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傷つけたくない。続編


「――愛理!!」

声と同時に体が引っ張られる。急な刺激に落ちかけた意識を取り戻された。


「…ぁ」


見上げれば、自分をしっかり見つけてくれる目を向ける愛しい人。


「愛理のせいじゃない」

「…っ」


考えていたことが筒抜けのように、舞美の言葉がまっすぐ愛理に届く。

舞美は愛理を守るように背に回し、早貴と向き合った。


「早貴、愛理に嘘言わないで」

「ふふふ」

「なに?」

「舞美ちゃんのそれ、好き」

「…え?」


いきなり話が変わる。片方の言葉に応えがないのはこの場ではあって当然のようなものだが、舞美は今 早貴へ何かをした覚えがない。
『それ』が何を指しているのか分からなかった。そんな舞美を早貴は嬉しそうに笑う。

 

「ふふっ、『早貴』って呼んでくれるよね。本気のとき」

「!!」


舞美は無意識だった。加えて、気づかないほど多くそう呼んでいない。


「あの日も、私が手を上げたとき呼んでくれたし」

「…っ」

「でも」


早貴の眼が鋭く舞美を捕らえる。
口角が妖しく上がる。
声が低く響く。

 


「私を『捨てる』って言ったとき、『早貴』じゃなかった」
 


「―――」


二人の息が詰まる。

意識して呼び方を変えていた訳ではない。完全な無意識。
だからこそ、そこに心情は表れる。


「びっくりした?ふふっ、だよね。気づいてなかったもんね」

「…ッ違う。あたしは本当に」

「うん。本気だったと思うよ。じゃなきゃそういうの嫌う舞美ちゃんが『捨てる』なんて言えないもん」


舞美の本気を認めている。そういう早貴の声は、高いまま。捨てると言われたのが他人事のように笑い声を溢していた。



 

ーーー今日、舞美は自身に根付く蟠りを、心を囲う影を捨てに来た筈だ。

愛理をこれ以上傷つけない為にここに来た。

栞菜にもそれを自分の言葉で伝えて、それが自分の中でしっかりと確立された筈。
その栞菜は、笑顔の愛理が戻って来るのを待っている。


しかしこのままでは、根付く蟠りを、囲う影を濃くするだけ。

それ以上に、愛理が傷ついてこれ以上笑えない―――

 


舞美は、言うべきことを思い出す。
早貴に流されるまま、それに答えるために来たわけじゃない。


「―早貴」


重く響いた声に、早貴の動きが止まる。大した距離はないが、ほぼ後ろ姿しか見えない為に表情が読み取れなかった。

舞美の後ろにいる愛理が不安げに舞美を見つめる。


「…あたし、今日言いたいことがあって来たの」

「そうなんだ。…何?」

「……」


その言葉はずっと消えなかったモノ。しかし言って良いものなのか舞美自身迷っていた。
それを言ったところでなにが変わるわけでもなく、

ただの自己満足でしかない。

 


「――…ごめん」

 
 

一言、静かに屋上に響く。邪魔するものは何もなかった。

その言葉に早貴は反応しない。


「…ずっと、早貴のことも傷つけてた。どういう形ででも、早貴をちゃんと断らなきゃいけなかったのに、あたし、何もしなくて」

「……」


舞美の心から、早貴の影が薄れていく。


「だから、謝りたかった」


じわじわと形を変え、違うものが生まれていく。


「…あと

 ――ありがとう」


冷たく何も見てなかった早貴の目が見開く。
背を向けられた舞美にそれは分からなかった。


「今まで色々絡まっちゃったけど、あたしのこと好きになってくれて」


舞美の言葉が終わり、無言が広がる。遠くから騒ぐ声が届くだけだった――
 

 






 

「…舞美ちゃん」

「…何?」

「お弁当、おいしかった?」

「え?」

「私が作ってきてたやつ」

「…うん。おいしかった」

「……。私、まだ途中なんだ」

「…?」

「お昼ご飯、途中なの。休み時間終わっちゃうから出てってよ」


風が、早貴の長い黒髪を揺らした。


「…分かった」


舞美はその後ろ姿を最後に振り返る。


「…舞美ちゃん」

「行こう、愛理」


音を立ててドアが閉まる。早貴だけが屋上に残った。

しかし、食べかけのお弁当を食べる気にはなれない。

 

引っぱろうと追いつめた。しかし、舞美は自分の意思を見つけ、取り戻した。

言葉にして早貴に伝えたことが、舞美の中で早貴が終わりを迎えた事を示す。
囲う影は消え、束縛する鎖は落ちた。


「上出来だよね…」

それは形を変え、小さく、しかし確実に舞美の心に残る。片隅過ぎて思い出されることは少なくなる。それでも、後輩と気づかれずに重なった短い学校生活を終えるより、早貴にとっては満足だった。


静かに零れる涙は、風にさらわれ渇いた地を濡らした。

 
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