君は、理性を消し去る。


鋭い痛みは、満たされる心に何の苦痛を与えることも無かった。
ただただ。彼女を手に入れた、その事実が痛みと音という形となって充足感だけがこの身を襲う。

いつの間にかみいちゃんの手は私の背中に回っていて、力強くぎゅうっと私を抱きしめてくる。それは私を求めてくれているようだった。

粘着質な音と、飲み込む音が混在してしばらくしたあと
みいちゃんの口元が離れると同時に、その腕も力を弱められる。それでも、私の背中から離れることはなくて。行為だけじゃない想いに心は満たされるばかりだった。


「…大丈夫?みいちゃん」

「……だいじょうぶ、」


顔が触れるか触れないかの距離になる。渇きが落ち着いたのか、みいちゃんの声はさっきまでとは違った。それでも、熱の篭ったような声に、身体はゾクゾクとしてみいちゃんを求めてしまう。
それを、僅かばかりの理性と良心で押さえ込んだ。

そんなことしている場合じゃない。
みいちゃんと話をしなくちゃいけないし、私にはないとしても、みいちゃんには問題が山のように積み上げられている。


「…ごめんね」

「……謝らんでよ」

「…うん」


つい、出してしまった謝罪に、みいちゃんの言葉が刺さる。そうだ、謝るなんて卑怯だ。
自分勝手にやったことなのに相手に許されようと謝って、自分で背負うといいながら少しでも逃げようとしている、。

謝るのは、自己満足であり
謝るのは、許しを乞う行為だ…。


「……」

「そんなに悲しい顔せんで…」

「っ、」

「まだ…追いつけてへんことあるし…実感したらまた訳分からんくなるかもしれん」


自分が話さなければならないのに。
混乱する、急な事態に置かれたみいちゃんを包み込むようにしたいのに、思うようじゃなくて。

覚悟をした満たされた心とは別に、まだ、情けなく背を丸める自分がいる。


「でも、土生ちゃんはうちが離れんでって言ったん、叶えてくれたんやろ…?」

「……そんなんじゃない、私が…」


叶えたなんて、聞こえのいい表現だ。
そう自分を戒めなければ、みいちゃんの優しい空気に甘えてしまいそうだった。


こんなにも無慈悲で、勝手で。常識なんかじゃ捉えられないことを、必死に受け入れようとしている彼女を見て思う。

私はどこかで、
運命は、感情なんて置き去りの正論も常識も関係ない、酷く強制的なものなのかもしれないと思っていた。

だから、どんな遠回りをしてもどんな道を選んでも
結果は同じで。 それに折り重なるものにも耐えられると思っていた。


「土生ちゃん」


みいちゃんの、甘く優しい声がして泣きそうになる。そんなのダメだと思うのに、泣いて君に縋ろうとする自分が感情の波と共に押し寄せてくる。
それを、口の中で頬の裏を噛んで押さえつけた。許されようとする自分が、許せなかった。


「土生ちゃんを好きって言ったことに嘘はあらへんよ。叶えてくれた『一緒におる』んも守っていきたい」


「…っ、」



運命だとか、
真性だとか、

そんなの、関係ないじゃないか。


何も知らない彼女は。何も知らないからこそ、私に教えてくれる。


こうすべきとか、
こうじゃなきゃいけないとか、そんなものに囚われない。こうしていればとか、こうだったならなんて、絡んだものと蹴散らしていく。

こうしたいという、希望と願いが

それこそが、本当に大切で、思いの根源だと気づかせてくれる。



私が、初めて君を見つけた時は
あまりの衝撃で、本能と理性のせめぎあいだった。

でもそれより何より、君が好きなんだと気づいた時もあった。



君が、

君のことが、好きだから。


こんなにも欲しくて堪らないんだ。



私は、君が欲しくて。

だから、君を私と同じにしたかった。


君の願った、『離れない』ことを叶えたくて
そのまま、自分のものにしたくて。


それは、そのまま、自分勝手な望みと繋がってしまったけれど。



でも。


「みいちゃん、」

「なに?土生ちゃん、」


運命という言葉に頼り、誤魔化しちゃいけない。
向き合うのは、『真性の番』でも『運命』でもなく
小池美波その人だ。



「みいちゃんはもう、私の番になったんだ」

「……うん、」


結果が同じだからって背負うものが同じなわけが無い。


「私が、吸血鬼にした」

「…うん。」


それでも、選んだのは自分だから背負うべきは変わらない。


「君を、人間じゃなくした」

「………」

「みいちゃんがこれから思うことも、どんな否定も受け止めるから」


その事実は、私がみいちゃんに向き合うために
逃げちゃいけないことだ。



「私と、ずっと一緒にいて欲しい」



だから。

君と歩む道を、どうか。

君の隣で歩ませて欲しいーー、






「……それは、ただの責任感なん?」






「ーーえ?」


みいちゃんの言葉の意味が
よく分からなくて変な声が出た。

私が必死に送った言葉にみいちゃんは不満げで、私は意味が理解出来ないまま慌ててしまう。


「みいちゃん、?」

「土生ちゃんが言ってくれたことは、とても大事なんやって分かっとるよ。凄く大変なことやとも思っとる」

「……、」

「でも『今』言ってほしい。土生ちゃんでいっぱいになってちゃんとしとる、今。ちゃんと言うて?」

「……っ、」



触れ合うほどの至近距離。
君の手は、まだ私の背中。

襲えてしまう、この距離で。

君は、なんて爆弾を落としてくるんだろう。


「………っ、酷いね、みいちゃん」

「ふふ。土生ちゃんかて、死にそうになるくらいうちの血飲んだんやろ?おあいこやな」

「……」


痛いところを突いてくる。自覚した爆弾ほど、辛いものもないな、と思った。

それでも、みいちゃんから向けられる笑顔が、これから先隣にあってくれることを想像して
私は、みいちゃんのその目をまっすぐに見つめ返す。





「私は、みいちゃんのことが……ーーー」



何度目かの、告白に

白い肌を赤く染めて。

自分で言わせたくせに、恥ずかしそうに顔を背けた君が愛おしくて。


背けた拍子に髪の隙間から覗いた赤い耳に
吸い込まれるようにキスをすると
さっきまでとは違う、体を奥底から押し上げられるような声がして

吸血欲とも、枯渇の衝動とも違う感覚に襲われて息が詰まった。


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