傷つけたくない。続編
「もも」
「!、佐紀ちゃーんっ」
「うるさい、声高い」
「えー」
昼休みに入り、ざわめく廊下で佐紀が小さく名前を呼ぶとすぐ桃子は反応を示した。少しあった距離を名を呼びながらかけてくる。
「どうしたの?こっちの教室来るの珍しいじゃん。っていうかももに会いに来るなんてっ」
「……、別にちょっと来てみただけなんだけど」
「けど?」
「…どこいくの?」
手にお弁当どころか昼食らしきものも持たずに、教室を背に歩き出していたところを佐紀は呼び止めていた。
「気になる?」
「……」
さっきから語尾が上がりっぱなしだ。声高いと言ったのに下げられてもいない。
そんな桃子に冷たい視線が刺さった。
「ごめんごめん。ちょっと野次馬しに行こうかなーって」
「何の?」
「舞美達があの子と最終決着つけるらしいよ」
桃子の声が地声に戻った。
「それどこ情報?」
「お友だちじょうほー。佐紀ちゃんも行く?」
「なんで」
「気になってるんでしょ?」
「なってないよ」
「そぉ?」
「とにかく私は行かない」
「分かった。じゃ――」
「ももも行かないの」
「……っえー!」
「うるさいよ」
「だって、もも行く気でっ」
「一緒にお昼食べよ」
「…はーい」
学校であまり接点を持たない佐紀からの珍しい誘いに、桃子は複雑だがやけながら承諾した。
「もも、私にお昼買ってね」
「えぇ!?」
「私のお弁当あげるから」
「もー。佐紀ちゃんてばー!」
「痛いよ。早く行くよ」
お弁当をもらえる嬉しさに、桃子が体ごと佐紀にぶつけた。桃子も小さいが、佐紀も大差ない身長なのでじゃれあいより痛みが勝ってしまったようだ。しかし桃子は心弾ませたままだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「――栞菜」
「……」
同じく昼休み、舞美と愛理の前には不満を露にした栞菜が立っていた。
「どこ行くの?」
「屋上に行く…よ?」
「それ、あの人が居るって知ってて行くんだよね?」
「…うん」
「また愛理を傷つけようって言うんですか。矢島センパイ」
「栞菜っ」
会話の対象が愛理から舞美に変わり、感情を含んだ眼が舞美に注がれる。
「……」
「あたしは愛理があなたに『行かないで』って言ったのを見てました。でもいくんですか?」
「待って!私が言ったの、会いに行こうって」
「ッなんで!」
「っ!」
栞菜の眼が悲しげに愛理を映す。しかしそれはすぐに舞美へと戻された。
「センパイは、愛理がどれだけあなたを追ってたか知らないんだ。背を向けられてどれだけ泣いてたかも、拒まれて孤独だったか知らない。だから愛理に言われたからってすんなり会いに行こうとする…!」
「栞菜やめて!」
舞美の横にいた愛理が、栞菜の眼を遮るように立った。必然的に栞菜の眼は愛理を見る。すぐに愛理の悲しそうな眼が栞菜と重なった。
悲しませたい訳じゃない。栞菜も舞美と同じ、これ以上愛理が傷つく姿が見たくないだけだった。
栞菜は、早貴の件が始まるずっと前から愛理と親友と言える仲だった。それは、舞美の行動に揺れ振り回される姿を、身を震わせて涙を流す姿も見てきたということ。
だから数ヵ月経った今、舞美が早貴の元へ行くことが、怒りを溢すきっかけになってしまった。
「愛理は『行かないで』って言ったよね」
「…そうだけど」
「センパイはそれに頷いた。なら何で会いに行くの?」
「栞菜、あのね」
「センパイ、答えてください」
「……」
愛理の言葉を遮って、栞菜はまた舞美に対象を定める。
「…愛理が」
「愛理が言ったから会いにいくんですか」
「…有原さんは、なっきぃの時からあたしに怒ってるよね」
「…はい」
「どうしてか聞いていいかな」
見方によっては舞美は栞菜を挑発しているようにも見えた。怒気を含めた眼を舞美はしっかりと受けとめている。
「分からないんですか」
「有原さんからちゃんと聞きたいだけだよ」
「愛理を傷つけるからです」
「…」
「中島センパイのことなんて突っぱねて、愛理を守ってほしかった。愛理のことだけ考えたら別の方法があったハズです。
そうやっていつまでもあの人に囚われて、また会いに行くなんてことなかったんじゃないですか」
「…そうだね」
「……愛理はセンパイが好きなんです」
「……」
「センパイもちゃんと応えてください。もう悲しませないでほしいんです、愛理のこと」
怒りを舞美が受けとめて、その奥に隠れていた切望が姿を見せていた。
「気持ちのすれ違いは誰にだってあります。でも愛理はずっと、センパイの行動に悲しんでるんですよ…」
「…うん。有原さんの言う通り、あたし、ずっと向く方向間違ってたんだと思う。
なっきぃとのことも、もっと傷つけない方法はあったんだろうけど…気づけなくて…守ってるつもりで傷つけてた。
今も、同じなんだよね…」
少し苦しげに舞美は愛理を見る。愛理はしっかりそれに応えてくれていた。舞美の目から苦しみが消える。
「今のままじゃそれが続いちゃう。だから話に行くんだ。もう、間違えない為に」
意志を持って栞菜を映す舞美に、言葉が途切れた。
「栞菜…」
「…愛理は、いいの?」
「うん。ちゃんと一緒に出した答えだから」
「…そっか」
「ありがとう、栞菜」
愛理が歩み寄り、向かい合う栞菜の手を握る。そっと肩へ額を重ねた。
舞美が愛理を見れなかった間、支え続けたのは確かに栞菜だった。 舞美への怒りも栞菜だからこそ生まれたものだった。
「待ってるから。愛理が笑って帰ってくるの」
「うん。行ってきます」
栞菜から離れた愛理が、舞美の元へ戻る。
栞菜を背に早貴のいる屋上へ向かう。
後ろから小さく『行ってらっしゃい』と声が響いた――