君は、理性を消し去る。


小池の元に届いた土生からのメッセージは、あまりに突然だった。
無視され続けたメッセージへの一言もなく、ただ、明日の放課後、学校で会ってほしいって内容だけ。

正直この違和感に、小池はメッセージが土生からのものではないと気づいたけれど
だからといって土生に会えるかもしれない機会を投げる理由にはならなかった。

すぐに返事を返し了承のメッセージを送った。


「……、」


会えればそれでいい。
土生との最後は、少し顔色の戻った、それでもまだ弱々しく眠るその姿だったから。
それがせめて、自分に…誰かに笑いかける姿だったならここまで苦しくなかったのに。


「誰かって誰やろう…おるんかな、好きな人」


自分かもしれないと自惚れたくなり、メッセージを無視され続けた現実を思い出して凹む。 土生瑞穂に関して、理解が追いつかなかった。


翌日。
普段通りに自宅を出て、学校への通学路を歩く。それでもひとつひとつの行動がいつもより早くなってしまって、いかに土生という存在に自分が浮かれているのか感じられて
なんとなく、むず痒くなる。

恋、なのか。

それでも今まで思考してきたことを思うと、未だ答えの出ないループにまた入ってしまうことが容易に想像出来て
考えるのを止めた。


「小池さん、」

「あっ、理佐さん!」

「土生ちゃんから連絡きた?」


思考の中断を助けてくれたのは、理佐の声だった。
例え会話内容が思考と重なったとしても、誰かと話していれば深く悩み込むことは避けられる。
小池は、内心理佐に感謝しつつその問いに答えを返した。


「うん。今日の放課後、会えるかもしれん」

「かも?」

「たぶんやけど、メッセージくれたんは土生ちゃんとちゃうから…」

「……」


きっと、理佐は何かを知っているだろうとは思ったけれど、それを問うのはここまで自分のために動いてくれた理佐にとってあまり好ましいことではないのだろうと、気を巡らせた。


「…土生ちゃんに、会いたい?」

「え?」

「なんかちゃんと、小池さんがどう思ってるのか聞いたことなかったから」

「……んー、」


土生には、会いたい。
けれど、理佐が聞きたいのはそれだけではないように思えて考えを馳せる。 小池にはどこか、『土生瑞穂』という存在に会えさえすればそこからなにか見つけられると思っていた。
それも相まって、ループし続ける思考は答えを出さずに止まってしまっている。

答えの出ない思考から離れられると思ったけれど、結局逃れることは出来ず
元より、その救いの手だと思った相手が答えを促してくるなんて、と勝手な思いが頭の中を駆け巡った。


「…土生ちゃんには、会いたい」

「……」

「ただ、それがどういう意味になるんか、自分でもまだはっきりせえへん」


それでも、
理佐の落ち着いた雰囲気に、ごちゃごちゃだった思考がゆっくりとぽろぽろ言葉に落ちてきて、
絡まっていたそれがちゃんと1個1個バラけていく気がした。


「好き、なんやとは思う」


好き、やったんか。
と他人事のように思った。


「でも、土生ちゃんにいっぱい惹かれとる分怖いなぁとも思っとるんよ」

「…怖い?」

「うーん、不安なんかなぁ。土生ちゃん…も、ウチとは違うやろ?その人に惹かれるんは、どういう意味になるんかなって」


怖い。不安。分からない。
そんなあやふやでマイナスな言葉たちを、理佐が何も言わずに受け止めていく。

そんなんじゃいけないとどこかで否定していたそれは、受け止められることで
ストン、と自分の中に落ちていった。


「でも、もう1回土生ちゃんに会えたら…分かる気がするんや」

「……そう」

「最後に会ったんは、枯渇しとるときなんやろ?あれじゃ分からんもん。けど」


でも、だから。
あの時の土生を見て、接して。その時の感情から自分の気持ちを知ることも出来た。


「………土生ちゃんに会って話がしたい、」

「うん、」

「ふふ。なんで理佐さんがそんな切なそうな顔するん?」

「…ごめん」


気づけば、理佐は目の前で悲しげに表情を曇らせていて
その優しすぎる姿に、笑みがこぼれてしまった。


「ありがとうな、いっぱい、気つこうてくれて」

「…そんなんじゃないよ、」

「なあ、理佐さん」

「なに?」


「あんな、ーーーー……」



土生に対しての思いは、きっと既にどこかで決まっていて
ただそれをぶつけるのは、それは本人にしかないのかもしれない。

だから、土生に会って話がしたかった。






ーーーーーーーーーー












一日の授業は、いつもよりあっという間に終わりを告げ
放課後が来る。

結局、新しい連絡が来ることはなくて
小池はとりあえず昇降口でその姿を探した。 学校に来ているような話もなかったし放課後に合わせて来るのかもしれない。

けれど、しばらくしても土生は見つからず不安になってメッセージを送る。
入れ違いになってしまったかもと、小池は学校の中へと足を戻した。



「あら?小池さん、」

「!、菅井せんせー」

「どうしたの?」

「んー、いやえっと…あの、忘れもん!!取りに戻ろ思て」


そんな小池に、菅井は『そう』とだけ返事を返した。


「気をつけてね。あまり遅くならないように、」

「ーー………。」


『気をつけて、』

土生と関わる度に言われてきたその言葉に、何気ない菅井の言葉が重なって
小池は息を詰まらせる。

教室で見た土生の姿。
織田と土生のやり取り。

あの衝撃は、明らかな恐怖だった。


「先生、」


既に背を向けていた菅井に、小池は言葉を投げる。


「なに?」

「あの人らに『嘘』はないんですよね?」

「……」

「先生にも」

「……ないよ。あなた達とは少し、在り方が違うだけ。嘘なんてない」


ーーあの時のすべてが、事実。
それが、このマイナスな言葉たちの正体なのだろうか、


「けれど」

「!」

「その『少し』がとても大きかったりする。それは事実だし逃げられないことだと思う」


ーーでもそれが、その人を否定し虐げる理由になんてなり得ない。



あまり肯定的でない言葉を並べる菅井だけれど、その姿は堂々としていて
まっすぐなその眼に、無意識に歯を食いしばった。


「……っ、逃げへんから」

「!」

「土生ちゃんに会って話する。逃げへん。安心して、せんせー」

「…ありがとう」


菅井の言葉に、小池は笑顔を見せて歩き出す。その小池を見送って、守屋のいる職員室へ、菅井は足を進めた。


小池は、土生と会ってどんな話をするだろうか。
運命や番なんて縛りつけるものとは関係なく、小池と土生が一緒にいられたらいい。
ふたりが笑顔で並ぶ姿を想像して、笑みが零れた。








けれど。


教室で会った土生とは、ろくな会話は出来なかったし。
小池にとって、聞きたいことは何一つ聞けなかった。

ただ、突き抜ける痛みの後に襲いかかったボヤけた世界と、酷い倦怠感に

もう、意識を手放してしまいたいと願い、

二度と、土生から離れたくないとその手を握りしめた。







菅井の元に届いた知らせは、予想していたそれが如何に楽観視していたものかを知らしめてきて。

数時間前の理想を、『真性の番』の重みと『運命』に縋り願うしかなくなっていた。




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