君は、理性を消し去る。


…自信が無い。

たったそれだけのことだと思う。そんな自覚はある。

床に座って、スマホを開く。一日数回に及んでいた小池からの連絡通知は、頻度は減ったけれどまだ途絶えることはなくて
開くことなく溜まった通知は2桁にまで上っていた。

あの時、ぼやけた意識の中で何かに縋るように想いを口にしてしまったけれど、彼女はどう思っているだろうか。
回線を通したそれに、熱量が篭っていないことを願うけれどそんなのはきっと、ただの逃げでしかない。

小池美波という存在に、番というソレに。
離れられるわけがないのに。

自分に、自信を持つことができない。
彼女へ堂々と思いを告げ、向き合い、共に生きて欲しいと願う、覚悟ができない。


「……そんなんじゃないか、」


あまりに力のない声が響いて情けなくなった。


小池と、吸血鬼を口実にして逃げる。
結局。

向き合うことが出来ていないのは誰に対してでもない。

自分自身だ。

土生は、逃げるようにしてまたスマホを閉じて
当てつけのように床に放った。












「なんなの、吸血鬼ってヘタレばっかなの?」

「…………、なに、してんの」


神出鬼没とはこの事か。
投げたスマホを拾い上げたのは、家にあげた記憶のない愛佳だった。


「うわ。小池からの連絡全無視?サイテーだなお前」

「ちょっと、勝手に見ないでよ」


立ち上がって愛佳の手からスマホを取り返す。 画面を確認したけれど、小池からのメッセージは開かれていなかった。
安心したようなガッカリしたような胸の蟠りを無視して、再び画面を閉じてスマホはポケットにしまった。


「てかなんでここにいるの?どうやって入ってきたの?」

「甲斐甲斐しく連絡をしてる女の子に、なーんの返事もしない輩がいるって聞いたから喝入れてやろうと思って。あ、鍵はこの間土生が枯渇した時に借りたやつ」


返すよ、と鍵が自分に向けて放られて慌てて手を出して受け取る。
それに気を取られているうちに、愛佳は土生の横を過ぎて奥のベッドに腰掛けた。


「スペアキー、無いことくらい気づけよ」

「そんな借りたって言ったって、勝手に取ってったやつなんてわかんないよ」

「警戒心が足りないね。長く生きてるヤツらってそうなんの? 下手に死ぬこともないし、守るやつがいないんじゃそうもなるか」

「………なにがいいたいの、」

「……何かが言いたいのは分かるんだ?イラついてんね。そこらの血でも奪ってこいよ吸血鬼」

「………っ、」


人のベッドに無断で座り、足を組む。だるそうに姿勢を崩した愛佳は、土生から目を外すことはなかった。
挑発的な態度と言動に感情が揺さぶられて言葉が出なくなる。


「……いつまでそうやってるつもりなの」

「……」

「お前らの半永久的な命と違って、人間の一生は短いし危ういんだ。いつ死ぬかなんて分からない」


今、こうしている間にも彼女の時計の針は進み、終わりへ向かっている。その終わりは、必ずしも数十年後の未来とは限らない。


「こうやって悩んでる間に死ぬかもしれない。そんな自分可愛さに浸ってる時間なんてないんだよ」


思考を表面化させるように、当てつけるように。分かっているのにと、苛立たせるように愛佳の言葉が追い打ちを掛けてくる。

番は、たった1人だ。
吸血鬼の一生においてですら、出会えないこともある。

その人に出会えたことは、あまりに、幸運だ。


そして、そうなったら最後。
その運命に抗うことも、
欲に逆らうことも、
逃げることだって叶いはしない。


「何悩んでるんだって、聞くつもりは無いよ。真性の番は希少だ。土生には小池を逃すことなんて許されない」

「……分かってる」


自分でも理解しているつもりだった。

仮に、小池を逃す、もしくは何らかの形で別れることになったとして
自分は地の果てまで追いかけるだろう。

もしその命が途絶えたとしたら、僅かに流れる彼女の血が枯れ果てるのを待って命を投げるだろう。

それくらい、惹かれて惹き付けられて。
求めて、仕方がない。


「……、」


でも、追い求めるその欲求と

自分の隣に置き、一生を共にするその覚悟は……別だと思ってしまう。


「愛佳が言いたいことは分かってるつもりだよ。いつまでもこうしてなんていられない、」


小池は、人としての時間軸にいる。
今は高校生だけど、これから卒業して社会に出て、成人して…
――私たちからしたらあっという間に、その命を終えてしまう。

理佐の力を借りて、出会いから全ての記憶を消してしまえば。そうすれば……今まで通り、ただ永い時間をのんびりと過ごすことも出来るかもしれない。


でも、そんな覚悟すらない。




土生の言葉を最後に、会話が途切れて沈黙が部屋を占める。


それがたった数秒だったか、数十分だったのか分からないけれど
そこに、来客を知らせる電子音が響いた。



「!」


――みいちゃんだったら、どうしよう…


そんな不安を見透かしたのか、動かない土生をすり抜けて愛佳が玄関に向かう。


「っ、まなかっ!?」

「はいはーい、どちらさ、ま。」


土生の手は愛佳を止めるには届かず
鍵を開け、玄関が開かれる。

開けた先にいたのは、小池とは背格好から違う人物だった。



「ーーー……愛佳来てたの?」

愛佳「………りっちゃーん、」

土生「………理佐ぁ…、」

「え?ごめん。なに?」



愛佳の残念がる仕草と声、
土生の、安心するような顔。

理佐には状況がよく分からなかった。





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