火種が弾けて、世界は回り始める。

やってしまった……。

そう思った時にはもう既に、弁解も言い訳も出来なくて。
心臓ばかりがドカドカと暴れて、頭が真っ白になっていた。




ーーーー



「ねる、まだ探してるの?居酒屋回るのなんて止めなよ」


放課後、ねるのことを待っていたてちと顔を合わせる。少しのおしゃべりの後、あくびが漏れ出るとてちは少し呆れた声を上げる。
でも、素直に返事は出来んかった。


「やって、それ以外方法なかばい!」

「たまたまそこに行っただけで、行きつけかも近いのかも分からないじゃん。また変なのに捕まっちゃうかもよ?」

「………」

「そしたらまたりっちゃん来てくれるかもーとか思ったでしょ」

「バレた!」

「あ、ぶ、な、い、から!!」

「……はぁい」

「はぁ。」


てちには返事したけど、やっぱりりっちゃんを諦めたりできん。
待ってたら会えん。受け身じゃいけん。


てちが塾に行くというから、ここで別れる。
『家に帰ってよね』と念押しされて、笑顔を返しておいた。


でも今日は『りっちゃん』に会えた時と同じ週末やし、行きたい。

毎日とは行かないけれど、以前に比べたらだいぶ多く居酒屋の並ぶ街を歩いている。

ふーちゃんが付き合ってくれる時もあるけれど、それで酔って探せなくなったら本末転倒やけん、基本はぶらぶらと歩き回ってそれらしき人を探す。

日が経つにつれて、こんな顔だったくらいにしか思えなくなって気が焦る。
見つけても分からないんじゃないか、すれ違って、そのまま関わることがないんじゃないか……
好き、会いたい。その気持ちだけが先走ってることは気づいとって。空回りしとる事も分かっとる。てちが止める理由も分かる。
でも、、、。やっぱり、難しいんかなぁ。


「もう、会えんのかなぁ」













『お姉さんひとりー?』

「!!」

『こんな夜道にひとりじゃ危ないよー』

『誰に会えないのー?おれら探してあげるよ!』

「あ、いいです。待っとるだけなんで」

『あ!方言!かわいいー!どこの人?』


いかん。絡まれとる。
離れようと思って足を進めるけど、目の前に立たれて行く先を阻まれてしまう。
怖い人には見えないけど、見知らぬ人に話しかけられてるだけで不安も恐怖も溢れ出て、ゾワゾワと震える。


『待ってよー。人待ってんでしょ?来るまで付き合ってよ』

「………」

『そーそー。男2人で寂しいんだよねー』


わちゃわちゃと騒ぐ男の人の声が、止まらない。そのペースが未知すぎてどうすればいいのか分からなくて、りっちゃんが来てくれたらと現を抜かしてしまう。そんなのあるわけない、と苦しくなって泣きそうになる。


「っ、」

「……ねる!」

「!?」


声と同時に、後ろから腕を掴まれて体が強ばる。
顔をあげたら、それはそれでびっくりして声が出なくなった。


『あ、お友達ー?きれいだねー!どう、俺らと……』

「触んじゃねぇよ」

『!??』


綺麗な人の、怖い声。
流石の男の人たちもびっくりして固まっとった。
ぴたっと動かなくなった男の人たちを置き去りにして、突如現れた『りっちゃん』はねるの腕を引く。


「……行くよ、ねる」

「え、あ、!」



少し強引だったけど、この胸の高鳴りはさっきとは違う。『どうして』よりも、やっと会えたことに歓喜していた。


ある程度離れてから歩くペースが緩くなって、降ってきたりっちゃんの声は低くて、視線があげられなくなる。


「何してたの。危ないでしょ。気をつけなって言ったじゃん」

「………ごめんなさい」

「……ほんと、危ないから。ひとりで飲むならもっと落ち着いたとこに…」

「ちっ、違うんです!」


別に飲みたかったわけやない。ひとりで歩きたかったわけでもなかよ。ねるは。


「あなたを、探してて……。また会えるんやないかってずっと、」

「………」


ねるの言葉に、りっちゃんは黙ってしまって。重…かったやろか。。。
ふーちゃんにも、『ねるは重い!』とよく言われるけん…。引かれてしまったかな…。でも。


「なんで、ねるのこと知っとるの、?」


何度も思い返して。記憶を辿って、気づいた。
りっちゃんは、ねるの名前を呼んでた。名乗ってもないのに。


「…ねえ、私の事探してくれてたんでしょ?」

「え?」

「お礼に、奢ってあげる。静かなとこ行こ」


質問に答えられなかったことよりも『静かなとこ』に反応してしまうのは、仕方がなかよね。
ど、どうしよう。そんな心の準備しとらん。

りっちゃん、紳士やと思っとったのにもしかして女遊びしとる人なんやろか…










「………おしゃれなとこですねぇ、」


りっちゃんに連れられて来たのは、おしゃれで静かな、いわゆるBARと言うやつで。
小さなお店のスタッフさんとは顔見知りのようで、りっちゃんは慣れたふうに『ふたり』と示すと案内されるわけでもなくカウンターに席を決めていた。
なんとなく心がしょんぼりしとる気がするけど気のせい気のせい。

端を勧められて座る。静かな店だけど、お客さんが居ないわけじゃないから気をつかってくれたんかな。
やさしか。


「賑やかなとこも嫌いじゃないけどね。こういうとこ知ってて良かったって思うよ」

「そうなんですか?」

「うん。こういう時にね、大人ぶれるでしょ?」



少し子供みたいに微笑んで、気取らないあどけなさ。年上、なんかなぁ。
ねるなんかより、たくさんのこと知ってそう。


「色んなこと知ってそうって思った?」

「……はい」

「ねる。わかりやすいね」




ゆったりとした、店の雰囲気。
りっちゃんとの、夢みたいな時間。

名前を聞いても、りっちゃんでいいよしか言わんくて。でも、ねるの名前は呼んでくる。

近づきすぎず、離れない。
近くにいるようで掴めない。


そんな夢みたいな時間は、お酒とともに微睡みに溶けていってしまった。





ーーー


ーーーーーー




「ねる、、ねる?」

「……んー?」

「ごめん、あんまり強くなかったのかな」

「そんなんやないです……ただ、ちょっとねむか、、」

「………」


酔わせてしまおう。とは思ったけれど、思ったより酔わせてしまったみたい。

気をつけていたつもりなのに、自分でも気づかないくらいに、ねるとの時間は楽しくて浮かれてしまっていた。


「………帰ろう、ねる。家どこ?」

「……いやや。まだりっちゃんとおる」

「それは嬉しいけど、今日は帰らないと、」

「やだぁー。」

「………えぇ、、、」



カウンターに突っ伏して、足をバタバタと動かす。子供みたいにするねるを可愛いと思って、惚れてるんだなと自覚する。
まぁ好きでもない子を、自分のリスクを承知で助けたりしないけどさ。



「理佐」

「、なに」


閉店時刻が迫り、私たち以外の客はもう居ない。もうほとんどの片付けを済ませた茜が、声をかけてきて早く帰れって言われるのかな、と一瞬不安になる。


「その子が『ねる』ちゃん?」

「そうだけど」

「ふふ。いーじゃん。振り回すつもりが振り回されて。たまにはいいんじゃない?今日は連れ帰っちゃいなよ、既成事実既成事実!」

「……まだ、だめだよ」

「…えー。つまんない。何。マジで恋してるの?」


別に弄られてるわけじゃないのは分かるけど、あんまりにこにこして話されると恥ずかしい。
茜はこの手の話にはガチだから、怖いし。


「……騎士様がついてるからね、この間宣戦布告されたし」

「騎士?」

「そ。勝手に手出したら殺されちゃうよ」

「ふふふ。理佐には生殺しだね?こんな無防備に寝られちゃって」

「……まあ、ね」


今まで手を出してきた女の子たちにはある程度のわきまえはしてきたけれど、今みたいに我慢はしなかった。無防備に寝る姿を目の前にして好きな子に手が出せないとは、ほんと、生殺しだ。


「………、」


触れたい。キスがしたい。ねるの声が聞きたい。私の名前を呼んで欲しい。

色んな感情を見せて欲しい。



けど。それはまた今度ね。



理佐「ねる。帰るよ、立てる?」

ねる「…んうぅーー。いやぁ、、」

茜「え?、行くの?」

理佐「たぶん迎えが来てるから。騎士様にお返しするよ」



おぼつかないねるを何とか支えながら立って、カラン、と音を立てて店を出る。
閉店時刻を過ぎた、そんな深夜の街は既に人気すらなく静かだった。

バラバラな足音が、妙に耳についた。


「……りっちゃ、ん」

「……なぁに、ねるちゃん」

「…なんで、ねるのこと助けてくれたと、?」

「ふふ。そればっかりだね。目の前で可愛い子が絡まれてたら助けるくらいするよ」


チャラいー、と小さく聞こえて笑いがこぼれる。チャラかったかな。
ねるに好まれるんならそれでもいいけど。



「りっちゃん、」

「なぁにー?」

「………好き、」

「ーーー………。」


息が詰まる。
なんて爆弾落としてくれるんだ、この子は。

今までの経験からか思考回路のせいか、さっきは我慢しようと決めた心が揺らぐ。

…けど。…でも。と、天使と悪魔が物凄い速さで議論を交わす中で、ねるの体重がぐっと加わって思わずねるを抱えるように腕を回した。

……柔らかい……。



そんな思考でも、まだねるを伺う余裕はあって微動だにしないねるを覗き込む。


「……ねる?」

「………、………」


…………、まじか。寝てるし。


「………はぁ、」


抱きとめたまま、空を仰ぐ。
さすがに寝てる子を襲うほど、変態でもなきゃ理性が働かないわけじゃない。
ただ、……どっと疲れた気がする。


冷たい空気を深く吸って頭を冷やした頃、慌てた足音が近づいてきて目をやる。
その登場は、あまり好ましくはなかったけどやっと来たのかと安心した部分もある。ねるの家が分からない以上、自分の家に上げるかホテルに行かなきゃならなかったから。


「………遅かったね、平手ちゃん」

「はぁ、はぁ。っ、」

「そんな睨まないでよ。お酒飲んだだけで手は出してないし」

「………、」


その目で睨まれるとほんとに怖いんだよね。愛佳といるときは年相応な気もするけど、まだ、というか私にはきっとずっと、爪も牙も飛んできそう…。


「なんなんですか。」

「なにが?」

「ねるのこと助けて、どうしたいんですか」

「助けちゃダメだったの?今頃ねるは、誰とも知らない奴と過ごしてたかもよ?」


つい挑発的な言動を取ってしまう。大人気ないなとは思う。でも、そうしなきゃ目の前の、ねるの『大事』であろう存在に負けてしまう気がして、止められない。


「そういう話じゃないです」

「…、別に大したことするつもりは無いけどな」

「……ねるはきっと理佐に会いに行くよ。これからも。助けられた分、そうすればまた会えるって思う」

「そうかもしれないね」


正直、それが狙いだったりするんだけどきっと平手ちゃんも気づいているし敢えて否定も肯定もしない。
頭の片隅でずっと考えている。この子に勝つには、勝ってねるを手に入れるにはどうしたらいい?



「でも毎回なんて助けられない!理佐が間に合わない時だってある。どうするつもりだよ!」

「ねるはそんな馬鹿じゃないよ。ちゃんと考えられる」

「今回こうして誰かに連れてかれそうだったんでしょ!」

「落ち着きなよ。ねるが起きる。……まぁでも、そうだね。確かにそういう意味でねるを分かってるのは平手ちゃんだから、そう思うのならそうなのかもしれない」


愛佳の可愛がる、どこから来たのか分からない子。
どこか、強い存在感と、強い意志を秘めた眼。愛佳の親友という立場に留まり、平手ちゃんと距離を詰めなかったのはきっと自分が人見知りだとかそんな理由じゃない。
どこかで敵わないという本能だった。


「でもそうなら、平手ちゃんが止めたらいい」


ねるとの1件を進んで発言しなかったのも、ねるとの接点を知られたくなかったからだし。まさか、ねると平手ちゃんが幼なじみなんて思わなかったけど。


「…私と平手ちゃんは全然立場がちがう。大学生と高校生。大人とこども」

「相手にならないって言いたいの?」

「違うよ」


でも、こうして対峙して思うのは年相応の高校生。好きな人と関係が壊れるのが怖くて、1歩が踏み出せない。
ただの肩書きに、悔しそうに睨んでくる。
私、噛みつかれないかな。ちょっと怖い。


「そうだね。……ただの顔見知りとずっと付き合いの長い幼なじみ。幻想と現実、でもあるわけ」

「………」

「私たちの立場は全然違うけど、ハンデなんて何一つないんだ」


何一つない。
優位なことなんてなにもない。
けど。劣位なことも、ないんじゃないかな。



「駆け引き、だよ。『平手』」

「ーー、」

「君はねるを渡さないと言った」


とても近い存在だけど、近すぎる君と。
遠すぎて、理想幻想でしかない私。


「でも、私はねるが欲しい」


視線はぶつかったまま。
ねるは、まだ眠っている。


「この間は、驚いて言えなかったけど」


平手の目が、少しだけ揺れて。でも、すぐ定まって私を真っ直ぐに見つめ返す。
君には、私はどう映っているんだろう。
年上として、少しは余裕に見えるだろうか。だとしたら、上々だ。



「宣戦布告。受けて立つよ」

「………」





ーーー




いつの間にか詰まっていた息を、吐いて、吸う。
喉元が震えて、目の前の相手にあまりに体が強ばっていた事を自覚した。

情けないな、と思う。
ねるを取られないために、守るために、もっと大人になりたい。


「ねるのこと、頼むね」


抱えていたねるを、『ほら』と渡そうとする。挑発してきた癖に、そうやって余裕をみせてすんなり渡してくるあたり気に食わない。もっと必死なところ見せてくれれば、こっちだって余裕が出るのに。

近づいて、ねるに手を伸ばす。抱えるように手を回せば、『ん、』とねるの声が耳元に響いて緊張した。


「!」


でも、その一瞬。私に、ねるが渡ったその時。理佐の表情に余裕が消えて、少しだけ悲しそうな顔が見えた。
たったそれだけに、切羽詰まっていた心に余裕ができる。ぎゅうぎゅうに締められていた心臓は少しばかり緩くなる。

ハンデなんてない。
理佐に一目惚れしたと追いかける背に、私の声は届かないけど。だからって、理佐の手が、ねるに届くわけでもないんだ。


「じゃあ、帰ります」

「うん。気をつけて」

「………」


私の声に、理佐はまたくすっと笑って手を振ってくる。
…気づかれてないかな。切羽詰まった年下のまま、子供に映ったままで居られてるだろうか。

そんなふうに相手を油断させて出し抜こうなんて考えてる時点で、余裕なんて欠けらも無いし明らか子どもでしかないけど、そんなのどうだっていい。



「理佐には負けないから」

「…また、大学でね。平手ちゃん」

































「……てち、りっちゃんのこと知っとるの、?」

「ーーーーぇ、」


『子供に映ったままだろうか』…。
紛れもない、子供だ。

ねるが起きてることにも気づかないで、理佐の名前を出して。
しかも、それが、ただただ理佐を油断させようと子供に見せるための一言だったなんて、笑えもしない。



やってしまった……。

そう思った時にはもう既に、弁解も言い訳も出来なくて。
心臓ばかりがドカドカと暴れて、頭が真っ白になる。


お酒に頬を染められたねるの、少しだけ揺らぐ瞳が、そんな私を見つめていた。


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