傷つけたくない。続編
白く感じるのが心臓で良かった。頭がそうなっていたらきっと動けなかったから。
そんなことを頭の片隅で思いながら、舞美は膝をつき愛理と高さを同じにした。
「愛理、あのね」
心臓が痛い。走ったわけでもないのに、激しく動いて息を切々ににする。
「あたしは、愛理が好き。嫌なんかじゃない。触れたいし、抱きしめたいの。本当は」
「…うそだよ」
「嘘じゃない。…信じて」
「だって、昨日嫌がった。今までだってずっと…」
「…愛理は、あたしのこと好き?」
切り返された質問は会話の流れに逆らっていた。それでも、想いは1つだけ。
愛理は俯けていた顔を上げて舞美と視線を合わせた。
「……好き。
私は舞美ちゃんが好き。だから、色んなこと一緒にしたい、嫌なことも教えてほしい」
「…ありがとう」
舞美の中は愛理の言葉でも全ては染まらない。小さく残った不安がじわじわと滲んでくる。
嫌われるかもしれない。呆れられるかもしれない。 別れると言われたら、舞美の世界は早貴といた時以上の暗さに覆われる。
激しい鼓動は治まる気配もなかった。それでもこのままでは進めない。
あの時と同じ、愛理の涙で白く消して。一瞬でも舞美を占める全てが愛理だけになれば、滲み出る不安に目を瞑れる。
抱きしめたら傷つけてしまうから、自分を伝える為に、流れる涙を止めるために、心の内を言葉で紡ごう。
「…愛理、聞いてほしいことがあるんだ―――」
ーーーーーーーーーー
数ヵ月前、『早貴が好き』だと自身にかけたまじないは『愛理に触れてはいけない』という呪いへと形を変えた。
その身を捕らえていた早貴の束縛は、一見自由になった舞美の心を覆い尽くしていた。
心は愛理を求める。それに反してただ触れたいと思うだけで呪いが舞美の動きを止める。
――触れたら、傷つけてしまう――
そんな動けない舞美に、愛理は優しく触れてきた。しかし、その柔らかく包むような温もりに揺れた心が早貴の束縛に触れる。
思い出される、早貴の影とキオク。
首元に蘇るもう消え去った筈のキズ。
唇から消えない生々しい感覚。
愛理に触れてほしい、消してほしいと強く願うも早貴の影と形を変えたまじないとぶつかる。
どうしようもなく強張る身体は、少しずつ愛理との距離を作ってしまった。
早貴のしたことは、狙ったように中途半端で、他人が知れない疵を舞美に残した。
舞美が一人で耐えうる疵を越し、消せないモノを残す。しかし、周りは最後までされなかったことに安心し、そこで関心は消えるのだ。
身体になにも残らなかった、それが心も無傷だと、残るものなど何もないという結論にたどり着かせてしまう。
早貴が接触してこないのも、舞美を独りにさせる一手。 舞美の疵を分かるのは早貴ただ一人だと思わせる手段。愛理の読みは、遠からず当たっていたのだ。
求める心と、それを囲う影。触れれば動けない体。
迫った愛理を拒絶してしまったのは、呪いが恐怖に変わり求める心を上回ったからだった。
ーーーーー内を明かされた愛理は、教室で言った自身の言葉に後悔していた。
『行かないで』と溢してしまった我儘。分かっていたはずだった。会わなければ、止めてしまえば、舞美の中の早貴を大きくしてしまうと。
それは溢す直前、栞菜にも言ったことだったのに。例え自身を痛めてでも、舞美を行かせるべきだったのだ。そうしていたらこんなにも舞美を苦しませることはなかった筈。
「…舞美ちゃん」
愛理の声に舞美の身体がビクッと跳ねる。
目の前にいる舞美が小さく弱々しい。きっと昨日自身が飛び出したあと、こうして一人でいたんだ。
一晩で答えを絞り出して、突然現れた愛理を引き入れて。それだけで苦痛があった筈なのに、帰ろうと終わりを見せる愛理を引き戻した。それさえ自分と戦った結果で。
答えてくれないことに自身の身体を差し出そうとしたのは、愛理をそういう風に思ったわけでも、自棄になったわけでもない。自分が変われると変えられるかもしれないという考えから。それが間違いだとしても構わなかった。舞美にとって一番の間違いは今の自分だったのだから。
「…ごめんね」
続けて響いた声に、舞美がブンブンと力一杯首を横に振る。何に謝っているのか言えることではなかった。事をつければ今以上に舞美は苦しんでしまう。
愛理は悩んだ末に一言声をあげた。
「……明日、中島先輩に会いに行こう」
その言葉に舞美が息を飲むのが分かった。
結局早貴の思惑に沿ってしまう。それでも、そうしなければならないことが目の前の現実だった。