君は、理性を消し去る。



「……お茶でも入れる?」


その言葉は自分が言うべきではないと承知していたけれど、あまりに固まった空気に理佐は思わず口にしてしまった。

難しい顔をして黙り込んでいた愛佳が、立ち上がろうとした理佐の腕を掴む。


愛佳「りっちゃんはそんなことしなくていーの!お客でしょ!」

理佐「…愛佳に言われることでもないと思うんだけど、」

土生「……温かいのでいいよね、ごめん、今淹れるよ」

理佐「ごめん、土生ちゃん」


元気なさげに土生が席を立って、キッチンに向かう。
飲み物を要求した形になり申し訳ないとは思ったけれど、理佐が訪問してから膠着状態が続くこの空気を打破するため、その後ろ姿を見送って、ふたりは小さく会話を始めた。


「なに、この状況」

「何その目。何もしてないよ」

「何もしてないのに土生ちゃんがあんなになるわけないじゃん」

「私が来た時からあぁだったって!」

「………ふぅん」

「うわ。信じてない」

「愛佳って時々、心の中読むみたいに考えてること言い当ててくるから。切羽詰まってる時ってそういうのキツいよ」

「……そうなの?」


少し気まづそうな顔をする愛佳を見て、何となく自分の来る前の展開を予想してしまう。
きっと、土生が必死に考えていることを感情論なしにして攻められてしまったのかもしれないと思った。

愛佳は逸らした目をそのままに少しだけため息をつくと、理佐へ話を向けた。


愛佳「…りっちゃんこそ、何しにきたの」

理佐「土生ちゃんが心配で来ただけだよ、小池さんが心配してたから」

愛佳「そう。その小池は?」

理佐「?来てない、来ないよ。私が話してみるって言ったから」

愛佳「ふーん…」

理佐「なに、どうしたの?」


さっきと引き続いて、残念がる様子の愛佳に理佐は疑問が浮かぶけれど
それの答えを得る前に土生が3人分のお茶を持って戻って来てしまった。


理佐「ありがとう」

土生「ううん、ごめんね」


土生は愛佳、理佐の順にマグカップを下ろして、最後に自分の物を目の前に置いて
さっきと同じ位置に腰を下ろした。

1度仕切り直されたせいか、先程よりは確実に会話がスムーズに切り出される。


理佐「それで、愛佳はなんで来てたの?」

愛佳「甲斐甲斐しく連絡を待つ女の子を放ってるやつに喝入れてやろうと思って来た」

理佐「あぁ、小池さんね」

土生「……理佐もそれで来たの?」

理佐「うん。小池さん心配してたよ。だから、何かあったのかと思って」

土生「……ごめん」

理佐「…なんかあった?」

土生「……、」

愛佳「え?何かあったの?」


理佐の問いかけに、言い淀む土生を見て愛佳が驚いたような反応をする。
さっき聞く気ないって言ったのに…と土生は内心思ったけれど
ハッキリしなかったのは自分だしな、と思いとどまった。

そうして、このめんどくさい思考に行き着いた理由を思い出す。


あの日。

君の血を図らずして手に入れた、あの日。


私は君に………、告白を、したんだ。








土生「……好き、って」

「「好き?」」

土生「好きって、言っちゃったんだ……最後の電話で」

愛佳「………、」

理佐「……………う、ん。、それで?」


土生「だから、その返事をもらうのも、これから先、一緒に生きていくことを願うのも……覚悟ができないっていうか…」


真面目な話、だとは思う。
けれど、どこか自分とは違う世界観を土生に感じずにはいられなかった。
それを先に顕にしたのは愛佳の方だった。


愛佳「……… ちょっと待て。お前、そんなことでこんなことしてんのかよ、」

理佐「愛佳、」

土生「……。」


呆れたような愛佳の口調に土生は口を噤んだ。

土生自身も、『そんなこと』だとは思う。
でも。だとしても。
自分にとって、あの告白の後小池に会うことは、これからのことを決めることと同じで。

それは、『一生の別れ』か、『一生を共にする』かのどちらかでしかない。
なら、怖がって当然だと思う。


土生の返答を待たずに、愛佳は頭を抱えてスマホをいじり出す。
理佐はそれを横目に見て、すぐ土生へと視線を戻した。


「前に、体育祭の時土生ちゃんが、私に言ってくれたこと覚えてる?」

「………体育祭?」

「そう」

「…………、」

「私は、小池さんのことどう思うって聞いたの」


……あのときの自分は

小池美波のことをただただ愛おしく
ただ一直線に、あの子が欲しいと思っていた。




ーーー『苦しいけど、それ以上になんかこう、心が弾むっていうか。色んなこと吹っ飛ばして、みいちゃんが欲しいって思うよ』


ーーーそのためなら、なんでもしたい。
ーーーなんとかしたい。

ーーーでも、傷つけたくはない。


そう、思っていた。


「その時にさ、」


記憶を探す途中で理佐が再び口を開いて、土生はその思考を止める。


「難しいこと考えられないくらい好きな人に私も出会えるって言ってくれたじゃん」

「……うん、」

「嬉しかったんだ。そう言ってもらえたこと。……まだ分からないけどさ、私もそういう人に会えたら…いいなって」


どこかで、希望でしかない、その希望すら肯定しきれない理佐の言葉に土生は苦しくなる。
理佐の過去は詳しく知らない。

でも、だからこそ。
理佐の相手を否定しない関わり方や、自己否定が抜けきらない思考は際立って見えてしまって。

理佐が少なからず希望にしようとしているその言葉を、今更自分の自信のなさで崩し去ることは
あまりに、最低だと思った。


「だから、土生ちゃんも小池さんと一緒にいて欲しい。難しいことなんて考えなくていいんだよ、全部吹っ飛ばして、小池さんのこと捕まえてよ。それくらい好きなんでしょ?」


理佐に伝えたあの時の言葉を、自分の糧にしたい。

自分を見つめるその瞳は、建前でも、嘘偽りでもなく
自分を信じてくれているように思えた。


「……うん、」



最期だと本能が知るその中で、小池に伝えたその言葉はきっと

何も考えない、心からの願いだった。



どんなに今の自分に自信がなかったとしても、そこにある責任は消えない。

理佐に言った言葉も、
小池へ送った想いも。

ただ投げただけなんて、ただ送り付けるだけなんて。しちゃいけない。



みいちゃんに会わなくちゃ…。

自信が無いまま逃げ続けるなんて、ダメだ。






「じゃあ。明日の放課後な」


沈んでいた思考が少しだけ上向きになる、その瞬間。

主語も脈絡もない言葉が投げつけられて
理佐と土生は、ほぼ同時に声の元である愛佳に視線を向けた。


土生「え?」

愛佳「小池に連絡しといたから。返事来た」

理佐「愛佳、小池さんの連絡先知ってたの?」

愛佳「知らないよ」

理佐「え?じゃあどうやって、、」

愛佳「土生は知ってるもんな?小池の連絡先」


手に持っていたスマホを見せつけるように、指先でつまんで眼前で揺らす。
それに大きく反応したのは土生だった。


土生「っ、みづの!!」


現実を否定するように、さっきスマホを入れたポケットを探る。間違えようのない空虚感だけが手に触れた。


愛佳「無いことくらい気づけよ。警戒心ないなぁ」

土生「っ!!」


いつから?

疑問が浮かぶけれど、そんなのは一瞬で。慌てて愛佳の手からスマホを取り返す。
画面を見れば、今度こそしっかりと小池のメッセージは開かれ、

土生に成りすました愛佳が返信をしていた。

そして、そのメッセージには小池からの返信が来てしまっている。


理佐「………愛佳、」

愛佳「いーじゃん。理佐の言葉で土生も決心ついたっぽかったし。ならもう、会うだけだろ」

土生「ー………………、あしたの、ほうがご……」

理佐「土生ちゃん、しっかりして」

土生「…………、」




会わなきゃいけないとは思う。

共に生きる道を選ばせてくれたのなら、相応の覚悟が必要だ。




そんな、1日で心が追いつけるはずもない。

けれど。


心が引かれて、スマホを見やった。

画面を開いて、喉が詰まる。
胸が、苦しくなる。

愛佳の送ったメッセージに間を置かずに来た返信。

たった数行のそれだけに。
影もない、文字達に。

小池を追い求める本能が
追いつけないほどの感情を溢れださせる。


泣きそうで、笑いだしそうで、

でも、苦しくて息ができない。





「みいちゃん……っ、」





ーーーー君が、欲しくてたまらない。


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