Wolf blood
理佐と、正式な番となって
訪れた初めての大晦日は、なんの変哲もなく静かに終わりを告げて
新しい年が明けた。
「理佐、あけましておめでとう」
「おめでとう、ねる」
「なんや、ねるがめでたいみたいやね」
「あぁ。ごめん、」
「ええんよ。今年もよろしくねぇ」
「うん、よろしくお願いします」
きっと、理佐と番になることがなかったら
理佐はもうどこかに消えていたのかもしれない。
長い命を生きる中で、同じ人間と関わることは出来ないから
高校卒業して……そのあとは、きっと静かにみんなの前から存在を薄くして、消えてしまう…。
理佐の事だから、記憶さえ消して元から自分なんていなかったみたいに消えてしまうのかも。
「ねる?」
「!」
せっかくの年明けなのに、悲しい考えに辿り着いてしまって。いつか、消された記憶を思い出す。
あの時のことは、今でも怖くなる。
番だとして。それが、変わることの無い絶対だとして。
それは、どこまでねるたちを保証してくれるんだろう。
「……、理佐」
「なに…?」
理佐はまだ、『番』のことを隠してる。
それは、気づいている。
由依が言っていたことと、理佐の言っていたことは同じじゃなかった。
でも。
「あいさつ、」
「え?」
「年明けの挨拶、いつ行くと?みいちゃん達と、由依さんとこにも行くやろ?」
「あー、…どうしようか」
でも。
番になって、明らかに変わったこともある。
理佐は一緒にいてくれるようになったし、
帰る家は同じで、前みたいに境界線を張らなくなった。
だから、今の不安は、
今までのトラウマみたいなものだと思う。
離れていってしまった理佐が、またいなくなってしまうんじゃないかって
それにすら、気づけない自分がいるんじゃないかって…
長い未来に不安があるだけ。
でもそれは、理佐にぶつけるんじゃなくて
少しずつ、一緒にいてくれる時間が、共に生きていく時間が
溶かしていってくれるのを待とうと思った。
「毎年どうしとるん?」
「毎年?、挨拶なんてしない、なぁ」
「え?」
「みんな、年明けなんて腐るほど経験してるから。飽きてるんだよ、私たちって特にやることも無いし。あー、年明けかぁくらい」
「えー、」
そういうもんなん、?
そりゃあ長く生きとればそうなるかもしれんけど…、寂しいやんか。
「一応、愛佳と真祖には顔だしに行ってたけどこれからはそんなこともしないしね…」
「りっちゃん!」
「えっ、なに?」
いけん。いけんよ!
そんなぼーっとしとったら、ボケてまう!
「みんなのとこ回ろう!挨拶行こ!初詣も!!」
「え。」
ビックリしよるりっちゃんを放って、スマホを取り出す。
年明けの挨拶とともに、約束を取り付ける。
ほとんどが自宅でのんびりする予定だったみたいで
ねるたちが行くと言っても、二つ返事で答えが帰ってきた。
「最初どこ?」
「土生ちゃんたちのとこ」
初日が昇りきる途中でねるたちは見慣れた道を歩く。
コートにマフラーを巻いて、小さい顔が半分くらい埋まっている。
肩をすくませて歩く理佐。寒いんやねぇ、可愛かぁ…。
『寒い、眩しい…』とボソボソ言いながら歩くけど、2人で並びながら理佐はしっかり道路側を歩いてくれていて。守ってくれとるのが伝わってきて、寒いしほっぺも赤いけど、嬉しくて仕方がなくて、ニヤけるのが止められなかった。
土生ちゃん宅について、インターホンを鳴らす。出てきてくれたのは土生ちゃんだった。
土生「いらっしゃい」
ねる「土生ちゃん久しぶり。明けましておめでとう。」
土生「明けましておめでとう、今年もよろしくね」
玄関先で、みんなで頭を下げて挨拶をする。
こんな挨拶久々だなぁなんて笑う土生ちゃんを見て、ほんとに長い時間に埋もれていってしまうんだと感じる。
土生ちゃんに通されてリビングに入る。
瞬間、ねるの体に衝撃が走った。
「ねるー!」
「!!??っみいちゃん!?」
「待っとったんやでえ!遅かったやん!」
「え?そう…?」
「ごめん、みいちゃん酔ってるんだ」
抱きついてきたみいちゃんにわたわたしていると、土生ちゃんが申し訳なさげな声でそんな声をかけてくる。
出来ればもうちょっと早く教えて欲しかった。
ねる「みいちゃん、明けましておめでとう」
小池「おめでとさん!今年もよろしくお願いしますー」
ねる「よろしくね」
小池「去年は大変やったなぁ、へたれな理佐のせいで」
理佐「……ごめんって」
小池「自暴自棄になったら、『また』うちの血飲みに来てもええんやで?」
ピシャーーん!!
と、空気が凍る。
雷が落ちる。
にへ、と笑うみいちゃんだけを残して
その場にいた、全員がその空気を理解した。
土生「………理佐?」
ねる「どういうこと?」
理佐「っ、いや!違う!ちょっと美波!」
小池「なんやねんなー。飲もうとしたやんかー。ウチがいややって言ったのに『大丈夫』言うて――うぐぐ」
理佐「美波黙って!」
土生「理佐、みいちゃんに何したの」
理佐「な、何もしてないよ!」
ねる「みいちゃん『また』って言っとったやんか!なんかしたんやろ!」
理佐「してないってば!」
小池「りっちゃんってば、強引やねんからぁ」
理佐「美波!!」
いつもの倍の声で止める理佐に、うへへと茶化しに入るみいちゃん。
少しコントみたいなそれを、瞳を紅くした人は大人しくしていなかった。
理佐の胸ぐらが掴まれて引き上げられる。
理佐も背は高いけど、それよりも上に行く人に引き上げられて、さすがにつま先立ちになっていた。
理佐「!??っはぶちゃ…!」
土生「いつ、どこで?みいちゃんに何したの。」
理佐「なにも、してないっ、て、!」
土生「理佐」
理佐「―――っ、」
否定する理佐を前に、土生ちゃんの手に力が籠る。付いていた足先が、浮いた。
小池「土生ちゃーん、かまぼこ食べたいー」
土生「………、みいちゃん」
小池「理佐に構っとらんでうちにも構ってやぁ。さみしいー」
みいちゃんの他人事な反応に、土生ちゃんは思わずみいちゃんの隣に駆け寄って座る。
解放された理佐よろめきながらゴホゴホとむせ込んでいた。
土生「、みいちゃん、さっきの話ってなに?」
小池「さっきのぉ?」
もっもっ、とかまぼこを頬張るみいちゃん。
それが飲み込まれるのを、土生はじっと待っていた。
土生「理佐がみいちゃんの血飲むとかさ、」
小池「ああ、あれなぁ」
理佐「美波っ、」
小池「ええやんか、理佐のヘタレのせいで大好きなねるとすれ違って泣いて怒られて、それを大好きな愛佳にしばかれて、凹んで自暴自棄になっただけやん」
理佐「…………」
小池「ウチの血ぃ飲んで、土生ちゃんに消して欲しかったんやろー?へたれでネガティブな理佐がしそうなことやわ。そんなんで土生ちゃんの手汚すなんて許さへんからなー」
さっきと言ってることが違う。
けど、、まぁ。
あの頃の理佐を思い出すと、そういう思考も行動も納得出来てしまう。
だから、怖い。
その根底はきっと、すぐには変えられない…。
酔ったみいちゃんにお酒を勧められて、少しだけお酒を交わす。
またね、と約束をして、
お酒に頬を染めて終始顔を綻ばせていたみいちゃんと、紅い目がしばらく抜けなかった土生ちゃんに今年もよろしくと言い合って別れを告げた。
「…次、どこいくの?」
「うーんと、本当は愛佳んとこ行く予定やったんけど、時間合わんで最後にするったい。次は……」
「……ほんとに来た」
ねる「明けましておめでとうございます、由依さん、ひかるちゃん」
ひかる「おめでとうございます」
由依「……おめでと」
理佐「おめでとう」
各々が、挨拶を口にして
由依さんに通されて中に入る。
土生ちゃんたちの時とは違う、落ち着いた空気があった。
促されてテーブル席に座る。
本来2人で使っているであろうそこに、4人分の席が準備されていて
理佐を見る。
理佐もそれに気づいて、嬉しそうにはにかんでいた。
由依「挨拶とか、毎年してんの?」
理佐「ううん。ねるがしようって。今までは真祖に顔出しに行くくらいだったよ」
由依「へえ。良かったじゃん、理佐」
理佐「なにが?」
由依「どうせ志田とか平手以外とは用がなきゃ関わったりしてないんでしょ?そうやって周りと関わってくの理佐には必要なんじゃない?」
理佐「……そうだね」
理佐は。
由依さんのその言葉に少しだけ悲しい顔をして、ちらり、とねるに視線を向ける。
気を使うように笑って、ありがとうって言ってくれた。
否定され利用される、そんな過去を背負った理佐は無意識に相手との距離を取りがちで
だから、ねるもそれに敏感になってしまう。
「ねるさん、大丈夫ですか?」
「ん?あ!ひかるちゃん、」
「お茶です」
「ありがとー」
お茶を出してくれたひかるちゃんは、どこか由依さんに似て射抜くような瞳に見える。
ふたりの時間が重ねられているのが分かる。ねるたちはどうなんやろう、
理佐と由依さんのであろうお茶をまだトレーに乗せたまま、ねるはひかるちゃんと何気ない話をしてて
由依さんと理佐がこっちを見てることなんて気づかなかった。
ひかる「…元気ないですね」
ねる「そう?元気まんまんよ!」
ひかる「………」
ねる「…………、」
ひかるちゃんのぱっちりした目が怖い。嫌な汗が流れてる気がする…。
本当、由依さんに似てきた。
観察なのか、意志の強さなのか…嘘や誤魔化しが意味無く感じられてしまう。
ねるが無言で視線を逸らしとる間に、ひかるちゃんはトレーを持ってテーブルの反対側に回った。
理佐「あ、ありがーー」
ドン!びしゃっ、。
理佐「ー………、」
由依「…ひかる、」
ひかる「お茶です」
理佐「……うん、ありがとう」
お茶が力強く置かれて中身がテーブルに僅かに零れる。理佐の声が小さくなった。
少し呆れたような由依さんに全く目線を寄越さずに、ひかるちゃんの眼は理佐を見つめる。
理佐「……ぇと、」
ひかる「………、ねるさんのこと大事にしてくださいね」
理佐「!」
ひかる「じゃなきゃ、あなたのこと嫌いになりそうです」
理佐「………うん」
ひかる「……お茶、入れ直します」
由依「私も行くよ」
理佐「……、」
ひかるちゃんの後に続いて席を立った由依さん。
ぽつん、と残された理佐はまた私に目線を向けた。
耳もしっぽも垂れたわんこがそこにいました。
訪れた初めての大晦日は、なんの変哲もなく静かに終わりを告げて
新しい年が明けた。
「理佐、あけましておめでとう」
「おめでとう、ねる」
「なんや、ねるがめでたいみたいやね」
「あぁ。ごめん、」
「ええんよ。今年もよろしくねぇ」
「うん、よろしくお願いします」
きっと、理佐と番になることがなかったら
理佐はもうどこかに消えていたのかもしれない。
長い命を生きる中で、同じ人間と関わることは出来ないから
高校卒業して……そのあとは、きっと静かにみんなの前から存在を薄くして、消えてしまう…。
理佐の事だから、記憶さえ消して元から自分なんていなかったみたいに消えてしまうのかも。
「ねる?」
「!」
せっかくの年明けなのに、悲しい考えに辿り着いてしまって。いつか、消された記憶を思い出す。
あの時のことは、今でも怖くなる。
番だとして。それが、変わることの無い絶対だとして。
それは、どこまでねるたちを保証してくれるんだろう。
「……、理佐」
「なに…?」
理佐はまだ、『番』のことを隠してる。
それは、気づいている。
由依が言っていたことと、理佐の言っていたことは同じじゃなかった。
でも。
「あいさつ、」
「え?」
「年明けの挨拶、いつ行くと?みいちゃん達と、由依さんとこにも行くやろ?」
「あー、…どうしようか」
でも。
番になって、明らかに変わったこともある。
理佐は一緒にいてくれるようになったし、
帰る家は同じで、前みたいに境界線を張らなくなった。
だから、今の不安は、
今までのトラウマみたいなものだと思う。
離れていってしまった理佐が、またいなくなってしまうんじゃないかって
それにすら、気づけない自分がいるんじゃないかって…
長い未来に不安があるだけ。
でもそれは、理佐にぶつけるんじゃなくて
少しずつ、一緒にいてくれる時間が、共に生きていく時間が
溶かしていってくれるのを待とうと思った。
「毎年どうしとるん?」
「毎年?、挨拶なんてしない、なぁ」
「え?」
「みんな、年明けなんて腐るほど経験してるから。飽きてるんだよ、私たちって特にやることも無いし。あー、年明けかぁくらい」
「えー、」
そういうもんなん、?
そりゃあ長く生きとればそうなるかもしれんけど…、寂しいやんか。
「一応、愛佳と真祖には顔だしに行ってたけどこれからはそんなこともしないしね…」
「りっちゃん!」
「えっ、なに?」
いけん。いけんよ!
そんなぼーっとしとったら、ボケてまう!
「みんなのとこ回ろう!挨拶行こ!初詣も!!」
「え。」
ビックリしよるりっちゃんを放って、スマホを取り出す。
年明けの挨拶とともに、約束を取り付ける。
ほとんどが自宅でのんびりする予定だったみたいで
ねるたちが行くと言っても、二つ返事で答えが帰ってきた。
「最初どこ?」
「土生ちゃんたちのとこ」
初日が昇りきる途中でねるたちは見慣れた道を歩く。
コートにマフラーを巻いて、小さい顔が半分くらい埋まっている。
肩をすくませて歩く理佐。寒いんやねぇ、可愛かぁ…。
『寒い、眩しい…』とボソボソ言いながら歩くけど、2人で並びながら理佐はしっかり道路側を歩いてくれていて。守ってくれとるのが伝わってきて、寒いしほっぺも赤いけど、嬉しくて仕方がなくて、ニヤけるのが止められなかった。
土生ちゃん宅について、インターホンを鳴らす。出てきてくれたのは土生ちゃんだった。
土生「いらっしゃい」
ねる「土生ちゃん久しぶり。明けましておめでとう。」
土生「明けましておめでとう、今年もよろしくね」
玄関先で、みんなで頭を下げて挨拶をする。
こんな挨拶久々だなぁなんて笑う土生ちゃんを見て、ほんとに長い時間に埋もれていってしまうんだと感じる。
土生ちゃんに通されてリビングに入る。
瞬間、ねるの体に衝撃が走った。
「ねるー!」
「!!??っみいちゃん!?」
「待っとったんやでえ!遅かったやん!」
「え?そう…?」
「ごめん、みいちゃん酔ってるんだ」
抱きついてきたみいちゃんにわたわたしていると、土生ちゃんが申し訳なさげな声でそんな声をかけてくる。
出来ればもうちょっと早く教えて欲しかった。
ねる「みいちゃん、明けましておめでとう」
小池「おめでとさん!今年もよろしくお願いしますー」
ねる「よろしくね」
小池「去年は大変やったなぁ、へたれな理佐のせいで」
理佐「……ごめんって」
小池「自暴自棄になったら、『また』うちの血飲みに来てもええんやで?」
ピシャーーん!!
と、空気が凍る。
雷が落ちる。
にへ、と笑うみいちゃんだけを残して
その場にいた、全員がその空気を理解した。
土生「………理佐?」
ねる「どういうこと?」
理佐「っ、いや!違う!ちょっと美波!」
小池「なんやねんなー。飲もうとしたやんかー。ウチがいややって言ったのに『大丈夫』言うて――うぐぐ」
理佐「美波黙って!」
土生「理佐、みいちゃんに何したの」
理佐「な、何もしてないよ!」
ねる「みいちゃん『また』って言っとったやんか!なんかしたんやろ!」
理佐「してないってば!」
小池「りっちゃんってば、強引やねんからぁ」
理佐「美波!!」
いつもの倍の声で止める理佐に、うへへと茶化しに入るみいちゃん。
少しコントみたいなそれを、瞳を紅くした人は大人しくしていなかった。
理佐の胸ぐらが掴まれて引き上げられる。
理佐も背は高いけど、それよりも上に行く人に引き上げられて、さすがにつま先立ちになっていた。
理佐「!??っはぶちゃ…!」
土生「いつ、どこで?みいちゃんに何したの。」
理佐「なにも、してないっ、て、!」
土生「理佐」
理佐「―――っ、」
否定する理佐を前に、土生ちゃんの手に力が籠る。付いていた足先が、浮いた。
小池「土生ちゃーん、かまぼこ食べたいー」
土生「………、みいちゃん」
小池「理佐に構っとらんでうちにも構ってやぁ。さみしいー」
みいちゃんの他人事な反応に、土生ちゃんは思わずみいちゃんの隣に駆け寄って座る。
解放された理佐よろめきながらゴホゴホとむせ込んでいた。
土生「、みいちゃん、さっきの話ってなに?」
小池「さっきのぉ?」
もっもっ、とかまぼこを頬張るみいちゃん。
それが飲み込まれるのを、土生はじっと待っていた。
土生「理佐がみいちゃんの血飲むとかさ、」
小池「ああ、あれなぁ」
理佐「美波っ、」
小池「ええやんか、理佐のヘタレのせいで大好きなねるとすれ違って泣いて怒られて、それを大好きな愛佳にしばかれて、凹んで自暴自棄になっただけやん」
理佐「…………」
小池「ウチの血ぃ飲んで、土生ちゃんに消して欲しかったんやろー?へたれでネガティブな理佐がしそうなことやわ。そんなんで土生ちゃんの手汚すなんて許さへんからなー」
さっきと言ってることが違う。
けど、、まぁ。
あの頃の理佐を思い出すと、そういう思考も行動も納得出来てしまう。
だから、怖い。
その根底はきっと、すぐには変えられない…。
酔ったみいちゃんにお酒を勧められて、少しだけお酒を交わす。
またね、と約束をして、
お酒に頬を染めて終始顔を綻ばせていたみいちゃんと、紅い目がしばらく抜けなかった土生ちゃんに今年もよろしくと言い合って別れを告げた。
「…次、どこいくの?」
「うーんと、本当は愛佳んとこ行く予定やったんけど、時間合わんで最後にするったい。次は……」
「……ほんとに来た」
ねる「明けましておめでとうございます、由依さん、ひかるちゃん」
ひかる「おめでとうございます」
由依「……おめでと」
理佐「おめでとう」
各々が、挨拶を口にして
由依さんに通されて中に入る。
土生ちゃんたちの時とは違う、落ち着いた空気があった。
促されてテーブル席に座る。
本来2人で使っているであろうそこに、4人分の席が準備されていて
理佐を見る。
理佐もそれに気づいて、嬉しそうにはにかんでいた。
由依「挨拶とか、毎年してんの?」
理佐「ううん。ねるがしようって。今までは真祖に顔出しに行くくらいだったよ」
由依「へえ。良かったじゃん、理佐」
理佐「なにが?」
由依「どうせ志田とか平手以外とは用がなきゃ関わったりしてないんでしょ?そうやって周りと関わってくの理佐には必要なんじゃない?」
理佐「……そうだね」
理佐は。
由依さんのその言葉に少しだけ悲しい顔をして、ちらり、とねるに視線を向ける。
気を使うように笑って、ありがとうって言ってくれた。
否定され利用される、そんな過去を背負った理佐は無意識に相手との距離を取りがちで
だから、ねるもそれに敏感になってしまう。
「ねるさん、大丈夫ですか?」
「ん?あ!ひかるちゃん、」
「お茶です」
「ありがとー」
お茶を出してくれたひかるちゃんは、どこか由依さんに似て射抜くような瞳に見える。
ふたりの時間が重ねられているのが分かる。ねるたちはどうなんやろう、
理佐と由依さんのであろうお茶をまだトレーに乗せたまま、ねるはひかるちゃんと何気ない話をしてて
由依さんと理佐がこっちを見てることなんて気づかなかった。
ひかる「…元気ないですね」
ねる「そう?元気まんまんよ!」
ひかる「………」
ねる「…………、」
ひかるちゃんのぱっちりした目が怖い。嫌な汗が流れてる気がする…。
本当、由依さんに似てきた。
観察なのか、意志の強さなのか…嘘や誤魔化しが意味無く感じられてしまう。
ねるが無言で視線を逸らしとる間に、ひかるちゃんはトレーを持ってテーブルの反対側に回った。
理佐「あ、ありがーー」
ドン!びしゃっ、。
理佐「ー………、」
由依「…ひかる、」
ひかる「お茶です」
理佐「……うん、ありがとう」
お茶が力強く置かれて中身がテーブルに僅かに零れる。理佐の声が小さくなった。
少し呆れたような由依さんに全く目線を寄越さずに、ひかるちゃんの眼は理佐を見つめる。
理佐「……ぇと、」
ひかる「………、ねるさんのこと大事にしてくださいね」
理佐「!」
ひかる「じゃなきゃ、あなたのこと嫌いになりそうです」
理佐「………うん」
ひかる「……お茶、入れ直します」
由依「私も行くよ」
理佐「……、」
ひかるちゃんの後に続いて席を立った由依さん。
ぽつん、と残された理佐はまた私に目線を向けた。
耳もしっぽも垂れたわんこがそこにいました。