火種が弾けて、世界は回り始める。
『平手と女取り合うならそれくらいしなきゃーー』
あの時言われた愛佳の言葉が、脳裏を過る。
ずっと、腑に落ちなかった。それがなぜなのか分からなかったんだ。だって、平手のことは噂で知っていたし愛佳と接触するようになって偶に姿を見る時には
その惹き付けられるのに近づきがたい雰囲気に当てられていた。
きっと、あの空気に触れ、平手友梨奈という存在に触れられたなら
逃れられなくなると分かっていた。
なのに。
愛佳の言葉に、すぐ頷けなかった。
けど、そんなのは。
「………、勝てるわけ、ないよなぁ」
あまりに弱々しい声が漏れる。
きっと、負けるとわかっている事柄への
最後の抵抗だと思った。
───今、腕の中で眠る君を手離したくないのに
どこかで君との別れを悟っていたのかもしれない。
シャワーを浴びるねるを待つ間、あまりにいたたまれなくて
引きちぎったボタンを見て、ねるの着る服がないことに気づいた。
そんなのは別に、明日でも、ねるが落ち着いてからでも良かったけれど
荒れた自分を庇うように、さっきのねるへの乱暴を繕うように
私は、服を得にホテルを出た。
夜遅くなっていて、店は閉まっていたから
自宅に戻ってねるが着れそうなものを持ち出した。
そして、ホテルに戻った時には
ねるは、ボロボロに泣きながらその皮膚を痛々しく赤く染めていて
思わず駆け寄った私に、束の間の夢を見ているかのような絶望と歓喜の表情でしがみついて来た。
泣きながら言葉にならない声を上げたあと、ねるは微睡みに溶けていった。
私はねるに対してどうするという答えも出せないままに、ねるを少しでも優しくベッドへ寝かせた。
──勝てるわけない。
君にも。
平手にも。
「………ねる、」
肌を紅く染め
目元を腫らしたねるの頬に触れる。
「………」
ねるは、どっちを選ぶんだろう。
そんな思考はねるを苦しめるだろうと、どこか他人事のように感じた。
でも。きっと、分かってた。
平手のような存在に勝てるわけが無い。
平手のような存在に触れられたなら、抗えるわけがない。
それでも、君を染めるように抱き潰してしまいたいと思ってしまう。
なんで、こんなことになってるんだろう。
私はもっと、ねるを想っていたはずだ。
私を見つけた、ねるの記憶に残るように。
ねるの求める私が在るように。
理想と現実に挟まれるねるを、自分に向けられるように。
『宣戦布告、受けて立つよ』
あの台詞は、何故。
『なら平手ちゃんが止めたらいい。理想と現実、どちらに優位も劣勢も無いはずだよ』
あの態度は、何故。
叶うはずがないと、どこか悟っていた心を置き去りに、何故。
自覚していなかった?
見ないふりをしていた?
この時だけはと、一瞬に浮かれていたのか?
───平手と女取り合うなら───
「───………」
そんな言葉で逃げようなんて、最低だ。