Wolf blood
ねる「りっちゃん、そろそろお暇しようか」
理佐「うん」
由依「じゃあ、またそのうちね」
ねる「はい、今年もよろしくお願いします」
由依「あぁ、そっか。うん。そこの耳垂れワンコもよろしく」
理佐「うるさいな、」
由依「ちゃんとヨシヨシしてもらいなよ、次もどっか回るんでしょ?」
ねる「次は学校やね」
由依「学校?わざわざ?」
ねる「お世話になった人がおるけん」
由依「そう。…あ、理佐」
ねる「?」
由依さんは何故かわざわざ出ようとした理佐を呼び止める。
ねるに聞こえないように、理佐へ耳打ちをした。
由依「さっきも言ったけど、ねるのことちゃんとしなよ」
理佐「…分かってる」
由依「あと」
けれど、それも一瞬で普段の距離に戻る。
今度はハッキリと聞こえるように声量を戻した。
由依「ひかるは『嫌いになりそう』って言ったんだから今は好きってこと。2人でまた来なよ」
ひかる「由依さん!」
理佐「……ありがとう。ちゃんと大事にする。もう、離れたりしないし泣かせない」
ひかる「……当たり前です」
由依「ふふ。じゃあ、またね。気をつけて」
理佐「うん、また」
年が明けて交わした会話は、理佐とひかるちゃんの初めての会話で。
でも、そんなことにはねるは気づかなくて
ただただ理佐が言葉にしてくれた『離れない』という約束に、
それをひかるちゃんという存在に約束してくれたことに
泣きそうになっていた。
理佐「次、学校だっけ?」
ねる「うん」
年下で意志の強いひかるちゃんと、年上なのになよなよしいりっちゃん。
まだぎこちないそれが、今後どう打ち解けていくのか楽しみになった。
ーーーーーーーー
「あ、来た」
「遅いよー、めちゃくちゃ寒いのに!」
「ごめんごめん」
「狼なんだから大丈夫でしょ」
織田「いやいや、うちらに毛皮なんてないじゃん、寒いじゃん」
理佐「鈴本は生足じゃん」
織田「私は完全防備してるでしょ!?」
だにの理佐の掛け合いを横に、鈴本さんと何回目かの年明けの挨拶を交わした。
ねる「寒くなかと?」
鈴本「うーん。寒いけど……耐えられる」
ねる「そうなんや、」
狼さんって強いんやなぁ。でもだにはもっこもこに着込んどるけど。
鈴本「珍しいね、理佐が来るなんて」
ねる「そうなん?」
鈴本「理佐はほんとに関わる人を制限してるから、行事とか義務?みたいなので他人に関わったりしないよ」
ねる「鈴本さん達は他人やなかやろ?友達やん」
鈴本「……ねるは優しい”人”だね」
ねる「ーー………」
織田「美愉ー!もう行こうよー」
少し笑った表情に、固まってしまう。
悪意も何も無いその言葉が、ドスンって入ってきて
心にのしかかった。なぜか、ねると理佐は分かり合えないって言われた気がした。
4人で歩いて、とあるマンションにたどり着く。
入口でインターホンを押せば二重ロックの扉が内側から開かれた。
部屋の前に着いてまたインターホンを押す。
「いらっしゃい」
「明けましておめでとうございます、守屋先生」
茜「明けましておめでとう、みんな元気そうで良かったー!」
ドアを開けてくれたのは守屋先生だった。
何度目かの光景になるみんなで頭を下げて挨拶をして。
守屋先生に通されて中に入る。
そこには、本来の家主がソファに座っていた。
だに達は挨拶を済ませると守屋先生に呼ばれてキッチンでなにやら準備し出す。
そんな3人をみて微笑む菅井先生の横に、ねると理佐は並んだ。
菅井「いらっしゃい」
ねる「明けましておめでとうございます、菅井先生」
菅井「ふふ、おめでとう。ごめんねこんな格好で」
理佐「…大丈夫なの?」
菅井「うん。まだね……良かった、2人で来てくれて」
理佐「すぐ来なくてごめん」
菅井「いいの、気にしないで。こうして会えたんだから」
優しい目で、ねるたちを見て
安心したように『うん』とうなづいた。
菅井「2人で生きてく道を選んだんだね」
理佐「うん」
菅井「素直に嬉しいよ。理佐はこんな感じだから、長濱さんは大変かもしれないけど」
ねる「そんなこと、ないです」
理佐「………」
意識した訳でもないのに、言葉が少し暗くなってしまう。笑顔は作れていた気がするけれど、2人の視線が痛かった。
菅井「理佐」
理佐「ん?」
菅井「茜の手伝いお願いしていい?」
理佐「…分かった」
菅井先生が暗に何をお願いしたいのか理佐はすぐに分かったみたいで
ねるに視線を向けることなくすぐに守屋先生のところに行ってしまった。
少しの罪悪感がのしかかる。
もっと、理佐と分かり合えたなら
理佐と笑って、
菅井先生にもいい返事が出来て…安心してもらえたのに。
座るよう促されて菅井先生の足元に座る。
菅井先生の足に掛る布は、防寒のためなのか、それとも枯渇に伴う弱さを隠すためなのか無意識に疑ってしまった。
長濱さん、と呼ばれて顔を上げる。
優しい笑顔は、理佐のことを相談したあの時と同じだった。
「ふたりでちゃんと話出来てる?」
「…、」
「…長い時間が解決してくれることもあるけれど、長い時間を共にするからこそ、ふたりで話しておかないといけないこともあると思うよ」
きっと、菅井先生にはねるの不安はお見通しで
理佐と関わりが深いからこそ、その不安が抜けきれないことを分かっている。
理佐は、危うい。
それはきっと、『番』になったからってすぐ消えるものではなくて。
その危うさはあまりに根強く、むしろそれが理佐の一部まで侵食しているようで…それをどうしたらいいのかなんて分からない。
「長濱さんが、したいようにすればいいんだよ」
「!」
「番っていうのはただの肩書きじゃないから。どうすればいい、どうしたらいいって考えなくていいの。貴女が、理佐と、どうしたいかだから」
「………、はい」
方法ではなく、意志の問題。
理佐が、じゃない。
ねるが、どうしたいのか…。
「大丈夫。記憶を消されてしまった時、長濱さんはこうしたいって行動をした。だから今、理佐は貴女の隣にいるの」
背中を押すような言葉に、喉の奥が傷む。そこには、枯渇なんて関係ないと言わんばかりのまっすぐな笑顔があった。
「だから、大丈夫。貴女の意思は間違ってない」
「ーー……」
茜「友香」
菅井「ああ、茜。どうしたの」
茜「おせち食べれる?」
菅井「うん。ありがとう。みんなで食べよう」
菅井先生の言葉を皮切りに、鈴本さんやだにがわらわらと料理やお皿を持ってくる。
理佐と隣同士に座って気づけば、菅井先生の横には守屋先生が居て。
ふたりが一緒に過ごしていけたら……菅井先生もずっと長くこれからも一緒にいてくれたら…
そんな切ない、叶わない希望をふたりの姿に望んでしまう。
理佐「ねる」
ねる「っ、あ、なんか取る?」
理佐「…ううん。」
ねる「理佐?」
理佐「…不安にさせてるよね」
ねる「……」
理佐「…ごめん。がんばるから」
ねる「ーー、」
がんばるって何を?
ごめんって、なんで?
そんなん、言われたいわけじゃない。
理佐が理佐らしくいられないなら、それはこれから先の未来で
ねるたちはきっと道を違えてしまう。
それは、今、目の前で。
理佐がねるを見てくれない、その現実が未来になる。
織田「ねるも理佐も馬鹿だなー」
ねる「!」
空気を割ったのは、だにだった。
織田「なんなの?理佐のネガティブさがねるにまで伝染っちゃったわけ?」
ねる「だに、」
織田「うちらには分かんないけどさ、番って変えられようの無いパートナーなんでしょ?それを訳わかんないくらい拗れたのに繋いだんでしょ?じゃあもうそれが全部じゃん!」
鈴本「だに、なんかセリフがバカみたいだよ」
織田「うるさいなー!新年明けて早々からうじうじなよなよしてるのなんて見たくないよ。ウチらが引くぐらいのラブラブ期待してたのに!」
菅井「ふふ。ラブラブって」
茜「理佐はそんなタイプじゃないよね。照れて隠してそう。ねぇ、ねるちゃん」
ねる「ふふ。そう…ですね。ねるが行っても躱されちゃうんで」
理佐「…だってそんなの人前ですることじゃないじゃん、」
織田「番になったんだぜ!ってしてくれたらよかったのになー、笑うのに」
理佐「ちょっと、だからしたくないんだよ」
理佐と2人だったら一緒に埋もれていっていたかもしれなかったそれを
周りが引き上げてくれる。
どう、したいか。
ブレようのない願いなら、ある。
でも、そのために。
愛する人のためにしたいことは……、
ひとしきり騒いだ後、私たちはまたその場を後にする。
理佐は菅井先生に呼ばれて少し離れたけれど、私ほどの時間は掛からずに戻ってきた。
「菅井先生、守屋先生とおるとね」
「うん。狼のリーダーだから、枯渇のこと報告したみたい。それから来てくれるんだって」
「そうなんや、…枯渇して襲うとかないと?」
「…友香に限ってなら、ないよ。ただ他の人はどうかな…周りに人が居たり対象がいれば襲うこともあると思う。でも自制の問題も大きいって聞いたことある」
「…そっか、」
恐らく、だけれど
守屋先生は、菅井先生を心配して付き添ってくれとるんやと思う。
最期が、独りにならないように。
共に生き続けることが叶わないのなら、最期を共にいられるように、。