火種が弾けて、世界は回り始める。
「………、」
目覚めは頭痛とともに、降ってきて。
ぼやけた意識のまま、条件反射のように体にかかっている布団をどかす。
目の奥が痛い。
鈍い頭痛は頭全体に広がってどこが痛いのかも分からなくなる。
起き上がれば、少しの刺激に皮膚が泣いて
昨日の行為を思い出させてきた。
「……、りっ!?」
「……おはよ。大丈夫?」
「……っ、」
慌てて見回した先で、ベッドから離れたソファに理佐はいて。
優しい言葉が投げられて、息が詰まる。
理佐がいてくれて嬉しいのに、抱きつくこともましてや顔を上げることも出来ずに
ねるは布団を握りしめた。
「…少し歩いたとこに静かなカフェがあるから、朝ごはん食べよう。昨日は夜食べてないもんね」
昨日失くしたはずの、存在
ありえないはずの、優しさ
向けられることのなくなったはずの、微笑み、
伸ばされるはずのない、りっちゃんの手、。
「服、私ので悪いんだけど着れる?一応ねるが着れそうなの選んできたんだけど」
「……うん、」
これは現実なのだろうか。あまりの悲しみに都合のいい夢を見てるのかもしれない。
でも、りっちゃんに差し出された服を着て、りっちゃんの匂いに包まれて、胸の奥が締め付けられた。
ホテルを出れば、少し冷えた空気が肌に触れて
中よりも澄んだ空気が体内に入り込む。
りっちゃんに手を引かれて、まだ少ない車が視界を横切っていく。
すごく居心地が良くて、きっと昨日のことがなければ今この時間は幸せだったと思う。
ただ、
歩く度。
手を引かれる度。
りっちゃんの手から温もりと、少し冷えた指先を感じる度。
りっちゃんの香りが、掠める度に。
幸せに浮かされた瞬間と
奈落の底に落とされる感覚が繰り返す。
りっちゃんは、どう思ってるんだろう。
許してくれるのかもしれない、なんて馬鹿みたいな絵空事を妄想しながら
優しいりっちゃんは、冷たくできないだけだと妄想を打ち消す。
優しい空気のまま、別れが来るのかもしれない。とゾッとして吐きそうになった。
「ねる?」
「!」
「着いたよ、大丈夫?疲れた?」
「ううん、大丈夫…」
気づけば、りっちゃんはこっちを振り返っていて
目の前には落ち着いた雰囲気の小さいカフェがあった。
まだ『CLOSE』のプレートがかかるドアを、なんの躊躇いもなくりっちゃんは開けた。
「おぜー、」
「いらっしゃい、理佐」
中に入れば、カウンターの奥にいた女性がりっちゃんと会話を交わす。
「ごめん、無理言って」
「大丈夫だよ、そのうちまた手伝いに来てよ」
「うん。」
「今軽食作ってるよ、飲み物は?」
「コーヒーあればそれで。ねるは?」
「あ、えっと…」
「メニューこれね。注文あとでもいいよ」
「…すみません」
「……奥の席、借りるね」
「うん」
おぜ、と呼ばれた人は
泣きたくなるほどの笑顔と優しい声で接してくれて。
りっちゃんとのやり取りにも、その親しさが伝わってきた。
メニュー表をもらって、りっちゃんに連れられて席に着く。
小さなテラス側に向けられた席は、朝日を浴びて癒し効果を出すみたい。
コーヒーを挽く音と少しして香りが流れてくる。
ひどい静寂を誤魔化すのはミルの音、何かが焼かれる音、食器のぶつかる細かな音、。
目の前には、綺麗な女性。
開店前のカフェは、知らない世界に連れてこられたみたいだった。
「さっきの人ね」
「え?」
「さっきの人、高校で仲良かった先輩なの。店長やっててさワガママ言って開けてもらったんだ」
「そう、なんや…」
「いいでしょ?落ち着いてて。今はこうだけど、昼間は小さく音楽かかっててね。本を読む紙の音とか、キッチンの何気ない音とか綺麗な雑音がね、私は好きなんだよね」
ねるを見ない、その横顔と微笑むような表情。陽に当てられたそれは、写真集の1ページみたいに思えた。
そして、シャッターをきるようにゆっくり、確実に視線が上がって
りっちゃんはねるに、いつか見た笑みを向けた。
「こういうとこ知ってると、かっこよくない?」
「っ、」
あの日。あの時。
一気に狭まった距離に舞い上がって、ねるは、。
「……ねるが私を見つけてくれる前から、私はねるを知ってた」
「、」
「ふふ、気持ち悪いよね」
「そんなこと、」
「だから、ねるがどんな子なのかも…少しは知ってるつもり」
「……っ、」
その言葉に、りっちゃんは自分を責めていると気づく。なのに、ねるは。
ただ泣きそうなのを耐えるしかできなかった。
「酷いことして、ごめんね…。」
「っちがう!ねるがっ」
「……平手みたいな人に迫られたら逃げられないよ。悪い意味じゃなくて、平手はすごく惹きつけるって意味でね」
「…ちが、ぅ」
「ねるは、悪くない」
ねるが、悪い。
ねるが、悪くないわけが無い。
なにをどう言い繕ったって、そんなのは言い訳で。
なのに。
りっちゃんは悲しい顔で、『自分を傷つけちゃダメだよ』ってねるに言う。
違うんよ、りっちゃん。
こんなのは違う。
りっちゃんはもっと、もっと、
ねるに──!
「こんなこと最低だけど、平手には勝てないって思ったんだ。だからねるが平手を選ぶことがあっても当然だと思った」
「ねるはっ!」
詰まっていた喉は、やっと開いて。でもそのせいで声はいつもより大きくはじき出された。
りっちゃんに叫ぶようなそれが場違いだと、頭では分かるのに
言いたいことは出ていかなくて
したくない事が現実になる。どうしてこんなにも、狂ってしまったんだろう。
「……話し中ごめん、」
「ううん、ありがとう」
おぜさんの登場に、ねるの言葉が引き止められる。
でも、良かったかもしれない。だって、ねるがりっちゃんに伝えられる言葉なんてあるのだろうか?
りっちゃんの言う通りのことしかしていないのに。
テーブルに置かれたホットサンドとサラダ。
スープは湯気を立ててふわりと香りを立てる。
「…っ、」
「……ねる、」
「それでも、私は。ねるが好きだよ」
「───」
「今だって変わらない。」
真っ直ぐな瞳のまま、りっちゃんはねるにたくさんの愛を教えてくれた。
男の人とケンカしたことなんてなくて、
女の子を泣いてるままに突き放したことも無い。
ホテルに連れて行かなかったことなんてなくて
でも、ねるとこういう関係になってから、誰とも関係を持ってなくて。
『好き』だと言葉を送ったのは、ねるが初めてだった。
「……」
「…、恥ずかしいね。」
そう言って視線を逸らして笑うりっちゃんが、可愛くて
もう二度と、この人をおいて誰かに想いをむけるなんてことはしないと、誓った。
それがたとえ、どれだけ愛着のある人でも。
それがたとえ、『私だけ』がいればいいと言った人でも。
たとえ、どれだけの無償の愛を向けられたとしても。
もう、
「……ねる、」
もう二度と。
「……好きだよ」
───そんなのは、
「だから…、」
もう、『2度と』なんてことは、ありえない。
「……、別れよう。ねる」
あなたと、2度目はない───。
目覚めは頭痛とともに、降ってきて。
ぼやけた意識のまま、条件反射のように体にかかっている布団をどかす。
目の奥が痛い。
鈍い頭痛は頭全体に広がってどこが痛いのかも分からなくなる。
起き上がれば、少しの刺激に皮膚が泣いて
昨日の行為を思い出させてきた。
「……、りっ!?」
「……おはよ。大丈夫?」
「……っ、」
慌てて見回した先で、ベッドから離れたソファに理佐はいて。
優しい言葉が投げられて、息が詰まる。
理佐がいてくれて嬉しいのに、抱きつくこともましてや顔を上げることも出来ずに
ねるは布団を握りしめた。
「…少し歩いたとこに静かなカフェがあるから、朝ごはん食べよう。昨日は夜食べてないもんね」
昨日失くしたはずの、存在
ありえないはずの、優しさ
向けられることのなくなったはずの、微笑み、
伸ばされるはずのない、りっちゃんの手、。
「服、私ので悪いんだけど着れる?一応ねるが着れそうなの選んできたんだけど」
「……うん、」
これは現実なのだろうか。あまりの悲しみに都合のいい夢を見てるのかもしれない。
でも、りっちゃんに差し出された服を着て、りっちゃんの匂いに包まれて、胸の奥が締め付けられた。
ホテルを出れば、少し冷えた空気が肌に触れて
中よりも澄んだ空気が体内に入り込む。
りっちゃんに手を引かれて、まだ少ない車が視界を横切っていく。
すごく居心地が良くて、きっと昨日のことがなければ今この時間は幸せだったと思う。
ただ、
歩く度。
手を引かれる度。
りっちゃんの手から温もりと、少し冷えた指先を感じる度。
りっちゃんの香りが、掠める度に。
幸せに浮かされた瞬間と
奈落の底に落とされる感覚が繰り返す。
りっちゃんは、どう思ってるんだろう。
許してくれるのかもしれない、なんて馬鹿みたいな絵空事を妄想しながら
優しいりっちゃんは、冷たくできないだけだと妄想を打ち消す。
優しい空気のまま、別れが来るのかもしれない。とゾッとして吐きそうになった。
「ねる?」
「!」
「着いたよ、大丈夫?疲れた?」
「ううん、大丈夫…」
気づけば、りっちゃんはこっちを振り返っていて
目の前には落ち着いた雰囲気の小さいカフェがあった。
まだ『CLOSE』のプレートがかかるドアを、なんの躊躇いもなくりっちゃんは開けた。
「おぜー、」
「いらっしゃい、理佐」
中に入れば、カウンターの奥にいた女性がりっちゃんと会話を交わす。
「ごめん、無理言って」
「大丈夫だよ、そのうちまた手伝いに来てよ」
「うん。」
「今軽食作ってるよ、飲み物は?」
「コーヒーあればそれで。ねるは?」
「あ、えっと…」
「メニューこれね。注文あとでもいいよ」
「…すみません」
「……奥の席、借りるね」
「うん」
おぜ、と呼ばれた人は
泣きたくなるほどの笑顔と優しい声で接してくれて。
りっちゃんとのやり取りにも、その親しさが伝わってきた。
メニュー表をもらって、りっちゃんに連れられて席に着く。
小さなテラス側に向けられた席は、朝日を浴びて癒し効果を出すみたい。
コーヒーを挽く音と少しして香りが流れてくる。
ひどい静寂を誤魔化すのはミルの音、何かが焼かれる音、食器のぶつかる細かな音、。
目の前には、綺麗な女性。
開店前のカフェは、知らない世界に連れてこられたみたいだった。
「さっきの人ね」
「え?」
「さっきの人、高校で仲良かった先輩なの。店長やっててさワガママ言って開けてもらったんだ」
「そう、なんや…」
「いいでしょ?落ち着いてて。今はこうだけど、昼間は小さく音楽かかっててね。本を読む紙の音とか、キッチンの何気ない音とか綺麗な雑音がね、私は好きなんだよね」
ねるを見ない、その横顔と微笑むような表情。陽に当てられたそれは、写真集の1ページみたいに思えた。
そして、シャッターをきるようにゆっくり、確実に視線が上がって
りっちゃんはねるに、いつか見た笑みを向けた。
「こういうとこ知ってると、かっこよくない?」
「っ、」
あの日。あの時。
一気に狭まった距離に舞い上がって、ねるは、。
「……ねるが私を見つけてくれる前から、私はねるを知ってた」
「、」
「ふふ、気持ち悪いよね」
「そんなこと、」
「だから、ねるがどんな子なのかも…少しは知ってるつもり」
「……っ、」
その言葉に、りっちゃんは自分を責めていると気づく。なのに、ねるは。
ただ泣きそうなのを耐えるしかできなかった。
「酷いことして、ごめんね…。」
「っちがう!ねるがっ」
「……平手みたいな人に迫られたら逃げられないよ。悪い意味じゃなくて、平手はすごく惹きつけるって意味でね」
「…ちが、ぅ」
「ねるは、悪くない」
ねるが、悪い。
ねるが、悪くないわけが無い。
なにをどう言い繕ったって、そんなのは言い訳で。
なのに。
りっちゃんは悲しい顔で、『自分を傷つけちゃダメだよ』ってねるに言う。
違うんよ、りっちゃん。
こんなのは違う。
りっちゃんはもっと、もっと、
ねるに──!
「こんなこと最低だけど、平手には勝てないって思ったんだ。だからねるが平手を選ぶことがあっても当然だと思った」
「ねるはっ!」
詰まっていた喉は、やっと開いて。でもそのせいで声はいつもより大きくはじき出された。
りっちゃんに叫ぶようなそれが場違いだと、頭では分かるのに
言いたいことは出ていかなくて
したくない事が現実になる。どうしてこんなにも、狂ってしまったんだろう。
「……話し中ごめん、」
「ううん、ありがとう」
おぜさんの登場に、ねるの言葉が引き止められる。
でも、良かったかもしれない。だって、ねるがりっちゃんに伝えられる言葉なんてあるのだろうか?
りっちゃんの言う通りのことしかしていないのに。
テーブルに置かれたホットサンドとサラダ。
スープは湯気を立ててふわりと香りを立てる。
「…っ、」
「……ねる、」
「それでも、私は。ねるが好きだよ」
「───」
「今だって変わらない。」
真っ直ぐな瞳のまま、りっちゃんはねるにたくさんの愛を教えてくれた。
男の人とケンカしたことなんてなくて、
女の子を泣いてるままに突き放したことも無い。
ホテルに連れて行かなかったことなんてなくて
でも、ねるとこういう関係になってから、誰とも関係を持ってなくて。
『好き』だと言葉を送ったのは、ねるが初めてだった。
「……」
「…、恥ずかしいね。」
そう言って視線を逸らして笑うりっちゃんが、可愛くて
もう二度と、この人をおいて誰かに想いをむけるなんてことはしないと、誓った。
それがたとえ、どれだけ愛着のある人でも。
それがたとえ、『私だけ』がいればいいと言った人でも。
たとえ、どれだけの無償の愛を向けられたとしても。
もう、
「……ねる、」
もう二度と。
「……好きだよ」
───そんなのは、
「だから…、」
もう、『2度と』なんてことは、ありえない。
「……、別れよう。ねる」
あなたと、2度目はない───。