傷つけたくない。続編
「ゃだっ…」
会いに行こうと伝えてすぐ舞美から発せられたのは拒否だった。
その言葉が愛理の胸を締め付ける。
舞美が拒否したのは、早貴に会うことではなく 愛理が一度でも嫌だと言ったことをしようとすること。それを愛理は分かっていた。だからこそ苦しい。
状況が変わっても、舞美の望みは揺るがずに傷つけたくないとどこまでも続く。
「私は会いに行ってほしい。舞美ちゃんが言いたかったことも言って、そんな苦しいの捨てにいこ?」
愛理が出口を塞いでしまった、舞美が『言いたいこと』。それは直接言わなければ消えないものだった。
舞美の首がふるふると力なく振られる。
舞美にしか分からない境界線が二人の間にある。見えないものがこんなにも、確実に。
「駄目だよ。会いに行かなきゃ」
「……」
「私が舞美ちゃんを好きなこと、なにも変わんないよ。舞美ちゃんに抱き締めてほしいし、手も繋ぎたい。でも苦しいならしたくない」
「だからこんなのやだ。
行こう、一緒に」
時間が解決してくれるものもある。しかし同時に、それだけでは解かれないものは存在してしまうのだ。
しばらく無言のあと、舞美が小さく動き出した。
「……あいり、」
「なに?」
愛理から一方通行だった視線が舞美とぶつかる。目は涙を溢す寸前で、でもどこか悲哀から離れた表情を見せた。
「…舞美ちゃん?」
「…ぁのね」
――なんだろう、
愛理には舞美が自分の言葉に答えを返そうとしているように見えなかった。
変にそわそわし始めて、しどろもどろに落ち着かない。さっきまでの空気が薄れ、軽く変わってきた。
「……ギュゥって、したい…」
「…へ?」
今していた話を吹き飛ばす要望。思わず出た変な声。
「え、だって……。…いいの?」
「…うん。いい、かな…」
溜め込まれていたものを言葉にして、想いを伝えて、互いに受けとめあえた。
それは、少しでも舞美にきっかけを作ったのかもしれない。
愛理も、抱きしめてくれるならしてもらいたいのが本音。しかし、無理をさせているんじゃないかと頭に不安が浮かぶ。
答えに悩んでいると、舞美の腕がゆっくりと上がりだした。
「舞美ちゃ…」
舞美が愛理に触れる。
「――っ」
息を詰まらせたのは愛理の方だった。自分からではない温もりが、熱い――
触れる面が大きくなり、腕に包まれる。距離が、埋められていく。
噛み締めるように少しずつ力が込められ、包む形から抱き締められていく。
包まれる温かさと、
腕の中から伝わる温かさ。
心地よさに酔い、無意識に愛理の腕が舞美に回ろうと伸びる。
「―あいり」
「!」
舞美の声に慌てて伸びた腕を戻した。
「いいよ」
「え?」
「愛理も、手…」
「でも」
腕の中で舞美を見上げようと動く。しかし、抱き締める力は変えられなかった。
「いいから」
「……」
半端に動かした体を向き合わせて、再び腕を伸ばす。背中に触れた瞬間、少し舞美の体が強張った。
すぐ離そうとした愛理に『お願い…』と耳元に掠れた声が届く。
考えるように止まっていた愛理がもぞもぞと動き出す。
抱き締めることに専念していた舞美が気になって様子をみると、身体を丸くして腕の中にすっぽりと収まる愛理がいた。
「…愛理?」
きょとんとした舞美に気づいた愛理は、幸せそうな顔をしていた。
「今はこのままがいい」
「……ごめんね」
「私がこのままがいいの」
「うん。ありがと」
浮かした体を戻して、舞美はまた愛理を抱き締める。
部屋にはすぐ、小さな笑い声が零れた。