傷つけたくない。続編
屋上をあとにして、廊下を歩く。
ふと気がつくと、並んで歩いていたハズの舞美と愛理に距離が開いていた。
「愛理?」
先を歩いていた舞美が愛理の元へ戻る。しかし愛理は俯いていたまま反応を見せない。
舞美がキョロキョロと辺りを見回すと、自分達がいる場所は人通りが少ないとは言えなかった。
少し先に授業でしか使われない教室を見つけ、手を引くために躊躇いがちに手を伸ばす。
触れる
瞬間、愛理の手が弾かれるように逃げた。
「!……愛理?」
「ッ…ごめっ」
愛理自身、自分の行動に驚いたように慌てて顔をあげる。
舞美が見た愛理の表情は、瞳を潤ませ悲しげに歪んでいた。
掴もうとした手を諦めて、優しく背中を押し教室へ入った。
ドアを閉めると、数歩進んだ先で足を止めた愛理が背を向けたまま立っている。
――カチン
舞美は鍵を掛けてから愛理の前に移動した。
「愛理?」
「……」
舞美の声に未だ応えない。そんな愛理を見つめたまま、優しく言葉を繋ぐ。
「…早貴に言われたことなら、愛理が気にすることじゃないよ」
「…っでも…わたし…!」
愛理の中には、小さく抑え込んでいた罪悪感があった。
いつからというならきっと最初からあったもの。
今まで、舞美がそれ以上のモノを抱えていた為に目を瞑ってこれた。
しかし、それを早貴は見抜いていたのだ。 あの一言で愛理の蓋を開け、抑えていた反動を余すことなく引き出した。
ぐるぐると、愛理の頭を廻るそれは――
…あの時、会いに行く事を止めなければ
…私が付き合わなければ
…舞美ちゃんを追いかけなければ
…どこかで、諦めていれば
――いくらでも生まれる舞美を苦しませることのなかった選択肢。
しかし、それは舞美が一番恐れていた『癒えない傷』になってしまうものだ。
『心の疵』
舞美のそれを理解して受けとめ、今こんなにも軽くしてくれたのは愛理だ。舞美は大きく救われた。
それがイコールで繋がる先は、愛理の疵を深く残さないことが出来るのは舞美だということ。
「愛理」
「……っ」
舞美の両手が伸ばされる。それに対し愛理は逃げるように後退り首を横に振った。
肩をすくめて体を震わせている。
――『また愛理を傷つけようって言うんですか』――
栞菜の言葉が舞美の頭を過る。
あの時の舞美は自分が愛理を傷つけてる、そう言われているものと思っていた。
――違う…
また間違えていた。栞菜は、早貴に会うことで早貴から傷つけられてしまう、そう自分達の前に立っていたのだ。
「……っ」
どうしようもなく、情けない。結局、遅くなっただけで愛理は早貴によって傷ついてしまった。
手を口元で不安げに組ませ震える。
舞美はそんな愛理の前で俯いてしまう。
その中で動き出したのは、
舞美だった。
その眼は、強く、光を失っていない。
愛理によって開けられた距離を一歩踏み出して埋める。再び広げようとする愛理。今度は逃げるより早く手を伸ばして捕まえた。
「…ゃ、だっ」
掴まれた腕を振り払おうとする。そんな抵抗を無視して、愛理の体に腕を回し抱きしめた。
舞美の腕の中に収まっても、愛理は拒むことを止めない。
「は なし、て…!」
「…」
愛理が離れようと下がる分、舞美が追いう。
崩れそうになりながら繰り返し、そのうちに固定された机にぶつかり、そのやりとりが終わりを告げる。
愛理が逃げ道を失ったのだ。
しかし、押し返そうと愛理が動く。それに対抗するように舞美が距離だけでなく隙間を埋めるように詰めていく。
「まいみちゃん…っ」
これ以上下がれないのに、舞美に抱きしめられた体が後ろに押され倒れそうになる。舞美との間にあった自身の手を片方机に突いてそれを支えた。
「わ、たし、まいみちゃんのっこと…っ」
「あいり」
「ッぅ、だって、いち ばんのっ」
「いいから」
「よく、ない…よぉ」
愛理の残った手が弱々しく舞美を押す。
しかし舞美はそれに従う気はなく、抱き締める力を緩めなかった。