火種が弾けて、世界は回り始める。

「……っ、りっちゃ…」

「……、」


りっちゃんの、肌を撫でるような優しすぎる手つきが
私の体を自分のものじゃないみたいに反応させていく。

触れた先からビクついて、敏感になって。
下腹部の奥が切なくなって、何かが溢れていく。
追い詰められるほどに、りっちゃんを求めて仕方がない。


「ねる、」

「ーー…、」


私の名前を呼んでくれる声が、
私を射抜いてくる瞳が、
滑り撫でていく、指先ひとつが

思考を遮断させて
追いつけないほどに感情が溢れていく。


りっちゃんの指先が敏感なところに触れて、
時折覗く舌が、舐め上げていく。


「っ!」

「…ぬるぬる。気持ちいい…?」

「…っ、」

「ねぇ、ねるの声聞かせてよ」

「、ぁ…ぅ、り…っちゃん…、ん!」



恥ずかしいほどに濡れたそこに、りっちゃんの長い指が触れて、入口付近を行き来する。
きゅん、と切なくなって、抑えられないくらいビクビクしてしまう。
心も体も、りっちゃんを求めて押し上げられる。

それが恥ずかしくて。考えてみればこの状況すら、ありえなくて。

でも、声の出せない私にりっちゃんは優しく求めてくれて、必死に名前を呼べば嬉しそうに顔を綻ばせる。

その笑顔が、また私を追い詰めて。
押し上げて。



その後も、りっちゃんは優しく私に触れて
気持ちよすぎるほどの感覚に襲われて
波に飲まれた。

必死に腕を伸ばした先で、りっちゃんに触れて
離れないように抱きついたのが、その夜の最後の記憶だった。














「ーー……、」

「、ねる。おはよ、」

「!」


浮き上がった意識の先で見慣れない景色と知らない匂いが世界を埋めていた。

気怠い感覚と、その世界を受け入れられない頭に愛しい声が降ってきて一気に覚醒する。


「りっ、!?」

「大丈夫?体…」

「へっ、あ!だ、だいじょうぶです!ご、ごめんなさいこんな格好で!」

「ふふ。そんな恥ずかしがらないでいいのに。可愛かったよ、昨日のねる」

「!!?」


体を隠そうと引き上げた布団ごと、りっちゃんに抱きしめられる。
長い腕、頬に触れる柔らかい髪の毛。
昨日感じた、肌と香り…。

体の熱がまた上がりそうになったけれど、りっちゃんはそれに気づいたのかねるの匂いを嗅ぐように耳裏でいっぱいに空気を吸うと
ぱっと離れてしまう。


「お風呂、いこ。」

「っ。でも、」

「恥ずかしいの?」

「……っ、」

「…可愛い。いいよ、嫌なら待ってる」


ポンポンと頭を撫でられて、唇にちゅっとキスを落とされる。
あまりのスマートな動きに、ねるは言葉が出なかった。


恥ずかしいけど、嫌じゃないよ。
と喉まで出かかって、ぶわっと別の感情が湧き上がる。

ねるは、


「ねる?どうしたの」


りっちゃんとの、この交わりをお風呂に入って消したくない。思い出すだけで疼くこの感覚を、忘れたくない。

お風呂に入ってホテルから出て……その後に。またりっちゃんを追うだけの片思いに戻りたくたい。


雨の中でしたあのやり取りが、勢いだけじゃないなんて
遊びじゃないなんて、
そんなこと、どこにも保証なんてない。



「りっちゃん、は…」

「……」

「……、」


怖くて、言葉が出ていかない。
現実を突きつけられるのが怖い。

また「またね、」と別れられてしまったら。
もう二度と、会えなくなってしまったら、?

それを問いかけることすら『うざい』と捨てられてしまったら……。



「ねる、」

「……っ、」

「知りたい?私のこと」


知りたい。
りっちゃんのこと、。

勢いだったなんて思われたくない。
たった一度だけなんて嫌。

りっちゃんと、恋人になりたい……。


「ねるが、私を見つけてくれる前から、私はねるのこと知ってたよ」

「えっ!」

「だから、怖がらないで。ねるが好きって言ったのは本当だよ。これで終わりなんて、私も嫌だ」

「……」



りっちゃんが、そっと。愛を込めるように抱きしめてくれる。それが、嬉しくて…

でも、そんな幸せであるはずの世界は
その腕が昨日のそれと被って、心臓が冷える。


「ーー……」

「ねる、だめだよ」

「!」

「私の事、考えて」

「ん!、ぁ…っ!」


りっちゃんに抱きしめられているのに、頭の中には違う人が浮かんでいて。それに
気づいたりっちゃんは、どこか言葉を固くしてねるの首元へキスを落とす。

少し大きめな手が、胸に上がってきていやらしく揉みしだいてくる。

『ねる』とりっちゃんの声がして、
思考がりっちゃんに染められていく。


ぐっと力が込められてベッドに押し倒される。跨るようにしたりっちゃんにねるの全てを見下ろされていた。


「………りさ、」

「えっ、」

「理佐だよ。呼んで、名前」


呼んで、と言うのにりっちゃんは性急に私を攻めてきて
ねるは、りっちゃんからの刺激に襲われながら、宝物のような『理佐』の名前を必死に呼んだ。





◇◇◇◇◇◇◇◇



「おーい、ねるー?」

「ーー……」

「ねるちゃーん、起きろー」

「はっ!」

「はっ!じゃないよー。もうお昼だよ」


気づけば、目の前には弾けるような笑顔で私を見る友人がいて。
どこか呆れたように向かいの席に座ってくれる。


冬優花「1人でこんなとこいたら危ないんじゃない?てちのファンに殺されちゃうかもよ?」

ねる「……人目がある方がまだ大丈夫ったい」

冬優花「そうとも言いきれないって。呼び出されたらどうすんの。気をつけなよ、」

ねる「……うん」


まだ、てちは高校生だけれど
大学に入り込んでいたてちを、最初は在学生だと周りは思い込んでいて。そのいつ現れるか分からない存在と中性的な出で立ち、周りとは違う雰囲気に憧れを抱く人は少なくなくて。

それはてちに抱きしめられた時の悲鳴のような声に確信になって、ある意味恐怖にもなった。
別にそれでてちと距離を取ろうなんて思わないけれど、それでも熱狂的な人がいることは確かで。ふーちゃんに注意を促されて、否定は出来ないけれど複雑な気持ちにもなった。


冬優花「『りっちゃん』だっけ?どうなったの?会えた?」

ねる「会えた…」

冬優花「………えっ、何その反応!まさかっ、シちゃった!?」

ねる「ちょっとふーちゃん!声大きい!」

冬優花「やだー!りっちゃん手ぇ早いー!ねるちゃんちょろいー!」

ねる「ふーちゃん!!」


ふーちゃんの言葉に、顔が熱くなって。見るからに赤くなってるのが分かる。
他人はどうか分からないけど、自分の性事情を誰かと話すのは、たまらなく恥ずかしかった。

ていうか!
りっちゃん手ぇ早くなんかなか……!


『ねるじゃなかったら、ホテルに連れてってた……』


ねる「ーー!??、、??」


えっ。
りっちゃんまさか……チャラ男なん、!?


「ふ、ふーちゃん」

「え?なに、ちょろねるちゃん」


ちょろねる、、、。


「………。飲んで、ホテル行くとか……あり?」

「え?飲んでホテル行ったの?」

「行ってなか!!」

「……うーん。時と場合によるけど……チャラいね」

「そ、か。」


いや、でも。
それだけでチャラいと決めつけるのもいかんよね。りっちゃんは、ねるやけん連れて行かんかったって言ったもん!
軽いとかやなか!!


「……で?りっちゃんと付き合うことになったわけ?」

「……たぶん」

「たぶんて」


好き、だと言い合って。
交わって。

それはきっと、青春ドラマならハッピーエンドのはずだけれど。
ねるたちはどうなんやろう。

『付き合う』と口にしていないから、付き合ってないなんて言うつもりは無いけど
だからって堂々と付き合ってるとは……中々に言いがたかった。


「……平手のこと、どうすんの?」

「……ぅ、」

「りっちゃんとそうなったなら、ちゃんとしなきゃだめでしょ?」

「うん、」


ふーちゃんは、以前からてちのねるへの想いは、『恋』だと分かってて。
ねるに恋人が出来たなら、てちにもちゃんとしなよと言われていた。


『私の事、ちゃんと見て。もう幼なじみとしてなんか見てないよ』


「………、」


てちは、特別な存在で。
それは、幼なじみとか恋人とか、そういう括りなんかじゃない。

でもそれは、てちの求めているものじゃないと分かってる。

答えが出せないまま…、きっと答えなんてとうに出ているのにそれを行動に出来ないまま、午後の講義が始まる。

りっちゃんとてちが頭の中にチラつくのを必死に押さえ込みながら、必死に講義内容を理解しようとした。




ーーーーーーーー


「………いかん、」


どんなに気合いを入れ直しても、頭に染み付いたように残ったそれを追い出すことは出来なくて
結局、中途半端のまま講義は終わってしまった。

あとで同じ講義を受けてる人に教えてもらおうと諦めて、カバンを背負う。
りっちゃんから放課後にいるからと教えてもらった教室へ足を進めて。近づくにつれて心臓が高鳴っていく。

ドアの前に着いて、深呼吸をする。
前髪変じゃないかな、
服、乱れてないかな、

そんなことを考えて、整えて。
いざ、ドアに手を掛けようとした。



『…ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど』


その時、見知らぬ人から声をかけられて体が跳ねた。
















理佐「ーー…?」

愛佳「どうした?」

理佐「なんか、今ねるの声がした気がして…」

愛佳「え!怖!りっちゃん病気?好きすぎて病気??」

理佐「……黙って」


ドアの向こうの人の気配に、気づいて。ねるかな、なんて期待して。でもドアは開かれることなく人の気配も遠ざかってしまった。
でも、その瞬間ねるの声がした気がして…。

ドアまで行こうとしたけれど、愛佳にその行動が弄られる。面倒くさくなりながら少しのやり取りをした後にドアを開けた。

そのやり取りがどのくらいの時間だったかは分からないけど、やはりその頃には誰も廊下にはいなかった。



ーーーーーー


「ーー…?」

「由依さん?どうしたんですか?」

「いや、ちょっと…」


通りがかった廊下の先で、ねるがいて。
ただそれだけなら、別に気にすることもなかったのに何人かに囲まれるようにして歩くその姿はどこか嫌な予感が頭に過った。


「……由依さん?」

「ごめん、大丈夫。行こう」


足が重くなって、ただ通り過ぎることが出来なくなる。
でも、そんなこと身近に起こるわけが無いと思って その違和感を振り払うように足を進めた。







……絶対これ、ふーちゃんが心配しとったやつったい。
数日前に受けた講義のノートを見せて欲しいと頼まれて、図書室に向かう途中、複数の女の人達と合流する。
どこか怖いその人たちと、ねるに声を掛けた人は数回言葉を交わして入れ替わってしまった。

連れられるその先は、明らかに図書室なんかじゃなくて。

どうしよう。怖い。
痛いことされるんかな、
逃げればどうにかなるとやろか、

足は早い方やけど。




「ねる!」

ねる「っ、てっちゃん、!」

平手「どこ行くの、」

ねる「えと、」

『平手さん!今日はこっちに来てるんだ!』

平手「………あんた達だれ?ねるのことどこに連れてくの」

『ちょっと話がしたくて、』

平手「…なんの話?ここでしなよ。」

『……ここじゃちょっと、廊下で話すなんてゆっくり出来ないじゃん』

平手「………」


強い目が、ねるの周りの人達に向けられて喧嘩になりそうに張り詰めた空気に、ねるは怖くなる。

でも、てちはそんな周りなんかより
ねるのことを見てくれた。



平手「ねる行こう。ねるの知り合いじゃないんでしょ?」

『ちょっと!』

平手「私はあんたらのことなんて知らない。私が何をしようとあんたらに関係ない」


痛いくらいにねるの腕を引く。
ねるを背中に隠して、守るようにその言葉を口にした。


「ねるに何かしたら許さない」












ねる「てっちゃん、」

平手「……ごめん、私のせいだよね」


少し離れたところの、空き教室に入る。
てっちゃんの優しい空気に涙腺が緩んで
怖かったんだと体が震えて訴えてきた。

そんなねるを、てちがそっと抱きしめてくれる。


「……怖かったね」

「っ、」

「ねぇ、ねる。私のせいだってことは分かってるけど…だから、ちゃんと守るから」

「……ってち、待って…!」


抱きしめてくる腕が少しだけ緩んで、隙間を作る。
てちに至近距離で見つめられて…その強くて熱い瞳に射抜かれるようだった。


「ねる…、」

「ーー……」


さっきまでの恐怖のせいなのか、
急な安堵のせいなのか。

体に上手く力が入れられなくて
てちを拒むことが出来ない。



唇に、触れる程のキスが落ちてきて息が詰まった。


「……ねる、」

「てち。だめ…」

「……私のだけ、考えてよ」


呼吸が触れる。
自分の声が、言葉とは裏腹に熱を持っていて
色づいていく空気を更に色濃くする。



「ちゃんと私のこと見て。幼なじみなんかじゃないって言ったよね?」


「ーー……!」



てちの手が動き出して、
整っていた服を乱し始める。

隙間を作って、そこから服の中に入り込んで肌を撫でる。

りっちゃんとは違う、白い肌の指先。
優しくて配慮されていることが伝わるけれど、どこか強引な動作はてちの不器用さを表してきていた。


「てっちゃ…、!」

「……好き、ねる」

「!」

「お願い。私のことだけ、考えて…」


触れる、だけじゃない。濃厚なキスを落とされる。

角度を変えて何度も。
舌を絡ませて。いやらしい音を生み出しながら
一方的な愛が注がれていく。

それが酷く安心して、気持ちいいと思ってしまったのは、最低だと思った。





りっちゃんが、


理佐が触れた、その行為を上書きするように。

てちは、私に触れていく。




大学の使われていない一室が、性に満たされ始めて熱を上げていっていた。







…てちは、私にとって特別な存在で。
それは幼なじみとか、恋人とか、そんなもので括れるものじゃなか。

それが、てっちゃんにとって満足いくものやないことは分かっているつもりだったけれど…そんなの、分かるわけがなかった。
だって、てちがどれだけねるを想っていたかなんてねるが分かるわけがないのだから。








恋人へ向けるものとは違うはずの、てちへの想いが膨らんで。

てちから送られる愛と、
一室を埋め尽くす熱に

ねるは自ら飲み込まれる。




同じ大学に、すぐ近くに、
あなたがいることを、頭の片隅に追いやってしまっていた。





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