君は、理性を消し去る。



「やだ」


欲望とか理性とか、
みいちゃんの命の責任を背負うとか
番がどうとか、

色んなことを考えて、パンク寸前で。

そこに来て、みいちゃんの苦しくて悲しい声が突き刺さって。

でも、覚悟はしていたんだ。
締め付けられるような胸の痛みも、逃げ出したい衝動も、
みいちゃんに向けられる敵意も恐怖も拒否も。

覚悟していた、はずだった。

だから、しゃんとしなきゃって
みいちゃんに何を言われても背負う覚悟を見せなくちゃ。
みいちゃんの、苦しみも何も受け止めて

優しい君が、自らの言葉で傷つかないように
君がこれ以上苦しまないように、

毅然としていたかった。


なのに。


出た言葉は、あまりに幼稚で。
自分でも驚くほど、震えてて。

まるで、子供が泣いて縋るような声だった。


どんなに変わろうとしても、そんなのすぐには出来ないのかもしれない。
ずっと、『自信がない』と背を丸めて、愛しい人と向かい合うことを逃げて。
そうして、結局。その人を追い詰めて、危ぶませて
やっと顔を上げたけれど、だからってすぐ事態が好転するわけなくて。


「……、」


けど、今までなら。

自分のせいで命の危機にあるみいちゃんを、助かるよう祈ることしかしなかっただろう。
きっと、番として向き合う未来に覚悟なんて出来なかった。

なら、それよりは自分が覚悟を決めたことは1歩を踏み出せたことにならないだろうか。


……そんなことすら都合のいい解釈かもしれない。

ただのわがままだろ、と言われたら何の弁解もできない。

いや。ただのわがままだ。


君が欲しいのも。
君から離れなくないのも。
失いたくないから、こっちの道に引きずり込んだのも。


何をどう言い繕った所で、全て自分の我儘だ。


なら。
それを、貫き通すしかない。



「……みいちゃん、」

「来んでやっ!」

「………」


君を、巻き込んでいる。
苦しませて、辛い思いをさせている。


自分を守るための言葉にすら、きっと傷ついているんだよね。


「離れたくないよ、」

「……、」

「みいちゃんと、一緒にいたいんだ」


守ることすら、できない。
苦しませて、傷つけることしかしていない。


真性の番かどうかなんて、君には関係のないことだった。


「私のわがままで、苦しませてごめん。でも、みいちゃんを失いたくなかった…」


でも、

君と運命を違えるなんて考えられないんだ。

どんな形でもいい。君は、生きて。
私と、共にあって欲しい。


「みいちゃん、私と生きて…。お願い…」


あの、教室で。
言われた言葉が木霊する。

『血をあげるなんて、誰にでもせんよ』

『うちも、好き…。土生ちゃん』
『またいなくなったら、許さへんからな』

その言葉だけが、私の覚悟を支えているかもしれない。

願うなら、その言葉をもう一度
君から聞きたいんだ。






「……土生ちゃん」

「ーー……」


君に呼ばれる名が。
君の声で紡がれる名前にすら、嫉妬してしまう。

いつの間にか祈るように垂れていた頭を上げる。
みいちゃんは、布団から顔を上げて
少し苦しげな表情に紅い瞳を映えさせている。

その眼に、私を映して。


「っ、土生…ちゃん」

「…。」


喉の奥で音が鳴って、唾を飲み込んだと知る。
あまりに唆る、その存在に。体は思考を置いて、生理反応を起こす。

どくどくと鳴る心臓が、うるさい。
みいちゃんの声が、聞こえなくなるじゃんか。


「苦しいんや、土生ちゃん…、」

「っ、みいちゃん…」

「こんなん、怖いっ、嫌や」


痛々しい声が、刺さる。
どんなに思考を巡らせたって、この痛みは変わることはないんだって知る。


「土生ちゃんのこと、傷つけちゃう…!」

「!」

「離れたくない…!でも、近づいたら……怖くて…もう、!訳分からんっ」

「……みいちゃん、」

「どうしたらええんよっ、」


苦痛であるはずなのに、みいちゃんは私を責めることはしなくて。
その姿に、自分がどれだけ勝手なのか思い知らされる気がしてしまう。

それでも、私がみいちゃんに差し出せる言葉は1つしかない。
あまりに一つ覚えで、みいちゃんに選択をさせてあげることが出来なくて…奮い立たせた覚悟で自分が背負えるものなんて、たかが知れていると実感した。


「……私の血を、飲んで」


それでも、逃げることなんてできない。
せめて。少しでも。
君が早く今の苦しみから抜け出せるように、たった一つの選択が選べるようにするしかなかった。


「っでも、」

「私は、みいちゃんにそうして欲しい」


驚かせないように、怖がらせないように。
ゆっくりと近づいて、手を伸ばす。

みいちゃんの手前に膝を着いたせいで、ギシッとスプリングが鳴る。静かな空間にそれはやけに大きく響いたけれど、重なった視線は少しもブレることは無かった。


指先が白い肌の頬に触れれば、みいちゃんは1度だけ大きく肩を跳ねさせた。

そこから。また、時間をかけて反対の頬にも触れて。
手のひら全体で頬を包み込むように、手を添えた。

白い肌に映える真紅の瞳は、涙に濡れていて、体の奥をゾワゾワと疼き出させた。



「お願い、今だけでいいの。そうしたら落ち着いて考えることも出来るから」

「……でもっ」

「みいちゃんがそうするんじゃない、私がそうさせるの。だから、みいちゃんが苦しむことなんて何も無いから」


この行為に、君が傷つく必要なんてない。
ただ、そうなってしまった自分に傷ついてしまうとは思っている。

これからのこと。
それが、どうあったとしても。

それは逃げちゃいけないことだから。
君が私の血を飲んで、終わりじゃない。

ここから、永い時間がやってくる。それに絶望するかもしれない。周りとの時間の違いに戸惑うこともあるだろう。

でもそれは。それこそは。
私が背負うことだ。

それを、君と。考えていきたい。



「一緒にいて…みいちゃん…、」

「土生ちゃん…」


人を傷つけることが嫌いな君にそれを強いることは、あまりに酷だ。

ただ、それだけに。

君を、背負い守り続けると誓うよ。

だからお願い。私の血を飲んで。その身を早く満たして。
渇きにまた飲み込まれたら、君がまたどこかへ行ってしまう。


愛する君を、失いたくないんだ。










頬を包んでいた手に力を入れて、みいちゃんの顔を上げる。
ゆっくりと顔を近づけて、吸い込まれるように唇を重ねた。

いつの間にか、みいちゃんは布団を手放し私の腕に手を掛けていて。

体温がゆっくりと伝え合わさってる気がしてくる。


あの時のように触れるだけのキスをして、唇が離れるのと同時にゆっくり目を開く。そこには、戸惑いを残しながら意志を秘めた瞳があった。


「…、」

「…………ごめん、土生ちゃん…」

「いいの、私がみいちゃんにそうさせるんだから」


互いに身を引き寄せあって、距離が無くなる。


首筋にみいちゃんの息が当たって、どこか気分が高揚するのを自覚する。
自分が吐いた息は、吸血をした後のように熱かった。

それでも、首筋には硬い歯が当たるだけで痛みは来ないことに気づいて、
小さく震えるみいちゃんの頭を撫でた。


「お願い…、みいちゃん」

「っ、はぶ、ちゃ…」

「大丈夫、」


肩口が濡れた気がして、苦しくなる。

みいちゃんが泣いている。

辛くて、苦しくて。わけも分からず。
ただ、欲しいという欲求への渇望と恐怖、それとそれに勝る満たされる快感と高揚。


私はあの日、その感覚を初めて
君で味わったんだ。
















ブツっ




皮膚が破かれる衝撃が鼓膜を揺らして、何かが満たされる。





深い深い奥底で、誰にも見つからない暗闇の中。
口元を歪ませた、私の知らない自分が呟く。




これで、君を手に入れたーーー。










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