝撃に数歩下がる。わけも分からないまま顔を上げれば
直感は現実になる、その瞬間が目の前にあった。
「やだっ!理佐」
「ーねる!逃げてっ!」
理佐は溢れ出される黒い霧に包み込まれていく。
でも、理佐はそんな自分のことよりもねるに焦った声を向けて。それでもねるは目の前の理佐のことの方を優先させてしまう。
理佐に伸ばそうとした手に黒い霧がまとわりついていて気づく。霧はいつの間にかねるを囲うように広がり、徐々に色濃く…再びその形を生していた。
「……っ!?」
『──長濱ねる、、真祖の番…』
「しんそ、、?てち…?」
理佐を捕らえる霧、ひとり。
ねるを囲う霧、ひとり。
いつの間に、この人たちはここに来たのだろう、。
てちのことを知っている。
それでも、真祖であることを考えれば知らない人がいる方が変だ。
けれど、ねるは。理佐の番なのに。
「ねる!吸っちゃダメだ!」
近すぎるその距離から発せられた言葉に思わず反応して。理佐の忠告を無駄にして、震える呼吸とともに、漂う霧を体に吸い込んでしまう。
そのまま、意識は途絶えてしまった。
「ねる!!?くそ!はなせ!」
倒れたねるに、黒いやつが手を伸ばす。
周囲を囲むモヤはどれだけ腕を振り回しても退かすことが出来ず、空を切るようで力が通じない。
なのに、見えない壁に阻まれるようにねるに向かうことは許されなかった。
ねるが抱えあげられて、焦りと苛立ちが腹の奥底をせり上げる。
息が詰まる、その瞬間。少し幼い声が届いた。
『番を破棄しろ』
「──!?、なに、言って、」
『紛い物は言うこと聞いてればいい、』
―ーーー!!!
「ー、かっ、…、は、!!?」
衝撃とともに息が出来なくなって、遅れてきた吐き気と痛みに
殴られたと知る。
酷い倦怠感が全身を回って、体を巡っていた血液が鉛になったかと思った。
あまりのしんどさに、視界が歪む。
『だめだよー。あんまり殴っちゃ。死んじゃったらどうすんの』
「ーー!??」
張り詰めた空気に、
場違いな程の明るい声。
それでも、敵意は誰よりも影を持っていた。
体の重さに耐えられず地面に落ちたまま必死に目線を上げる。
黒い衣装に映える、
白い歯が、気持ち悪い。
『そう簡単に死なへん、』
『わかんないじゃん。だって。ね?』
「――……、、」
『不良品ちゃん、だもんね?』
振り下ろされる手と頭に響く衝撃を最後に、意識が途切れさせられる。
………そうだ。
私は、ずっとそうだった。
何も変わってなんかない。
紛い物で、不良品。
誰よりも、何よりも、私は私が嫌いだ。
いつか言われた、ねるが愛してくれる理佐を……自分を。
愛することなんて到底出来やしなかった。