君は、理性を消し去る。



「土生ちゃん」

「……友香、」


あの後。何度呼びかけても、小池は目を覚ますことはなく 魂が抜けたように温もりが乏しくなり青白くなったその身を震える手で抱きしめた。
それでも、耳に小さい呼吸が繋がっていることを知らせてきて、土生は小池を抱えたったひとつの望みをかけて菅井の元へ縋りついた。


「大丈夫?」

「……私より、みいちゃんは?」

「……、」


菅井のベッドに横たわる小池を見る。

聞かなくても分かっていた。この身は気持ち悪い程に満たされている。それは、それだけ小池の身は削られたということを意味している。
どれだけの血を飲めば、人間の致命傷に至るのか既知のはずだった。


「……っ!」


土生は、くしゃりと髪を握りしめる。 何故、どうして、止まれなかったのか。変えられない過去に、後悔ばかりが責め立ててくる。


「友香、」


落ち着いた声がして、土生は顔を上げる。
そこには、菅井に呼ばれて来た理佐がいた。小池の治癒が終了したようだった。


「理佐、傷はどう?」

「傷自体はもう大丈夫だよ。治せた」

「ありがとう」

「……でも、私はそれしか出来ない」


傷は治せても、失われた血は戻らない。
小池の状態が改善したとは言えない。

一般の病院に連れていくことは出来ない。現状を平手に報告したけれど、指示されたのは、


「……土生ちゃん。小池さんと契りを交わしなさい」

「ーー……!」


契りを成立させることだった。
けれど、無情ともとれるその指示は、何よりも現実的だと全員が分かっていた。


理佐「友香、でもそれは」

菅井「正直、小池さんの状態は楽観視できないよ。命の危険がないとは言えない」

土生「………」

菅井「こんなことは言いたくないけれど、『真性の番』を失うことは避けたいの。例え助かったとしてその先で契りを交わすのは運命だよ。なら時期なんて、」

理佐「っ待ってよ。それはふたりが決めることでしょ? こんな、小池さんの意思も聞けないのに…」

菅井「分かってる。でも命が危ないのに、それを避けないでその先なんて考えてる場合じゃないよ」

理佐「でも!」

土生「ふたりとも、落ち着いて」


第三者が交わすやり取りに、当事者が制止をかける。 意外と、本人よりも他者の方が感情で動いてしまうのかもしれなかった。


理佐「……土生ちゃん、」

土生「ごめん。私がした事なのに…ふたりを巻き込んで、」

菅井「……」


契りを交わすこと、
番として共に生きること、

それは、君を人間から外すことになる。


そうして生きていく、自信がなかった。
覚悟も、出来なかった。


人ならざるものに、君を巻き込むことも
吸血鬼の世界に引き込むことも、

その度に、皮膚を破き血を喰らい傷つけることも
傷つけ続けることも

その責任を背負い生きるほど、自分は立派な存在なのだろうか。
君にその重荷を背負わせて強いるほどの、存在価値があるのか。


自信が無い。
覚悟がない。


そうやって君を、今この時さえ
命を危ぶませている…。

そんなのはもう、止めたい。
そんなことで、君を傷つける自分を
変えたかった。


土生「…友香、」

菅井「…なに?」



「……みいちゃんと、契りを結ぶよ」



理佐「………!!」


理佐はそれに息を詰まらせる。
菅井はそれに気づいたけれど、気に止めることなくその準備に取り掛かった。


「待ってよ、」


切羽詰まったような声が、土生に届く。
目を向ければ、理佐の切なそうな眼とぶつかった。


「小池さんの意思はどうなるの、」


震えながら、その言葉は土生に向き合っていく。


「そんな、真性の番だからって本人に何も言わずに人間じゃなくするなんて…!小池さんは吸血鬼に使われる物じゃないんだよ?」

「……理佐、」

「そんな、物みたいに扱わないでよ」


理佐が必死に感情を押さえつけようとしているのが分かる。 その背景がなんなのか、それが理佐の過去に繋がっているのは
言われなくても感じ取ることができた。



「、命が危ないのは分かってる。それがなくなったら人だとか人じゃないのかなんて関係なくなるのも分かってるよ。でも、……そうやって、こっちの都合で契りを結ぶなんて…別のものに変えるなんて、そんなの勝手すぎる…」


きっとここに愛佳がいたなら…、それを掬いとって 影で悲しく泣く理佐の涙を止めてあげることが出来たかもしれない。


「………ごめん」


でも、。


土生「それでも、みいちゃんには番になってもらう」

理佐「…っ、」

土生「…離れたら許さないって言われたの」


意識を手放すその瞬間に、願った言葉。
その言葉の想いを、自分は知っている。

ーー『みいちゃん、好きだよ』


何にも囚われない、願い。
それは小池にとっても本心だったと信じたい。



「自分が死にそうなくらい体が辛いのに、私から手を離さなかった」



みいちゃんの意思は、そこにある。


みいちゃんの命は、私が背負う。
みいちゃんが長い命に絶望して、死を望んだら。
みいちゃんが、人間でないことに絶望してその存在を消したいと望んだなら。


それが君にとって最大の苦痛になるなら、
責任をもって、それを叶えよう。

吸血鬼となって、得る苦痛も悲痛も、全て私が背負おう。


理佐「……どう思ったって、1度でもそういう扱いをされたら…苦しむことだってあるよ」

土生「……」

理佐「土生ちゃんも小池さんもそれを背負ってかなきゃいけなくなる」

土生「…分かってる」


変わった未来に、必ずしも幸せがあるとは思わない。
嫌われるかもしれない、
離れる以上の絶望を与えるかもしれない。

理佐の言う通り、この選択が一生の後悔や溝を生むかもしれない。

けど。


土生「それでもいい」


責任を背負えないとか、
覚悟が出来ないとか、

そんなのもう関係なくて。
自分の弱さで、迷うのも苦しませるのも
もう捨てる。


出会ったころから分かってたはずだ。
このままじゃ居られないって。

このまま、友達のまま
好意を寄せ合う恋人のようになんていられない。



変わらなきゃ、ならない。

自分が変わるしか、この先に 彼女と笑い合える未来はない。


土生「覚悟してる」

理佐「……!」

土生「みいちゃんを失いたくない。それは私のわがままだし勝手かもしれない、だけど」


土生の真っ直ぐな眼が、理佐へ向けられる。
迷いのないその瞳は、意志の強さを現していた。


「だからこそ、みいちゃんのすべては私が背負うよ」



逃げない。

言い訳なんてしない。


君を失わないために出来ることを、する。


覚悟を決める。
君といることに、迷わない。

小池美波。その人を、愛し
一生を共にする。

そして、その命を背負って
私は生きていく。














土生の血液が、小池の身に混ざり込み、
細胞が音を立てて形を変える。




小池の目が、再び開いた時

真紅に染る瞳が、土生を映した。


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