傷つけたくない。

ゆっくり、目を開く。
片方ずつ、ドアにつけていた手を離す。
降りた視線を、持ち上げる。

そのまま振り返った先、そこには…


「……愛理…」

「……」


屋上で対した時とは違う。準備は出来てる。

愛理は耳からイヤホンを外した。


「…舞美ちゃん」

「ッ…もう、別れるって言ったはずだよ。」


声が揺れる、それでも目はまっすぐ愛理から外さない。
外せば、最後だ。


「あんなの通じるわけないじゃん。私のこと見つけてもすぐ逃げて、こうでもしなきゃ同じことも言えないなんておかしいよ。」

「おかしくない。こんな話、2回もする必要なんてないんだから」
 
 
 
屋上で感じた無音の世界と限りなく近い。
違うのは、
舞美の心持ちと、
二人の近すぎない距離

「必要だよ。相手の本当の気持ちを知るためなら、何度だってしなきゃいけない」

「もう、伝えたでしょ。…別れるって」


二人の声が響くこと。


「舞美ちゃん、そんなの気持ちなんて言わない。ただの結果だよ。」


そして『携帯』は今、静かな壁の向こうにある。


「……私は」


――まじないを――
――……イヲ…


『見失うな』


――まじ…を…
――…ロイヲ…


『私が
好きなのは…』 
「あたしが好きなのは、」
 
  ―――ノロイを…


「早貴だよ」


『愛理じゃない』
 








◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「やっぱり授業なんてないじゃん」


体育館の入口を潜って一言。早貴は眉間にシワを寄せて発した。

その声は独り言にしては大きく、入口から5m程先にある更衣室までは確実に届いた。

それは、更衣室前で佇む二人の耳にも入ったということ。
当人達の目は早貴に向かうが答えはない。


「どういうことですか。嗣永先輩」


距離を縮めてくる早貴。質問ではない問いに、桃子は壁に寄りかかっていた体を起こす。人ひとり分空けた隣で、バスケットボールを弄りながらしゃがんでいた栞菜も立ち上がった。

会話をする通常の距離で歩みを止める。


「舞美ちゃんは何処ですか」

「……」


「その上着、舞美ちゃんのですよね。返してください。」


早貴の視線は桃子が右手に持つブレザー。


「…ももが舞美に返すよ、ちゃんと。」

「預かるっていってるんですけど。」


「舞美を放して」


「何言ってるんですか?『放す』なんてイミわかんないんですけど」


早貴は会話にならないやり取りに呆れつつ、微かに笑みを含めて返す。桃子は表情を崩さない。

そんな桃子と対峙していた早貴から表情が消える。


「……その前に」


ゆっくりと早貴に表情が甦る。それは確信を持って生まれる妖艶な笑みだった。


「舞美ちゃんが私から放れたがるかな?」


その言葉に、舞美から離れたブレザーが僅かにシワを増やす。桃子はそのことに気づいていなかった。
 

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