火種が弾けて、世界は回り始める。

強く、強く。

私の汚い想いなんて、クシャクシャに潰して、
跳ね除けてくれたらよかった。

今までの関係なんて無視して、『好き』だなんて言葉じゃ綺麗すぎる、
感情を押し付けるだけのあまりに黒すぎる想いを、突き放して、拒絶を顕にしてくれたなら、
君に嫌われるのが怖くなって、あるいは余りの勝手を自覚して
私の心から切り離せたんじゃないか。



そうすれば、まだ。
君と一線を超えることなく、いつかの未来でまた、隣で笑える日があったんじゃないかと思う。



そんな、あまりにも身勝手な思考は
ねるの酷なほどの、場違いな優しさに触れて

自分の全てを肯定した…────
















「……」


シャワーから出る優しいお湯がかかって、体が温まっていく。

なのに、そんなのは思考の外で
理佐の声と、怖いほどの力、悲しげな顔に頭がいっぱいだった。でも、自分がそれだけの過ちと行いをしたのだと潰れそうになる。


『名前、呼ばないでよ』


せっかく教えてもらったりっちゃんの名前、もう呼べんとかな、


『気持ちよかった?、反応しちゃってさ』


りっちゃんに触れられたから、反応したんよ。
そんなこと言えなかった。触れられたその時、てっちゃんのことを思い出さなかったかと言えば嘘になる。
触れられた瞬間、身体は確かにてちに反応したんだ。


「……、」


視線をあげれば、体を映す鏡。

肌に残る紅い印は、てちが触れた証だった。

てちの、唇が触れ、強くて悲しい瞳がねるを見つめて、その指が、。


「………っ、最低や…」


最低だ。
りっちゃんが好きなのに、てちに思いを馳せて。

ボディソープをつけて、体を洗う。
普段は傷つけないように泡で洗う行為も、今は不快でしかなくて
最低なこの身に優しくしたくなかった。

イラつきや蟠りに淀む感情を誤魔化すように、ホテルの硬いボディタオルを強く擦りつけて洗う。


「………、」



力任せのそれは皮膚が痛みを訴えてきても止めることが出来なくて
その痛みは戒めだとも思えたし、
もしその痛みがなかったらなら、理佐にあんな思いをさせた自分を許せずに、自ら爪を立てたと思う。

あの感覚を得たこの体は、理佐とは居られない。

あの時、てちを受け入れてしまったのは過ちだった。


あの行為が、自分が。
てちを傷つけたと、分かってる。
理佐を裏切ったと、分かっている。


今更嘆いたところで、何も変わらない。

壊れた関係は、元には戻らない。










真っ赤になった肌はヒリヒリとして、痛々しく内出血していた。タオルすら針のようで。
でももう、そんなことすら。どうでも良くて。

どこかぼやけた意識で、体を見る。

自分で傷つけた肌は粗く赤く染まって。
てちが触れた紅を、僅かに誤魔化す。


「……、」


でも、どんなに誤魔化しても無かったことになんて出来ないし
結局、何も誤魔化すことなんて出来やしない。



少し冷静になった頭は、傷だらけの体を冷ややかに映していた。
それはあまりに、酷い有様だった。


「…あは、痛い子やん」


あからさまに傷ついたと言っている。
傷ついた理佐に、私はこんなにも辛いと訴えているようだった。
そんなの、勝手で。自分がしたことに、自分で追い詰められて
傷ついているんだと体現して。

そんなこと、したかったわけじゃない。

理佐にこれ以上嫌われたくない。
引かれたくない。
離れないで欲しい…。

でも、さっきまでの自分を止めることなんて出来なかった。

けどそれは、自分への戒めであって
相手に傷ついた自分を伝えたかったわけじゃない……。


でも。


「そう言ってるのと、同じやんか…」




けど、でも。

そんな思考は、無駄やったと思い知る。



『嫌われたくない。』『離れないで欲しい。』



そんなのは、その人がそばにいてくれて初めて思えることやった。



「……りっちゃん、?」



痛々しい皮膚が見えないようにして、ホテルにあった服を着る。

そうしてドアを開けたその先に、



理佐はいなかった、。


「──……、。」



──その事実は、何よりも深く、重く。

夢じゃないかと思うほどに、現実味がなくて。


けれども、受け入れ難いほどに、絶望の世界へと色を変える。



てちを傷つけたとわかった時より
理佐を裏切ったとわかった時より、

大きく世界が歪む。


膝が折れて、座り込む。

裾から覗く皮膚は赤い。

喉が痛い。
息が詰まる。
体が、嫌悪感でむず痒い。

淀んだ体は、深く色を変えていく。


針のようだったタオルはなんの意味もなく、私は皮膚に爪を立てた。


「っ、──、りさぁ、!」


あの日、初めて口にしたそれと同じ音。
でも、喉が引き攣って上手く呼べない。

同じ音は真逆の色を持って
溢れ出す涙が、頬を流れる。


りさ、


理佐。


りっちゃん、。


あなたが好き。
その想いは、勘違いでも嘘でもない。

でも、あなたを裏切ってしまったのも
あなたの当然の感情を拒絶したのも
事実。

好き、なんて言葉じゃどうにも出来ない。
好きだから、言い訳なんて出来ない。



あなたのいない、この世界を受け入れるしかないと分かってるのに

心は拒絶して、
脳は思考を投げ出した。


自分が悪いと分かってる。
それだけのことをしたと、分かっているから。

理佐に許しを乞うことなど、許されない
縋ることすら、有り得ない
わかってる、から。



だから、


ただ、溢れ出す涙だけ、

その涙が零れる間だけは、



理佐のいた世界に、私の心を置かせて。


縋りつくことを許してください。





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